28:道場と和服と、新たな冒険の兆し
昼飯を食べ終えた昼下がり。
オレと純恋は約束通り道場にいた。
お互い道着と袴を身に着け、手には木刀を構えている。
「――――」
「…………」
オレはもちろん、純恋も軽率に踏み込んで来たりはしない。間合いのギリギリ外で、じりじりと動きながら少しずつ構えを変えていく。
映像作品でよく見る構図だな。アレはあながち嘘でもないのだ。
構えというのは、次の行動を規定する。
構えから繰り出される技の範囲は有限であり、次にどう動くかがある程度決まってしまう。そのため構えには有利不利が存在し、それゆえに剣士はお互い相手の構えに合わせて有利な構えへと変えようとする。
わかりやすく言えばゲームの『被せ』だ。
相手の選択キャラクターが見えているので、それに対し性能的に有利なキャラクターを後出しする。ゲームと違うのはキャラセレに制限時間がないのでそのままだと互いに被せ合って一生終わらなくなることか。
だから、どこかで仕掛ける必要がある。
有利と不利が切り替わっていく中で、間合いのギリギリを出入りしながら、ただその一瞬を見極める。
「――きぇい!」
純恋が打ち込んでくる。
八相の構えから叩き斬る勢いで木刀が打ち下ろされる。それでいい。一番勝率が高いのは先の先。剣術の戦いは懸かる方が圧倒的に有利だ。手の内もよく絞られ、素直に木刀で受ければ叩き落されるぐらい威力もある。
――だから、受け流す。
正眼に構えた状態から右手を引き左手を押し、上がった切っ先が純恋の打ち込みを外に流す。だが純恋も即座に気づいて木刀を止める。自分の斬撃に振り回されて体が泳ぐようなミスはしない。それでも攻撃は完全に失敗し、先の先の時間が終わる。
ここから先は後の先だ。
純恋の木刀に巻き付くように木刀を回す。絡め取られることを恐れて純恋が木刀を引く。そうして引かれたことで生まれた空隙に、オレは素早く木刀を向ける。
純恋の喉に切っ先が触れる。
純恋の口から息が漏れる。
「……参りました」
その宣言を受けてオレは木刀を下ろす。
互いに礼。
「ちょっと怖がりすぎだな。あそこは刀を取られないよう手の内を固めるだけでよかった。引いて不自然な体勢になったらどうしたって隙ができるぞ」
「理屈はわかりますが……」
「納得できない?」
尋ねると純恋は首を振った。
「いえ。そうではなく。正直今のは会心の打ち込みでした。速さも威力も今までで一番っていう手応えがあったんです」
「そうだったか? いつもより鈍いくらいに見えたが」
「違います。今日の兄さんが切れすぎなんです。いつもならあと三手は勝負になったはずですよ」
「切れすぎ――か」
言われてみると確かに調子がいい。
体の精密性が一段階上がっている感覚。重い服を脱ぎ捨てた感覚。ゲームで感じた『錆の落ちた感覚』が今も明確に体に残っているのだ。
「だとすれば、ゲームのおかげかもな」
「例のVRゲームですか」
「ああ。アレは現実と同じ肉体でゲーム体験をさせるってコンセプトらしいけど、そのおかげでゲーム内の経験を現実にフィードバックできる」
木刀を片手で軽く振りながら、オレは続ける。
「つまり、ゲーム内の経験値を現実に持ち出せるわけだ」
「それはまた……すごいゲームですね」
「ああ。今までなかった類のゲームだよ、本当に」
アナザーワールドアライバルか。
本当にとんでもない神ゲーに出会ってしまったものだと思う。
というわけで、再びやってきたゲーム世界。
まずログアウト中に思いついたことを試したい。
オレは今のところ二つの街に出入りできる。
『始まりの街アポロニア』と『熱砂の街ジュピトリス』だ。けれどアポロニアは変な騒動になってて行きづらいし、ジュピトリスは入るとイベントが始まるらしいのでこれまた入れない。
一見すると詰んでいる。
だが、装備の購入ができるのは別に街だけじゃないのだ。
ログアウト中、それを思い出した。
砂漠手前のアライバルオーブを選択して飛ぶ。
飛んだ先は砂漠の手前にあった小さな集落。
目当ての店はオーブのド真ん前。そう、水着を買った装備店だ。
「はぁいどぉもいらっしゃいませぇ」
入店と同時に女性店員が声をかけてくる。
猫目で小麦肌の、前回と同じNPCだ。
