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☆エリザベスの視点
土曜日の夜シオンの部屋を出た後
私がシオンの部屋を出て階段を下りると、別の使用人がいて洗濯籠を預ってくれた。部屋に戻るとすぐに用意されていた風呂に入った。目立たない服を着て、裏口から出て、侯爵家の家紋の入っていない馬車で自分の家に送ってもらった。
家に帰ると家族皆が出迎えてくれた。皆が心配そうに声をかけてくる。
「侯爵家ではとても楽しく過ごしたのよ。やりがいのある毎日だったわ。明日はどうなるか分からないけれど、シオン様と二人だけで話をさせてもらえないかしら? もしかしたら怒鳴りあいの喧嘩をするかもしれないけど、それでも放っておいて欲しいの」
「怒鳴りあい? 大丈夫なの?!」
「ええ。暴力を振るったり、ひどいことをするような人ではないから大丈夫よ。それと、彼がすぐに帰ろうとしたら止めてね。話し合いをしたいから」
「わ、分かった。では玄関辺りで待機しておこう」
「怒鳴りあいになったら恥ずかしいから、2階の客間にしようしら?」
「確かに1階は人が通るから落ち着かないだろう、2階に用意をさせよう」
シオンはもう寝ただろうか?
明日彼はやっぱり婚約を破棄しようとするのだろうか? 不安でたまらない一方で、妙に腹が据わっている自分が居た。
疲れていたので、私はあっという間に眠ってしまった。
翌朝は朝食を食べるとすぐに、準備に取りかかった。
舞踏会並みの気合いで着飾った。侯爵家で外出用のドレスを作って下さったので、それを着る。大変上等な生地で作られていて、着心地は最高である。
準備が終わると、久しぶりに着飾った自分の姿をじっと鏡で見た。いつものベスとは全然違うようにも見えるし、そのまんまのようにも見えてよく分からない。
準備が出来たので、用意された部屋に向かう。窓を開け放つ。
メイドを呼んで庭から花を切ってもらって飾ったり、細々とした準備をした。
することがなくなり、扇子を開いたり閉じたりしながら、シオンが来るのを待った。
しばらくすると階下が賑やかになった。シオンが来たのだろう。
ノックの音がしたので立ち上がった。メイドがドアを開けた。
「シオン殿、エリザベスとお二人でお話下さい。私は失礼します」
「えっ? あ、はい。分かりました」
父親とやり取りする声が聞こえた後、シオンが従者と共に入ってきた。従者は手土産の荷物持ちのようだ。シオンと目が合ったので会釈する。気づかれただろうか? 心臓の音がうるさくてシオンに聞こえるのではないかと思うほどだ。
シオンは私の向かいに立った。
「今日は時間を作っていただきありがとう」
「ようこそお越し下さいました」
「お好きな花ならいいのですが」
花束を渡された。
「綺麗ですね。ありがとうございます」
花束をメイドに手渡した。
「こちらもお口に合えば良いのですが」
「ありがとうございます。頂きます。こちらを開けて頂戴」
私は頂いたものを早速メイドに開けてもらった。
「まあ、美味しそう。早速お出ししてね」
メイドはケーキとお茶をテーブルに並べると、部屋から出ていった。シオンの従者も既に退出している。シオンと二人きりだ。
「エリザベス嬢、これまで一方的に結婚しないと言い張り、あなたと向き合おうとしなかったこと、心から申し訳ないと思っている」
シオンは私の目を見ながら話す。これまでのところ、彼は緊張した様子ではあるが、全くそれ以外の表情は見て取れない。気が付かないのだろうか?
