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オズエンデンドより愛をこめて(2)

「誰なんです?」



 ベニさんが戸惑うのも無理はなかった。

何せ私たちも彼女と面と向かって話をするのは今日になってからのことなのだ。



「モルガナ王女がお国から連れてきたのよ。今日からマダマさま付きの侍女になったの」

「領主様付き?」

「ルチルと申します♪」



 上流階級の使用人にふさわしい優雅な所作で、ルチルが会釈した。



「今日から公爵さまのお側で働かせていただくことになりました♪」

「……あ、どうも。ベニト=カルニスッス」



 きゃぴきゃぴとしたハイテンションな口調に、ベニさんが眉をひそめた。

トパースのような大人しい子が趣味のベニさんには、ルチルの甲高い喋り声はあまり印象が良くないらしい。



「今日からって、えらい急な話ですね」

「マダマさまにお付きの侍女がいないって聞いて、モルガナ王女が問題視してね。この子を付けるって言いだしたの」


 

 『自分の侍女の一人をマダマさまの専属にする』と言い出された時は驚いたが、反対する理由もないのだった。



「……まあ確かにちょうどいいといえばちょうどいいのよ。私にはトパースっていう侍女がいて、領主のマダマさまには誰もついてないってのは不自然は話なのよね」



 使用人にもいくつかランクがあるが、その家の家長の一番近くで働く『殿方付き』の侍女は、序列で女中頭の次に重要なポジションだ。

モルガナ王女や私には侍女がついていて、領主のマダマさまには特に誰もついていないというのは確かにスジが通らない。



「えっ? ってことはここで話してること、モルガナ王女に筒抜けじゃないんッスか?」

「良いのよ。『マダマさまが困ってる』って私たちから伝えるより、彼女の口からモルガナ王女の耳に入った方が信じやすいでしょ」

「あ。なるほど」


 

 二重スパイから得た情報なら信ぴょう性は高いだろう。

そうもそもその目論見がなければ、わざわざこんな逃げ場所まで連れてきたりはしない。



「まあひどい。あんまりですわそんな言い方♪」



 よよよ、とわざとらしく泣いたふりをしてルチルは目元を拭ってみせる。



「殿方付きのメイドといえば着ている衣服も同然の存在……。常にご主人様に付き従うのが役目ですの♪」

「? ご主人様?」

「もちろんルチルのご主人様は、この世にマダマ・ラトナラジュ様ただおひとりですわ。忠義に厚いスターファの女は二君に仕えませんの♪」

「今日入ったばっかの子にそんなこと言われてもなんだか胡散臭いんだけれど……」



 この子を信用していいのかはっきり言って疑わしいのだが、とりあえず能力には問題あるまい。

そうでなければ上流階級の中の上流階級であるモルガナ王女のそばに使用人として仕えていられるはずがなかった。



「まあ大体事情は分かったッス。ところで話を戻しますけれど……」

「そうよ。ベニさんはマダマさまには何人子供を作ってもらうのが良いと思う?」

「本人そっちのけでなんつー話をしてるんスか。というより、モルガナ王女が好き放題して困ってるって話はどこ行ったんスか?」



 そういえばそうだった。いつの間にか話が脱線していた。



「そうねぇ……。マダマさまが直接言うと上手く丸め込まれちゃいそうだし、私が言っても聞き入れてもらえそうにはないし……」

「そのことなら、ルチルに考えがあります♪」



 ぱっ、と新参の侍女が挙手した。



「何?」

「思うのですけれど、今の状況は王女様が積極的なのはもちろん、ご主人様がお持ちの雰囲気が大人し過ぎるのも原因ですわ♪」

「大人し過ぎる?」

「柔和でお優しいお方ですから、多少の無理は言っても受け入れてもらえそうに見えてしまうんです♪」

「……確かにそれはあるかもね」



 箱入り王族で素直な優等生のマダマさまには、確かにそういう受け身な部分がある。

良くも悪くも『なんでも言うことを聞いてくれそう』という雰囲気をかもしだしてしまうのだ。



「ですからご主人様にもっと堂々とした殿方になっていただければ、王女様の見方も変わるのではないかと」

「ふむ?」

「周りの方も認める立派なたくましい方がお相手でしたら、王女様もそうそうご無理をおっしゃることはなくなるはずですわ」

「なるほど……。一理あるわね」



 あいさつ一発で囲んだ聴衆の心をつかむほど、その場の空気を読むのに長けたモルガナ王女のことだ。

マダマさまを見る周囲の目が変われば、相応に腰の低い態度を取るよう心がけるかもしれない。



「でも具体的にどうするんッスか? いきなりそんな立派な人間にはなれないでしょ」



 ベニさんがずばり問題点を指摘した。

そういえばそうだ。

知らない相手からは女の子に間違えられるくらい可愛らしいマダマさまを、どうやって周りを威圧するムキムキマッチョマンに仕立て上げるというのだ。



「問題ありませんわ。ルチルにお任せくださいまし♪」



 相変わらず緊張感のない声でルチルは請け負ってみせた。



「雰囲気なんて要は気持ちの持ちよう……。ご主人様に自信を持っていただければ、自然と空気も変わるものですわ♪」

「確かにね」

「『男子三日会わざれば目をひん剥いて見よ』と言うではないですか♪」

「何か格言の細部が怪しい気がするけれど……。いいわ、任せてあげる」



 この侍女の能力やマダマさまとの相性を確かめるいい機会かもしれない。

私はやらせてみせることにした。



_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/



「決してのぞかないでくださいね。繊細な心の問題ですわ♪」



 そう言ってにっこり笑顔を作ると、ルチルは軽い足取りで部屋を出て行った。

その背中に引っかかるものがあった。

特にどうとは言えないが、何かがおかしい。



「……怪しいわね」



 ぽつりと口から洩れた言葉にベニさんが眉をそば立てた。


 

