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オズエンデンドより愛をこめて(1)

 モルガナ王女が来て2日が経った。



「……もう耐えられません」



 マダマさまは憔悴しきった顔でつぶやいた。



「ボクがどこに行っても、モルガナ王女がついてくるんです!」

「知ってるわ。大丈夫、落ち着いて」



 珍しく感情的に金切り声を上げた少年をなだめる。

痛ましく眉間にシワを寄せ、目元を引きつらせていた。

たったの3日間で少年の繊細な神経は限界一歩手前まで消耗させられてしまったようだ。



「自由な時間が全然ないし、食事も生活習慣も全部スターファ風のやり方を押し付けてくるし、なんていうか……全体的に不健全なんです!」



 マダマさまが泣き言を漏らすのも無理はない。

少年をターゲットとしたモルガナ王女のアプローチは積極的や情熱的というのを超えて、いささかやり過ぎの粋にまで達していた。



『はい殿下、あーんして♪』

『殿下、遊びましょう♪』

『お背中流しまーす♪』



 この3日間、領主館の中で彼女の黄色い声が聞こえてこない時間はほぼないと言っていい有様であった。

そして王女はスターファの習慣なのか彼女の気質なのか、ことあるごとにボディタッチやスキンシップを迫っては少年を困惑させていた。

向いていない性格の人間が無理矢理ラブコメ漫画の主人公をやらされているようで、はっきり言って見ていて気の毒である。



「大丈夫、だからこのアパートメントに来たのよ。ここなら王女様だって来やしないわ、自由に使って」



 領主館にいたのでは気が休まらないだろうと、仕事のふりをして連れ出したのだ。

ここはグアノ採掘事業や漁業の仕事に従事する人向けに、村に新しく作った2階建てのアパートメントの一室である。

まだ住んでいる人数は少ないが、将来的には同じような集合住宅をたくさん作って人口増に対応する計画だった。

そのプロトタイプと言ったところだ。少年のセーフハウスとしては申し分なかった。



「本当ですか?」



 マダマさまは私の言葉にまで疑わしそうな目を向けてきた。

相当追い詰められているな、これは。



「ウソなんか言わないわよ。ここには私たちしかいないでしょう。ちょっと落ち着いて休んだ方がいいわ」

「……そうします」



 そう言いつつ、マダマさまは清潔に片付いた部屋をやや不安げに見渡した。

今にもドアの向こうから褐色肌の元気娘な王女様が部屋に飛び込んでくるのではないかと、気が気ではないらしい。

そうしてようやく、深々とため息をついて椅子に体重を預けた。まるで老人のように背中を丸めて。



「……はぁ」



 見ている頭が痛くなってくる。

思ったより重症だ。



「一人になって気分転換した方が良いわね」

「……いえ、タヌタヌと一緒にいます」

《えっ》



 マダマさまは真新しい家具の臭いをかいでいたタヌキに手を伸ばすと、膝の上にまで抱き上げた。



「あぁ……。タヌタヌはフワフワで柔らかいですねぇ……」

《うわぁ、やだぁ! 気持ち悪っ!》



 ぎゅうっと愛情深く抱きしめる少年に対して、タヌタヌは露骨に悪態を付き始めた。

二人の間で言葉が通じなくて良かったと心から思う。



「タヌタヌはボクを傷つけないから好きです……」 

《やめろ、しっしっ! 俺にそういう趣味はねえ!」》

「うふふふ……。男同士の方が安心できますねぇ……」

《しかも怖いこと言ってるぞ! いいのか、おい!》


 

 不穏当な発言があった気がするが、聞こえなかったことにしよう。

これもアニマルセラピーというやつになるのだろうか。



「ご、ごゆっくりー……」



 かぶりを振るタヌキと薄笑いを浮かべるを残して、私は部屋を後にした。



_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/



「……事態は想像以上に深刻よ」



 隣の部屋に入ると、集まったメンバーに向かって開口一番に告げた。

マダマさまがくつろいでいる隣室よりも生活感のある、違う言い方をすればやや雑多に散らかり気味の部屋で思い思いに待っていた皆の視線が集中する。



「王宮警護官としてこの事態は看過できません」


 

 椅子に腰かけてピンと背筋を伸ばした警護官、ベリルがうなずく。



「公爵さま、今朝もあまりお食事召し上がられませんでしたし……心配です」


 

 ソファの背もたれ側で控えている私の侍女、トパースが眉をひそめた。



「こうなるんじゃないかと薄々思ってましたけれど、やっぱり心配していた通りになっちゃいましたねぇ♪」


 

 勝手にティーセットを漁ってお茶の用意をしていたメイド服、ルチルが全然深刻そうに聞こえない声で言った。



「……あのー、ちょっと良いですか?」


 

 最後に所在なさげにベッドに座っていたこの部屋の主、ベニさんがおそるおそると片手を掲げてくる。


 

「何か?」

「どういう理由で皆さん、俺の部屋に集まってるんです?」


 