「そうですね。いくらあなたが女性が嫌いであろうと、それと私を無視するのとは別の問題ですわね」
私がシオンの目を見ながら答えると、彼は初めて驚いたような顔をした。
「ええ、そうですね。どうせ断るのだから貴方を見なければ、断ったのが貴方の落ち度ではないと分かっていただけて、傷つけることもないだろうなどと、考えてましたし、我が家へ来てからは、私がそっけない態度であれば諦めていただけるだろうと、失礼な態度をとりました。あなたときちんと話をするべきでした。本当に申し訳ありませんでした」
彼は頭を下げた。
「それでこれからどうされるつもりなのですか?」
「えっ?」
「女性が嫌いなんですよね。私もその嫌いな女性でしょうから」
「あ、その、私が女性が嫌いというのは、つきまとわれたり、女性同士で蹴落としあったり、爵位の高い男性に乗り換えたりする女性たちにウンザリしたからで、あなたがそうだというわけでは」
「そうですね。つきまとったり、蹴落としたりはしませんし、万が一公爵家以上の家から申し込まれたとしても乗り換えたりはしません。ただ、あなたが侯爵だから結婚するのではないかと聞かれると、違うとは言えません。我が家の財政事情が悪く、この縁談に金銭的なメリットがあるからお受けしたというのは、侯爵様も分かっていらっしゃると思います」
「そうですね。縁談とはそういう一面もあるのですから。あなたは率直で正直な方に思えます。」
「今言ったことは嘘偽りないことですが、正直な人間かと言われると、何とも言えないですね」
「えっ?」
「どうぞお茶を召し上がって下さい」
私はにっこり笑うと、自分のコップを取り上げアイスティーを飲む。
「これはカポーティーのチョコレートケーキですよね。私大好きなんです」
そう言いながらケーキを口に運ぶ。シオンはまだボーッと私を見ている。私の言葉と態度に驚いたのだろうか? それとも、もうベスだとばれてしまっただろうか?
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ」
シオンはようやくコップを手に取り、アイスティーを飲み始めた。
「お茶のお代わりはいかがですか?」
「ああ、よろしく頼む」
私は立ち上がって、アイスティーを入れる。自分のも入れるとシオンの前にコップを置いた。
私達は黙ってケーキを食べた。少し暑くなってきたので、窓を更に開けた。
「暑いですから、遠慮なさらず上着を脱いで下さいね」
「あ、ああ。では、失礼して」
シオンは上着を脱いだ。濡れたタオルを差し出す。
「良かったら使って下さい」
「へ? あ、どうも」
シオンは冷たいタオルを渡され驚いた様子だったが、顔や首を拭いて少しは落ち着いたようだ。
「タオルをお預かりしますわ」
私はタオルを受け取ると、再び水に浸す。
私がソファーに腰を下ろすとシオンが話しかけてきた。
「すごく慣れていらっしゃるんですね。よく細々と気がつくし、動かれる」
「ええ、メイドの数が足りない時は、掃除などもしておりましたし、自分の出来ることは自分でやったりしていたものですから。全く自慢になりませんが」
「そうなんですね」
「質素が身に付いてますから、無駄遣いもしませんし、よく動きます。貴族的な社交が苦手なので侯爵夫人としては適さないかもしれませんが、夫のことは大切にしますし、私はいい奥さんになれると思います」
「えっ?!」
「どうでしょうか?」
「!!!」
シオンは驚いてまじまじと私を見つめている。それから更に不思議そうな顔でこちらを見ている。
「で、これからどうされるつもりなんですか?」
私は、シオンの様子に構わず、質問した。
「え? うっ、えー。 そ、その……実は……」
「そうだわ、庭を散歩しませんか?」
「今からですか?」
「何か用事でも?」
「そういうわけでは」
「私とは嫌ですか?」
「あの、……こんなひどい男に怒ってないのですか?」
「あら、自覚がおありなんですね」
「ええ。最低な男だという自覚はあります」
「それでも、反省されたのだから、私は今までのことは水に流そうと思ってます。シオン様はどうされるのですか?」
「赦していただけるのですか?」
「ええ。私は前に進みたいですから」
「……前に進みたい、か………………」
シオンは、黙り込んでしまった。真剣に考えている様子に、私も言葉をかけず、コップに手を伸ばしてゆっくりとアイスティーを飲んだ。




