39:山風
――ブーブーと音がする。
ここはどこで、オレは誰だったか。
一瞬考える。
――ブーブーと音がする。
そうだ。ブタだ。オレはこれから平和なオークの村を襲わないといけなくて――
――ブーブーと音がする。
近くに気配がある。それも技術で極限まで薄めた気配。
だが、わずかに漏れてくるそれはよくよく馴染みのあるもので――
「――――純恋?」
「はい。さすがですね兄さん」
目を開ける。
そこは自室で、時刻は朝で、オレはハスキーではなく如月蓮巳で、近くにいるのは妹で、ブーブー言っていたのはオークではなくオレの携帯だった。
……そうだ。オークの村は昨晩襲ってもう壊滅させたんだったな。
「何がさすがだって?」
「寝ている間も完全に腹式呼吸でしたし、気配を殺していても私だと気づかれました」
「そりゃまあ兄だし……ん? なんだ、どこか行くのか?」
よそ行きの服装をした妹の姿を見て、遅まきに察する。
「はい。父さんにお話したらNORNを買ってもらえることになりまして」
「相変わらずお前には甘いな、そんな安いもんじゃないだろうに」
「設置は後日になるでしょうけど、そのときは一緒に遊んでくださいね」
「それはもちろん」
「言質は取りました。それでは行ってまいります」
「おう、気をつけてな」
部屋を出ていく純恋。
しかしなんで枕元に気配を殺して立ってたんだ、あいつ。
暗殺者でもあるまいに。
「と、枕元と言えば――」
先ほど鳴っていた携帯を手に取る。
通知を見ると数件のメッセージがヒバから来ていた。
遡って最初のメッセージを確認する。
『これ、ハッスだよな?』
という確認の下にURLが貼ってある。
なんだよ、どれがオレだって?
そう思ってURLを開く。
ツブヤイターが起動し、AWAの公式アカウントに飛んだ。
「……動画? なんの動画だ?」
つぶやきについている動画を再生する。
瞬間画面に映ったのは、見覚えのある背景と二つの黒塗りアバター。
片方にはモンスターネームと長い体力バーが表示されている。バルトアンデルスだ。ということはもちろんその相手をしているのは――
「なるほど、オレか」
黒塗りでも動きはわかる。
見る人が見れば七星神流だということはわかるだろうし、ヒバならオレだと見抜けるだろう。それはわかった。だが、なぜこんなものが公式アカウントにあるのだ。
いや待て。そんなことよりも――
「――10000イイネに5000リつぶやき、だと」
なんか知らんがバズってる。
ツブヤイターは鍵垢で相互はヒバくらいのオレからすると信じられんくらいにバズっている。
そういえばウィスタリアさんが邪悪な顔で公式アカウントを見てみろとか言ってたような……。
「ま、まあ黒塗りだし、これがオレだとわかるのはヒバくらいだろ」
うんうんと強引に自分を納得させてツブヤイターを終了する。
時間的には寝すぎてしまったようだが、とりあえず顔を洗って朝飯を食べて、AWAを起動しよう。
貴重な日曜日だ。計画的に消費しないとな。
AWAを起動して今回ポップしたのは奇岩渓谷だった。
やはりログインすると最後にログアウトした場所に出現する仕様なんだな。オークの村跡地から少し離れておいてよかった。さすがに日付も変わってオークもポップし直してるだろう。入ってすぐ襲われるのはごめんだ。
安全を考えるなら攻略地点にアライバルウェッジを打ち込んで街でログアウトするのがいいんだろうな。本来は。余裕があれば気にすることにしよう。
さて。
ステータス画面を開き、フレンド欄を確認する。
ウィスタリアさんはオフラインだ。一方山風はやっぱりオンライン。
ウィスタリアさんがいない以上本筋は進められない。
一人で狩りをしてもいいのだが、現状知識が少なくて指針を立てづらい。
なら、何をするか。
しばし考えて、山風に向けてメッセージを飛ばす。
『少し相談したいことがあるんだが、今時間あるか?』
ほどなくメッセージが帰ってくる。
『構わんでござるよ。場所は――白蛇の森入口のアライバルオーブあたりでよろしいか?』
『大丈夫だ。すぐに行く』
『了解でござる』
それだけやり取りして、すぐにアライバルを使った。
世界が一瞬で入れ替わり、見慣れた森の入口についた。
……幸いというべきか、エリーはいなかった。まあアイツも年がら年中ここで獲物を探しているわけでもあるまい。前回の出会いが特別運が悪かっただけだろう。
