27:対決、白魔ギャル
「ウチ、ずっと他流試合ってのに憧れてたんだよね」
エリーが長い杖をくるくる回しながら独白する。
「でも、オーカミみたいな人ってなかなかいなくてさ」
「……あれは品定めしてたわけか」
最初の出会いを思い返す。
森の中に座り込んでたエリーは、通るプレイヤーを観察してたわけだ。
「うん。けっこう見てたけど、あんまりおいしそーな人はいなかったよ。あ、一人、紫色のニンジャの人がいたっけ。でも逃げられちゃった」
「山風か」
「あれ? 知ってる人?」
「一応な」
「そうなんだ。世間は狭いね」
そう言いながら杖を両手で掴んで大きく背伸びをするエリー。
「てなわけで、オーカミが初めての人なんだよ」
「オレはまだ受けるとは言ってないが」
「受けるでしょ」
言い切られた。
「同類の匂いがするもん。武器を振るいたくて仕方ない人間の匂いが」
「……まあ、否定はできないな。けど、オレはPKをする気はない」
対戦ゲーならまだしも、協力ゲーでプレイヤーキルをするのはオレの趣味じゃない。
システム的にできる以上やるなとは言わないが、やろうとは思わない。
「PKペナルティだってあるだろうしな」
「それなら大丈夫。ウチもうレッドネームだから、PKしてもペナはないよ」
「は?」
レッドネーム?
「お、お前――オレが初めてだって言ってたじゃないか」
「他流試合はね。あ、勘違いしないでね。普通の人は襲ってないよ。ときどきすごいセクハラしてくるヤツがいてさ、我慢できずに、こう、ね」
「ハラスメント通報しろ」
「てへ」
「てへ、ではなく」
そんな舌出しで誤魔化されるか。
なにしろ話の内容は全然かわいくないのだ。
「そんなわけだから――やろうよ。デスペナもPKペナもないんだからさ」
「お前なあ……」
はあ、と息を吐く。
さすがにここまでお膳立てをされては仕方ないか。
「一回だけだぞ」
「やったっ!」
エリーが杖を構える。
長い杖を槍のように握り、先端をこちらの顔の高さくらいまで持ち上げる。
オレも腰の刀の柄を握り、腰を落とす。
「それじゃ、いざ尋常に――勝負っ!」
宣言と同時に杖が突き出された。
速い。とてつもなく速い。
空気を裂きながら近づくそれを間一髪、顔をそらして避ける。
「くっ――」
当たっていたら頭蓋を撃ち抜かれていた。
ぞわりと走る寒気。それでも体は止まらない。踏み込み。外れた杖は引き戻され、再び神速の突きがやってくる。
だが、いくら速かろうと引いて突くは二動作。
抜刀抜き打ちで杖の先を跳ね上げる。体が前に進む。刀の間合いに入る。刀を上段の位置まで引き戻し、両手で柄を握り――
――眼前まで迫ってきていた杖の石突きを、刀の柄尻で叩き落とす。
そして後方に飛び退く。
間合いを空ければ不利になるのはわかっていたが、退くしかなかった。
言うだけはある技量。運用自在の杖捌き。
「突かば槍、払えば薙刀、持たば太刀――」
「――杖はかくにも外れざりけり。知ってたんだ。さすがオーカミ」
「実感したのは今ようやくだ」
一般に剣と槍が戦う場合、三倍の技量が必要だとされている。この場合もおそらくそれに習う。いや、個人的には槍よりやりづらい。なぜなら刃がないからだ。
実はいくつかの杖術の流派の起こりは、似たような逸話を持っている。
戦場で戦っているとき、敵に槍の穂先を斬り落とされた。
しかし、残った棒の部分で応戦したところ、その働き目覚ましく生き残ることができた。それに開眼して当流派を起こしたのである――とか、だいたいそういうお話だ。
当たり前だが、命のやり取りをする戦場に、わざわざ最初から棒を持ち込む者はいない。当然みな兵器の王である槍を持ち込み、しかし不運にも刃を失い、だが逆にそれが功を奏して生き残っている。
では、それはなぜか。
刃を失った結果、槍の先を当てようとする執着が失われるからだ。
刃がついていれば人はそこを敵に当てたくなる。意識はそこに集中し、思考の柔軟性は失われる。刃がついてなければどうか。どこを使っても変わらないなら突いたっていいし叩いたっていい。杖の頭を使ったっていいし逆に石突きを使ったっていい。
――思考が自由になり、運用が自在になる。それが杖術の強さなのだ。
「それじゃ、もっとギアを上げていくよ」
「……おう」
恐ろしいことにまだ上があるらしい。
ぶるっと腕が震える。だが、口元は自然と吊り上がり、オレの体は前に進む。
ああ、うん。
エリーの言った通りだ。オレも同類だ。鍛錬し続けた技術の使い道を探していた。試合も大会もない古流剣術を磨きながら、いつも戦う相手を求めていた。
――ガチリ、と歯車の噛み合う音が頭から響く。
繰り出される突き。
杖術のそれは槍と同様に手の内をすべらせれば射程がいくらでも伸びる。だから見極める。目だけではなく、気配と感覚と音と読みを使う。
突きを避け、払い、叩きつけを斬り落とし、避ける。
エリーのギアが上がっていくのに合わせて、オレのギアも上がっていくのを感じる。
心臓が早鐘を打つ。
避け、払い、斬り落とし、避け、薙ぐ。
血流が激しく全身を巡り、体の中にあった錆が落とされていく。
使っていなかった回路に電流が流れるように、使われていなかった筋肉が役割を思い出す。
「嘘、まだ上があるの――!?」
避け、避け、払い、避け、斬りかかる。
じいちゃんが死んでから使ってなかった体の動きを、オレ自身が思い出していく。
もう使うこともないと錆びつかせていた技術に、油が注がれる。
「はや――もう、追いつけな――」
避け、避け、跳び、避け、払う。
脳が煙を出しそうなほどに稼働し、相手の次の動作が見え、オレの動きはさらに最適化されていく。
思い出した。そうだ、こういう感覚だった。剣を振るうというのは。まったく、今までのオレはいったい何をしていたんだ。
避け、払い、絡め取り、相手の杖を使って相手を叩く。
杖を落としたエリーの元に一足で踏み込んで無銘の刃をその首に――
――ぴたっと当てた。
「……やんないの?」
「やらないよ。言っただろ。オレはPKをする気はない」
「ゲームなのに? ペナルティはないのに?」
「ゲームだからだろ。ゲームは楽しく遊ぶものだ」
ウィスタリアさんはそう言っていた。
そしてオレも同意見だ。
「……完敗! かんぱーい! 負けました!」
エリーはその場に寝転がり、大の字になる。
「いやあ、ぜんぜん勝てそうにないや。強いね、オーカミは」
「それなんだが、いや、いまさら言いにくいことではあるんだけど」
ことここに至って、さすがに偽名を通すのが申し訳なくなってしまったので。
「――オオカミってのは偽名で、オレの本当の名前はハスキーなんだ、実は」
そう、名乗ることにしたのだった。