「え、どうするんですか?」

「何か気になるわ。ちょっと行きましょう、何するのか監視するのよ」

「でも『のぞくな』って言われたッスよ」

「そうよ。だから盗み聞きするのよ」

「言葉って便利ッスね」



 ルチルが隣のマダマさまの部屋に入るタイミングを見張らってから、こそこそとそのドアの前まで移動する。

気は進まなさそうにしながらもベニさんもついてきた。

ぴたっと耳をドア板に張り付ける。

思っていたより安普請なのか、中の声ははっきりと聞こえてきた。



「な、なんですか? あなたは確か……」

「ルチルと申しますの。 本日からご主人様のおそばで働かせていただくことになりました♪」

「あなたはモルガナ王女の侍女じゃ……」

「ご主人様付きの侍女がおられないというので、配置転換しましたの。このことはレセディ嬢も御承知ですわ♪」

「レセディも? はぁ、そういうことなら……」


 

 私の名前を出して信用させるあたり、なかなか油断のならないやつだ。

しかし今は良しとしよう。

マダマさまに近づけないではマダマさまに自信を持たせるどころではない。



「ほらほらご主人様、こんな昼間から健康な男子がペットとお部屋で遊んでるなんて不健全ですわ。 その変な見た目の生き物をよけて♪」

「タヌタヌを悪く言わないでください、ボクの親友で……」

「えいっ、失礼をば♪」

「ちょ、なんでいきなり横にくっついて座るんですか!?」



 マダマさまの声がにわかに張りつめる。



「……っ!?」



 私の心の中の危機感のゲージも一気に跳ね上がったが、続いて聞こえてきた余裕たっぷりなルチルの声にかろうじて踏みとどまる。



「ほらほら、そういう態度はよろしくありませんわ♪」

「えっ?」

「ご主人様がそうやって初心な態度を取ってしまうから、モルガナ王女様も面白がって、ますます大胆にちょっかいをかけるんですの♪」

「そ、そうなんですか?」

「そうですとも。これは女の心理ですわ♪」



 ……何か胸の中がもやもやとするが、言わんとするところは分からなくもない。

もう少し成り行きを見守ることにしよう。



「ですから、ご主人様はもっと女性の扱い方を学ばれるべきですわ」

「扱い方って……」

「時には押し、時には引き。女心をうまくリードしてこそ一人前の殿方というもの。違いますか♪」

「そう言われるとそんな気がしますけれど……わわっ!」



 ドアの向こうでマダマさまがまた小さく悲鳴を上げるのが聞こえた。

ますますルチルのやつが接近したらしい。



「……ですから、ルチルと一緒に研究しましょう?」

「何を?」

「女・の・奥・深・さ♪」

「――――――っ!」



 思わず全身から力が抜ける。

勢い余ってもう少しでドア板にキスしそうになるところだった。


 

「えぇ!? ちょ、なんでボタン外してるんですか!?」

「大丈夫、大丈夫。ルチルにお任せを。手取り足取り、じっくりな哲学的な体験をさせてさしあげます♪」

「キャーッ!?」

《ウホッ♪ 良いぞ、やれやれ!!》



 はやすようなタヌタヌの声が聞こえた瞬間、私は反射的にドアを蹴飛ばしていた。



「何やってんのぉ!?」



 スカートをまくり上げて部屋に踏み入ると、ソファに押し倒されたマダマさまの上にルチルがのしかかっているのが見えた。



「……チッ」

「きゃあ! レセディ!?」



 侍女が舌打ちする間に、マダマさまが完全に引き下ろされたシャツの間からのぞいた白い胸を慌てて両腕で隠した。



「何やってんの! どきなさいよ、そこ!」

「あらやだ、男女の秘め事に踏み入るなんて無粋なこと♪」

「だまらっしゃい! 何が秘め事よ! 未成年者略取でしょうが!!」



 ぶつくさ言っているメイドをソファから引きずり降ろす。

全く油断も隙もない!

まさかモルガナ王女よりもっと心配なやつが現れるとは思わなかったぞ。



「誤解なさらないでください。これもお仕事ですわ♪」

「どこがよ!」

「殿方付きの侍女といえば衣服も同然……。奥方様や愛人よりも、もっとずっと旦那様に近しい存在でなくてはなりませんの」

「だからつって物理的に近づく必要ないでしょうが!」

「女性の扱い方を男性に教えて差し上げるのも、殿方付きの侍女の役目ですわ♪」

「黙らっしゃい! アンタのただれた恋愛観をマダマさまに吹き込むんじゃないわよ! しっしっ!」



 二人の間に割って入って、かわいそうにはだけたままブルブル震えているマダマさまを抱き寄せる。



「やっぱり女の人って怖いです……!」

「ほら見なさい! こんなにおびえて、女性がトラウマになったらどうすんのよ!」

《ちぇ、惜しい。もうちょっとだったのに》

「アンタは黙ってなさい!」

「!? ……今の、誰に言ったんです?」



 頭に血が上るあまり、うっかり大声でタヌタヌを叱りつけてしまった。

慌てて誤魔化そうと言葉に詰まったところで、全く反省の様子のない表情でルチルがぽんと自分の両手を合わせた。



「じゃあ、レセディ嬢も参加して3人でお近づきになりましょうか♪」

「ダメだっつってんでしょ! アンタの言動全てが青少年健全育成の理念に反してんのよ!」

「あのぉ……。そろそろ帰ってもらえません?」



 開きっぱなしのドアの向こうで、立ち尽くしたままのベニさんがこぼした。


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