41:カエル狩り。そして
ずぶり――と靴が地面に沈む。
足が生温かい泥と水に包まれる。懐かしい感触だ。小学生のころ、わざと水たまりに足を突っ込んだりしたことを思い出す。
夏の暑い日、通学路の水たまりは適度に熱されていて、靴下に染みてくる水すら不思議と心地よかった。そばにはよくカエルも見かけたものだ。
――と言っても、だ。
今俺がいるのは懐かしき通学路ではなくAWAの沼地エリアだし。
周りにいるカエルたちも、可愛げの欠片もないクソデカモンスターなのだが。
赤道下の密林を思わせる生い茂った樹木と高い湿度。
足元は泥でぬかるみ、あちこち水たまりが点在する。
そんな中、木々の合間から飛び出してくるバカでかいカエル。
赤だの黒だの毒々しい色のジャイアントフロッグたちは大口を開け、これまた毒々しい紫色の唾液を吐きかけてくる。
それを躱す。
唾液攻撃は予備動作がでかくて弾速も遅いので避けるのは容易い。
そのまま前方へ身を投げて黒いジャイアントフロッグと接敵し、斬り払う。たったそれだけでカエルの体力バーは容易く全損し、グラフィックが砕け散る。
「――これで七匹」
「そして八匹でござる」
同じくカエルを仕留めていた山風がカウントを追加する。
狩りは順調だった。
カエルは体力が少なく攻撃力も低く、多少乱戦になってもデスするほどのダメージは受けない。その上、ある程度ダメージを受けると頼むまでもなくヒールが飛んでくるので、オレは途中からHP管理をシスターに丸投げしていた。
カエルの群れに突っ込んで多少の被ダメは気にせずに刀を振って倒す。
……まあ、えぐい色の唾液だけは喰らいたくないから避けているが。
「『ヒール』」
またシスターから回復が飛んできた。
そこそこ減っていたのか。気づかなかった。慢心だな。
「すいません、シスターさん」
「お気になさらず。これが私の仕事ですから」
落ち着いた調子で答えるシスター・メイガス女史。
「というか、そもそもなんで手伝ってくれるんですか?」
「それはもちろん、貴方に興味があるからですよ、ハスキーさん」
「はあ……」
悪意は感じない。
腕も確かだ。なのに、どうしてか背筋がゾワゾワする。
「なあ山風。どういう人なんだ、シスターさんって」
「そうでござるなあ――」
ぼそぼそと小声で話し合う。
「拙者の考えでは、フリーのヒーラーにはニ種類いるでござる。すなわち、貢ぎマゾ気質のドMか、他人の命を握ることに喜びを覚えるドSか――でござるな」
「……それで、彼女はどっちなんだ?」
さらに小声で聞く。
「それはまあ、言わぬが花でごさろうなあ」
「いやそこまで言ったら教えてくれ頼むから」
「おっと左奥から敵の増援でござるぞ。数は三。注意めされよ」
「大丈夫だ、見えてる。話を逸らしたなお前」
話しながらもオレたちは順調にカエルを撃破していく。
「ハスキーさん」
そこで後ろのシスターから声をかけられた。
敵の方を向いたまま飛び退き、シスターの横に立つ。
「何かありました?」
「私の方からも一つ、質問をしたいのですが構いませんか?」
たら、と背中を汗が流れる。
さっきの会話が聞こえていたわけじゃないよな?
