26:白蛇の森とギャル白魔
白蛇の森を二人で進む。
周囲にモンスターの気配は今のところなく、平和といえば平和なのだが、だからといって気が休まるかというとそんなこともない。
距離感のわからない異性と一緒に歩く。
その緊張感は、ボス戦を軽く凌駕する。
「そーだ。お兄さん、なんて名前?」
「オレか? ええと――」
オレが一瞬口ごもったのは、だから緊張のせいでもあったのだが、その一瞬がオレに考える時間をくれた。
先の街での騒動は記憶に新しい。
ここでハスキーと名乗ることにはリスクがある気がする。どうせもう会うこともないだろうし、偽名を使ってしまおう。
「――オオカミだ」
「へえ、オーカミ。ウチ、食べられちゃうかな?」
「食べない食べない」
オレが答えると、神官少女は楽しそうに笑った。
「――で、それって本名から来てるの?」
「そういう質問はマナー違反だぞ。ま、一応言っておくとノーだが」
オオカミの方はな。
オレのハスキーというキャラネームは、小学生のころに先生がオレの名前を読み間違えた経験から来ている。蓮巳を蓮己に見間違えてハスキって呼んだんだ。
それ以来どんなゲームでも使いまわしている。ヒバとゲームするとき、普段通りハッスって呼ばれても周りに通じるしな。
「ふぅん。あ、ウチはエリーね。よろしく」
「よろしく。つっても、短い付き合いになるだろうけどな」
「あっ冷た。もしかしたら長い付き合いになるかもしんないじゃん」
「いや、森を抜けるまでって話だったろ?」
「いったんはね」
「クエスト達成条件を後ろにずらすな。約束したのは森を抜けるまでだ」
「えー」
ぶーたれられてもな。
さすがにその後まで責任は持てない。
「それでどっちに抜けるんだ?」
「え?」
「目的地だよ。森を西に抜けるのか、南に抜けるのか、どっちなんだ?」
「え、えっと――」
なぜそこで詰まる?
「――し、下!」
「南ってことか?」
「そうとも言う!」
「普通はそうとしか言わない」
……ということは、カトブレパスの群れがいる方だ。
あそこに何の用だろう。まあ、何の用もなくただ難所と聞いてあっちに向かったオレが言うのもなんだが。
カトブレパスは倒せれば経験値が美味しいし、単純にそれ目的かもしれないな。
「っと――」
頭上に気配を感じて腰の刀に手を伸ばす。
『シャアアアア!』
大口を開いて落下してくる巨大な白蛇。
その脇差しくらいはある牙を、抜き打ちで弾く。
――ギィン!
「うわ、すっごい」
「エリー。少し下がっててくれ」
「はいはーい。エリー、下がりまーす」
この森の名物モンスター、ホワイトバイパーだ。
牙は刃物のように鋭く、毒を持ち、長い体躯を絡ませて締めつける攻撃もしてくる。一度捕まると生半可な攻撃では抜け出せない。
護衛対象が狙われないように、真ん前に立ってヘイトを稼ぐ。
白蛇が頭を後ろに引く。
それは攻撃の予備動作。噛みつきが来る前兆だ。オレは刀を顔の前に立てての棟に右手を添える。
――噛みつきが来る。
大口を開けて突っ込んでくる白蛇の頭部。その鼻先に刃を押し当てて左足をつっかえ棒にする。しかしその分厚い鱗を斬り裂くことはできず、逆にオレの体が空中に打ち上げられた。そこに再び大口を開けた蛇の頭が迫る。
「わ――」
エリーがこぼした小さな声は驚きか、心配か。
心配なら、それは無用だと言ってやりたい。
なぜならここまで含めて計算通りだからだ。
「七星神流が五星――」
空中で体をねじり、力を貯める。
それを一瞬で伸ばすことで全身の筋力を刀に載せる。
体が、腕が、刀が回転する。
オレの筋力。オレの重量。肉体のねじり。刀が振り回される遠心力。すべてが斬撃の威力と化し、一つの技に束ねられ、岩をも斬り裂く一刀に昇華する。
「――木々乃霊の太刀」
無銘の刃が巨大な白蛇の頭蓋をぬるりと通過し、その目から生気を奪う。
――ズゥゥン!
白蛇の頭は地面に堕ちて土煙を上げ、その巨体は光へと分解されていく。
「あれを一撃ってすごいじゃんオーカミ!」
「……どーも」
オーカミというのが自分のことだと理解するのに時間がかかった。
もっとわかりやすく、シベリアンとかにすればよかったか?
「ね、ね。オーカミってさ、リアルでも剣術やってる人?」
キラキラとした目でそう聞かれ、逆にオレの目は細くなる。
「……どうしてそう思ったんだ?」
「動きが違うよ。スキルでAIアシストが入った動きってなんか不自然なんだよね」
「不自然?」
「うん。体にない筋肉を使ってるっていうのかな。おまえそこに筋肉ついてねーだろっていう。でもさっきの一撃はすごく自然だった。あるものをあるだけ使う感じでさ」
「なるほどな」
納得する話だった。
確かに筋肉のつき方なんて十人いれば全員違う。それを全員同じデータによって動かしたら見た目と動きに矛盾も出てくるだろう。
「しかし、よく観察してるんだな」
「ウチ、実は運動得意なんで」
「ふぅん――じゃあオレも逆に聞くけどさ」
「え、なになに?」
「――お前もリアルで遣うんだろ、エリー」
オレの言葉にエリーは一瞬きょとんとし、それから心底嬉しそうに手を叩いた。
「あはは、すごーい! なんでわかったの?」
「一つ。姿勢が良すぎる。武術をやる人間特有のブレのない正中線だ。一つ。オレがやってるのを『剣術』って言っただろ。武術をやらない普通の人なら『剣道』って言うはずだ」
「ふむふむ。他には?」
「決定的なのは杖の持ち方だな。オレはもうひとり魔法職の人を知ってるけど、杖をそんな風には持ってなかった。その握りは――槍術か杖術のものだろう?」
「うん。そうだよ。すごいね。カンペキだよ、オーカミ」
こと、ここに至ってもエリーの態度は変わらず、目はキラキラし、悪びれることなく。
「――カンペキついでにさ、ちょっとウチとも手合わせしてくれない?」
と。
そんなことまで宣うのだった。