などと考えていると、眼の前に紫色の影が転移してきた。
「おお、ハスキー殿。もう来ていたでござるか」
「呼び出して悪いな、山風」
「なになに、言ったでござろう。拙者たいてい暇しているでござる」
たぶん本当なんだろうけど、もしも忙しかったとしても山風は暇だったと答えそうな気がする。本質的にいいヤツなのだ。
「それで、相談というのは?」
「ああ。それなんだが――山風は余ったSAポイントってどうしてる? たぶん剣術とか格闘術とか、そういう近接スキル取ってないだろ?」
身のこなしや雰囲気から、山風がリアルスキルを使っているのはわかっていた。だとすればたぶんオレと同じようにSAポイントが余っているはずだ。
「あー、なるほど。確かにソレは拙者も通った道でござるな。懐かしや」
「やっぱりか」
「結論から言うと、『ステータスを伸ばす系のスキルやアーツを取る』のが鉄板でオススメでござるな。その上でさらに余っていたら『やりたいけどリアルではできないことを足す』のがよろしいかと」
「と、いうと……?」
「参考までに今の拙者のビルドを見せると、こんな感じでござる。【ステータス】【画面共有】――っと」
彼の眼の前にステータスウィンドウが突然現れた。
いや、可視化してくれたのか。
で、その内容は――
――――――――――――――――――――
山風 Lv:15
等級:初級
称号:朧夜の忍び
HP:138
MP:49
STR:17
VIT:18
DEX:28
AGI:35
スキル:
【アイテムストレージLv2】【HP増加】【MP増加】
【跳躍強化】【隠密】【黒魔法Lv4:風】
アーツ:
【スラッシュ】【アライバル】【影縫い】
【ウィンドクッション】【ウィンドパリィ】【疾風のごとくに】
――――――――――――――――――――
「へえ、魔法剣士か」
「いやいや、まだそう呼べるほどではござらんよ。魔法が本当に最低限しか取れておらぬゆえ」
「そうなのか」
そういや魔法使いをやろうとするとSAポイントがカツカツになるんだったか。
専職でそうなんだから剣士もやろうとしたらそりゃあ厳しくもなるだろう。
「それで、特にオススメなのがこの『跳躍強化』でござる。カエル系モンスターを30体倒すと解放されるスキルだが、飛び込み距離飛び退き距離が増えるのでリアルスキルでの戦闘が格段にやりやすくなるでござるよ」
「ほほう」
一足一刀の間合いが伸びるわけだな。
相手の間合いから出たり入ったり、技を当てたり避けたりがしやすくなると。
「しかも風魔法の『ウィンドクッション』と合わせるとさらに伸びるでござるよ」
「それは面白そうだな」
「実際面白いでござる。そういうスキルアーツコンボを探すのもこのゲームの楽しみ方の一つでござろうな」
「なるほどな……コンボか」
正直、今まで魔法を覚えるのには抵抗があった。
オレは刀があれば大抵の敵はなんとかなると思っていたし、リアルで使えない力で強くなっても仕方ないと思っていたからだ。
けれども、山風が示してくれた。
ここはゲームで、オレはハスキーだ。
であれば、そういう方向で強くなったって――そういう楽しみ方をしたっていいのだ。
「けどカエルのモンスターって今まで見たことないな。どこにいるんだ?」
「水の街メルクリアの少し先でござるな」
「第二の街か。そっちには行ったことないんだよな」
「ふむん。拙者はすでにオーブを解放している故、パーティを組んでいいなら案内できるでござるが」
「そっか。パーティは解放したオーブを共有できるんだったな」
ありがたい提案だった。
今から第ニの街解放まで徒歩で行くと多大な時間がかかるだろう。それをアライバルで短縮できるならお金を払ってでもしたいところだ。
そう思ったところではっとする。
そうか。これが攻略組がオレたちに感じてることか。
今更にしてあのときなんで大勢の人間に囲まれたのかが理解できた。同時にそれを提案してくれた山風に申し訳なく思う。彼が解放したオーブをオレは何の努力もせずに使わせてもらうことになるのだ。
「山風……案内を頼みたいんだけど、対価には何を払ったらいい?」
心苦しさを噛み締めながらオレはそう告げる。
暗に欲しいものを教えてくれという提案。
だが――
「何をおっしゃるハスキー殿。拙者たちはフレンドでござろう」
返ってきたのはイケメンすぎる回答だった。