「あれ、お兄さん。昨日の来訪者さんじゃないですかぁ」
「どーも」
ちゃんと覚えてくれてるのか。
そういえばセッテ嬢もオレを覚えていた。受け答えとかもしっかりしてるし、このゲームのAIは本当に出来がとんでもないな。
「今日は水着じゃなくて普通の装備が欲しいんだけど、あるかな?」
「ありますよぉ。それならこっちですねぇ」
案内されるままに店の奥に向かう。
到着したのは鎧のコーナーだ。プレートメイルやスケイルメイル、チェインメイルなんかが木のマネキンに装備されている。
「どうぞ試着してみてください」
「それじゃ遠慮なく」
装備に向かって試着ボタンを押す。
瞬時に鎧が装備された。
「――ふむ」
見た目ほど重くはないな。
ゲーム的に軽量化されているもあるだろうし、レベル分オレの筋力が補正されているのもあるのだろう。
関節の動きも想像よりは全然自由だ。
走ったり剣を振ったり、一通りのことは不自由なくできると思う。
だが、もっと繊細な身体操作をするには、やはり向いていない。甲冑を着込んで戦うことを想定した流派ならいいのだろうが、七星神流はそうじゃないからな。
「他のも試していいか?」
「もちろんですぅ」
次に試したのはチェインメイル。
小さな鉄の輪を繋いで鎧としているため布のように柔らかく変形し動きやすいのだが、それでも一定の重みと動きへの制約はある。やはり繊細な動きには向かないだろう。
ならばと試したのがレザー装備。
革を加工した鎧で、さらに軽さと自由度は上がったが、ここまで来ると小さな違和感の方が気になってしまう。
「すまないが、布の防具とかってあるか?」
「えっと、あるにはありますけどぉ……」
案内されたのはすぐ隣の売り場。
マネキンに装備されているのは神官服やローブの類だ。
「布装備だとどうしても後衛職のものになるので、防御力が低くなっちゃいますぅ」
「なるほどな……」
わざわざ布装備を着る前衛職はあんまりいないか。
まあ、剣術スキルで動きをアシストされるなら小さな違和感とか関係ないだろうし、普通のプレイヤーはそうなるよな。
「まあこの際防御力はいいや。和服系の防具が欲しいな」
「ワフク系、ですか?」
「あ、えっと、こういうヤツ」
和服という言葉が通じなかったので、初期装備の道着に着替えて見せる。
「ああ、はいはい。イースタンスタイルですねぇ。確かどこかにあったはず……」
店員さんはマネキン脇の積んである衣服をひっくり返す。
けっこう積んであって、あれを戻すのは大変そうだが大丈夫だろうか。
「あ、これですこれです。どうでしょう?」
彼女が下の方から引っ張り出してきたのは確かに和服だった。
灰色の小袖と黒色の袴という組み合わせで、時代劇でよく見るようなヤツだ。
試着させてもらう。
「――うん、いいな」
道着より柔らかく肌触りもいい。
重さと自由度も言うことなく、体の一部のように馴染む。
ついでに防御力も、鎧とは比べるべくもないが、初期装備や水着よりは硬い。
「ありがとう。これをもらいます」
「いえいえ、お役に立ててよかったですぅ。まいどどうもぉ」
カードを取り出して精算する。
限度額にだいぶ余裕があるので値段を見ずに買ってしまったが、まあいいだろう。これでレベルの上限解放をしたとき、水着で街中を歩かずに済む。
オレの尊厳は守られたのだ。
満足して店を出る。
店の外、集落の中には人が行き交っているが、プレイヤーらしき人はいない。
みな先程の女性店員同様に小麦色の肌をして水着に近い服を着ている。男性は海パンに丈の短いジャケットのようなもの、女性はビキニっぽいものが多い。
現実的に考えると異様な光景になりそうなところだが、しかし異国風の風景と住人たちの風貌のせいかとても自然に思える。
「作り込んでるなぁ……」
そんな感慨に浸っていると、ポーンと眼の前に表示が出る。
『フレンド:ウィスタリアがログインしました』
「む――」
ほどなくメッセージが送られてくる。
『ハスキーくん。今、時間取れるかい?』
「『大丈夫です』――と」
返信すると、即座にメッセージが返ってきた。
『もしよければジュピトリスのイベントを進めてしまおうか』
ああ、うん。
どうやら新しい冒険が始まるようだった。




