オズエンデンドより愛をこめて(3)
オズエンデンドへやってきたモルガナ王女がもたらしたのは、混乱とマダマさまへの過剰なスキンシップだけではなかった。
巨額の出資金は言うに及ばず。
如才のないことにちゃんとグアノ採掘の技術者たちも同伴してきていたのだ。
もとは南洋のサンゴ礁に囲まれた島々でほそぼそとグアノを採掘していた彼らは相応の経験と知識を有しており、文字通り『地に足のついた仕事』ができる喜びを感じているようだった。
「それで、推定の埋蔵量は?」
領主館の会議室で、私は彼らから早速報告を受けていた。
数日かけて海岸線一帯のグアノの埋蔵量を調べていた技術者たちは、仕事の早いことに早速報告書をまとめあげて資源の分布と採掘方法についてレポートにまとめあげたのだ。
「事実上の無尽蔵、と申し上げてよろしいでしょう」
採掘技術者を代表して、一番の年長の小太りで日焼けした中年男が目を輝かせた。
「これほどグアノ採掘に恵まれた環境というのは、私も初めて経験します」
「そんなに?」
「何せ海岸線は一部の砂浜を除いて、全部鳥の巣ですから。おそらくは数千年分のグアノが土中の相当深い層にまで浸漬しリン鉱石となっていると思われます」
男が声を弾ませながら、海岸線をいくつかの範囲に区切った地図上で特に有望そうな採掘場所の説明を始めた。
「なるべく持続可能なやり方で採掘したいんだけれど。取り尽くして後に残ったのはハゲ山だけ、なんてごめんだわ」
「ご懸念は分かります。採掘の期間と範囲を厳しく規制することで、鳥の繁殖数を可能な限り維持する方法を考えました」
具体的な計画に話がおよぼうとしたところで。
『キャー―――――ッ!』
絹をつんざくような少年の悲鳴が、ドアの向こうから洩れた聞こえてきた。
「……はぁ」
技術者たちが目を丸くする中、私はため息をついてしまう。
どうやら『また』のようだ。
「……何かあったのでしょうか?」
「ちょっとした問題発生みたい。悪いけれど会議はこれまでにさせて。レポートは夜に読みます」
本当は直接解説してもらった方が時間の短縮になるのだが、この際やむをえない。
私は数字がびっしりと並んだ紙束を手に取った。
「説明が必要なところがあれば明日聞くから、今日はもう上がってくれて良いわ。ご苦労様でした」
「はぁ」
事情がつかめない様子の採掘技術者たちを残して、私は会議室を後にした。
「……ったく。私にだって仕事があるのよ!?」
誰にも聞こえないように声量を抑えてぼやいた。
グアノ採掘の計画をどうやって実行するか。
必要な人員をどの程度見つくろって、どうやって揃え、彼らの生活を安定させるか。
採掘した鉱石をどうやってスターファに一度送って偽装して再びファセット王国へ輸出するか。
大事業を前に考えないといけないことは山ほどあるというのに、まったく余計な手間を増やしてくれる!