「……いいですけど」
「ではお言葉に甘えて。なぜ私には敬語なのですか?」
「あー……」
その話か。
「そういえば拙者も気になっていたでござるよ、そこのところ」
「いや、別に大した理由じゃないんだけどな」
「それならタメ口でも構いませんよ」
「うー……それがそうもいかなくて。話すと長くなるんですが」
年上の女性に対しては、半ば強制的に敬語が出てしまう。
もはや自分でどうこうするのは難しいくらいに、そう教え込まれたから。
「興味深いですね。よければ聞かせてください」
「拙者も興味があるでござるな」
「そこまで言うなら話してもいいけど……つまんない話ですよ」
カエル狩りは思ったよりずっと楽で、そのせいで二人も別の娯楽を求めているのかもしれない。手持ち無沙汰というやつだ。
そういうことならまあ、狩りながら話したっていいか。
「どこから話すかな……ええと、まずうちの一族はけっこう古くて大きい家で、いろんな決まりとかがあるんですけど、子供のうちはそういうのって関係ないじゃないですか」
「ふむふむ?」
相槌に先を促され、オレは話を続ける。
「で、親戚の集まりがあると子供は子供だけで集まって遊んだりするんですけど、そういうときは当然、お互いの家のことなんかよく知らないわけですよ。それでも頻繁に会うから顔だけはよく知ってて仲良くなったりもして。そんな中に一人、女の子がいたんです」
女の子、と言ってもオレやヒバよりは明らかに年上で、だからオレたちは彼女のことをお姉ちゃんと呼んでいた。そして彼女をあっちこっち連れ回して一緒に遊んだ。
「小さいうちはそれでよかったんです。大人たちも何も言ってこなかったし。でも、オレが中学生のときにじいちゃん……本家のご当主様が死んじゃって」
「ははあ、読めましたよ。それでその子が当主になったんですね」
「……ご明察の通りです」
すると、途端に親戚の大人たちの対応が変わった。
タメ口をきこうものならすぐに集まって来てものすごい剣幕で叱りつけてくるのだ。分家の分際でご当主様になんたる口の利き方かー!とかそんな感じでな。
そんなことは今までなかったから中学生のオレは驚いたやら怖いやらで慣れない敬語を必死に使い、それもあって次第に彼女とは疎遠になっていったのだった。
「そのときのジジババたちの言葉が心臓に食い込んだみたいになってて――」
「トラウマで年上の女性には敬語が出る、と」
「トラウマってほどでもないんですが、なかなか」
その習性が抜けず、今日に至る。
情けない話だ。
「そういうことでしたら、敬語でも仕方がないですね」
「うむ。というか、それを言うならシスターこそ普段から敬語にござらんか」
「そうですね……私のこれも処世術というか、言ってみれば会社のジジババに刷り込まれたようなもので――」
――ばしゃっ。
「うわっ!?」
ジャイアントフロッグの唾液飛ばしを食らった。
会話に夢中になって完全に油断していた。注意力が散漫になっていた。
不覚。
しかし……大したダメージじゃないな。状態異常にもなってない。
「てっきり毒攻撃だと思って避けてたんだが」
「いやいや、毒攻撃でござるよ」
「え、でも――」
「食事効果ですよ、ハスキーさん。あの店のそばを食べると30分間、【毒耐性Lv2】がつくんです」
「そしてジャイアントフロッグの毒攻撃は『弱毒』。Lv2でも無効にできるでござる」
「そういうことか」
それで山風は事前準備と言って蕎麦屋に案内し、シスターは「蕎麦を食べているということはカエル狩りですね」と言ったわけか。
合点がいった。
「――ま、そういうことなら、なおさら憂いなく突撃できるな」
「うむ。さっさとノルマをこなしてしまうでござるよ。その後は打ち上げに――」
そんな皮算用をオレたちが始めた刹那。
眼の前のカエルの上半身が、唐突にバチンと消滅した。
「――――は?」
いや違う。
虚空に消えたわけじゃない。
木々の葉っぱに隠れた上部から、大きな何かが垂れてきてカエルの上半身を挟み潰したんだ。
続いて二匹、三匹とカエルが消し潰されていく。
否――食われていく。
「こ、これは――」
「――まずいでござるな」
上を見上げるシスターと山風。
釣られるようにオレも上を見る。
長く垂れていたのは爬虫類の首だった。
だから最初はヘビ型モンスターが何匹も出たのだと思った。
だが違った。
それらの首は上の方で一つの胴体につながってた。
一つの胴体から伸びる九本のヘビの首――ああ、うん。それならオレでも知っている。
「――――ヒュドラ」
凄まじい威圧感を放つ神話の怪物が、そこにいた。