 そう。

この部屋はアパートメントの数少ない住人の一人にして、マダマさまの警護についているベニさんの私室である。

いつまでも囚人用の宿舎に住んでいられたのでは出入りに不便なので、半ば無理を言って引っ越させたのだ。



「領主館だとモルガナ王女の目につくじゃない。マダマさまのセーフハウスにするのにも、秘密の相談するのにもここがちょうどいいのよ」

「なんで領主様が自分の屋敷から逃げ出してるんッスか」

「モルガナ王女のアプローチがすごくてね……。本当どこにでもくっついてこようとして見てて痛々しいくらいなの」


 

 積極的にモーションをかけられているマダマさまに限った話ではない。

村の命運をかけた事業の大株主様相手に強い言葉を使うこともできず、見ている私たちとしても大弱りなのだ。

 


「今じゃもう、あの屋敷に残されたマダマさまの個人用のスペースはトイレの個室くらいのものだわ」

「それでうちに避難してきたと?」

「ええ。流石のモルガナ王女も『囚人どものリーダーの宿舎に行く』って言ったら、くっついてこようとはしなかったから」

「事実だけど傷つく言い方っスね……」



 そうでもしなければ個人的な時間が捻出できないのだ。それくらい分かってくれてもいいだろうに。



「そんなにひどいならガツンと言ってやった方が良いんじゃないッスか? 領主様、体調を崩すくらい追い詰められてるんでしょ?」

「それなんだけれどねぇ……。難しいところなのよ」



 うーん、と腕組みしてしまう。



「やっぱりお金出す相手には遠慮しないといけない感じっスか?」

「それもあるけれど」

「他にどんな理由が?」

「正直言って私、マダマさまがモテるのは悪い気がしないの」

「えっ?」



 そうなのだ。

モルガナ王女の真意はとりあえず置いておくとして。

マダマさまは文句なしの美少年だし気は優しいし家柄は申し分ないし、同世代の異性から好意を向けられても全く不思議はない。

そしてそのことを実際の行動で示す少女が現れて、私にとってはなんとなく嬉しいのである。



「分かります。私もついに殿下が認められたようで誇らしいです」



 ルチルが運んできたお茶をすすっていたベリルが、ぐっと身を乗り出して話に乗ってきた。



「分かる!? ベリルも!」

「はい。しかもお相手がスターファの王女殿下とあっては家柄も申し分ありません」

「そうよね、やっぱりなんとなく嬉しいわよね!」

「見方によっては、これは殿下の将来にとっては素晴らしい良縁とも言えます」

「いやー、結婚はまだ気が早いんじゃないかしら? ……でもモルガナ王女も器量良しだし、ついつい考えちゃうわねえ」



 マダマさまの結婚なんて何年後になるのか分からないが、今から順調に年齢と成長を重ねれば相当な美貌の青年になるのは疑いようもない。

花婿の礼装を着た凛々しい姿を妄想すると、自然と私も小鼻がふくらんでしまう。



「お二人が並んでるとまるでお人形みたいで可愛らしいですわ……」

「お若いですけれど、美男美女のカップルでお似合いなのは間違いないんですよねぇ♪」



 声を弾ませながら、トパースとルチルも話題に加わってきた。

ごく自然な流れで、やいのやいのと会話が盛り上がる。



「結婚式は王都の大聖堂で盛大に挙げましょう! 総大主教猊下に執り行って頂き、披露宴には各界の著名人を3,000人ほど……」

「ハデにするのも悪くないけれどね。小さなチャペルで身内に祝福されながら小ぢんまりとした式を挙げるのもロマンチックよ! あ、そうだ。壊しちゃった教会をそれ用に再建しましょうか?」

「ああー……。良いですねぇ♪ でもウェディングドレスは4人で持つでっかいやつの方が素敵だと思います♪」

「お二人に赤ちゃんが授かったら、とても可愛らしいお子様でしょうね……」



 トパースのうっとりとした言葉に、私は思わずヒザを打っていた。


 

「そうよトパース、良いところに目をつけたわ! やっぱり私、マダマさまの子供は女の子ふたり男の子ひとりが良いと思うの!」

「ちょ! 待ってください、レセディ嬢! 殿下にはなるべくたくさんの男の子をお作り頂き、ラトナラジュ王家の繁栄の礎となっていただかなければ!」

「お父様、お母様のどちらに似ても美しいお顔立ちでしょうね……」

「産めよ♪ 増やせよ♪ 地に満ちよ♪」


 

 白熱した議論が花咲いたところで、ひとり疎外感を表情ににじませながらボケーっと突っ立っていたベニさんがこそっと手を挙げてきた。



「……ところで、ちょっと良いですか?」

「でもやっぱり一番上の子は女の子の方が、私の経験上から言ってね!? ……って、なに?」



 子供を産む順番についての自論をぶちあげようとした瞬間、思わぬ形で話の腰を折られて、私はついついムッと目を吊り上げてしまった。



「どうしたの? 私たちは今とても大事な話をしているのよ?」

「お邪魔をしてひじょーに申し訳ないんッスが」



 全然申し訳なさそうにベニさんは言った。



「どうしても聞いておきたいことがあって」

「何を?」



 やや遠慮がちに、ベニさんはメイド服を着たルチルの方を指さした。



「……この人いったい誰なんです?」

「ん?」

「当たり前のようにいますけれど、今日初めて会うッス」

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