「レセディ、助けてください!」
イライラとしながら廊下を歩いていたら、曲がり角から涙目のマダマさまが駆け出てくるのが見えた。
どうやら事件現場は領主様専用の書斎のようだ。
「レセディ! ルチルがまた、その……、ハレンチなことを!」
「今度は何をされたっていうの……」
「もうやだー、どうしてボクばっかりこんな目に!」
悲嘆するマダマさまの肩に手を置いて、とりあえず落ち着かせようとする。
「マダマさまは食堂に行って、トパースに牛乳をグラス一杯入れてもらって。飲み物でも飲んで落ち着いた方がいいわ」
「レセディはどうするんです?」
「ルチルを叱ってくる。大丈夫、私に任せて。女同士の方がこういうときは良いのよ」
マダマさまを同席させたら、あの性悪なメイドがどんなちょっかいをかけだすか分かったものではない。
取って付けた理屈に納得したのかは分からないが、マダマさまは何度か振り返りながら台所へ向かっていった。
「私もいい加減、ムカついたわ。今日こそガツンと言ってやる」
固く心に誓って、私は犯行が行われたであろう書斎のドアを乱暴に開いた。
「ちょっと!」
中には羽ハタキを持ったルチルと、ソファの上に寝そべるタヌタヌとがいた。
マダマさまがタヌタヌの世話をしているところにルチルが押しかけたのだな、と当たりをつける。
「またお前か」
「あらやだ、ひどい言われよう♪」
ついさっき涙目で主人が飛び出していったというのに、ルチルは全く悪びれる様子もなかった。
「ルチルは単にお掃除をしようとしていただけですわ。この羽ハタキで天井のランプのススを落とそうと」
「ほう」
ずかずか近づいて、しなを作ってくねくねとしているメイドの足元を指さす。
「わざわざマダマさまの目の前で、踏み台に上がって?」
「だってルチルは小さいんですもの。 こうしないと手が届かないんです♪」
「そーんな短いスカートに履き替えて?」
「スカートが絡まって足がもつれたりしたら大変ですから♪」
もちろん全部言い訳で、本当の狙いは露わになった太ももを前にしたマダマさまが困惑する様子を楽しむことに決まっている。
昔懐かしいノーパン喫茶みたいな真似をしやがって。
「やめなさいつってんでしょ!」
「お掃除を?」
「セクハラをよ!」
メイドを一喝するだけでは収まりがつかなかった。
小声で、ソファの上でぼうっと成り行きを見守っていたであろうタヌキにも矛先を向けた。
(見てたんならアンタも止めなさいよ!)
《ずっと見てたけど、あんまりエロくないパンツだったから大丈夫かなって》
(どこ見てんのよ!)
絶対このタヌキの前でミニスカートは履かないぞ、と私は心に決めた。
「セクハラってなんですか?」
「アンタがしてること全部のことよ。改めなさい!」
勧告半分、忠告半分のつもりですっと声を低くする。
ここらで真剣さが伝わらなければ、本当に配置換えさせるかでなければ解雇することも考えなければならない。
いくらなんでもこれは使用人の度を過ぎているではないか。
「……本当に嫌われるわよ? マダマさま、嫌がってるでしょ!」
「そうですよ、だから楽しいんじゃないですか♪」
「サイコかアンタは」
あまりにあまりの言い分に、怒るより先に呆れてしまった。
絶句する私を前に、ルチルはうっとりとした口調で言った。
「だってご主人様って素晴らしくカワイイんですもの……! 困った顔や怒った顔、色んなお顔も見てみたいと思ってしまうのは仕方のないことですわ♪」
「本人が困ってるでしょ。 いやまあ、言いたいことは分かるけれど……」
《分かるのかよ》
タヌタヌが短く口を挟んだ。
「あの女の子みたいな悲鳴……。ルチルの足が見えていないふりをしようと一生懸命なお姿……」
まるで憧れの存在について語る時のように、自分の手の指を組んでぽうっと熱い吐息を漏らす。
彼女が不健康な趣味で血をたぎらせているのは一目瞭然だった。
「打てば響くあの初心で愛らしい反応……! 未体験の悦楽です♪」
「……あのねえ、アンタの趣味に付き合わせるんならもっと遊び慣れた相手にしなさいよ。マダマさまを巻き込まないで」
「いやですの、世慣れた殿方のスレた反応なんて。ルチルはマグロのお相手なんてごめんですの♪」
「マグロって」
「あの端正なお顔が羞恥で歪む瞬間……。見るたび胸がときめきますの♪」
本心から恍惚と頬をゆるませるルチルを見て、私は『こいつは手遅れだ』と確信した。
「困ったお顔を見ているだけで、おヘソの下がうずいちゃいます♪」
「え、アンタそういう趣味なの?」
「公爵さまこそ、ようやく巡り合えたルチルの最高のご主人様ですわ♪」
「く、腐ってやがる……。性根から……」
自分で言っていることを完全に信じている口調に、私は呆然とした。
よくもまあスターファはこんなある意味で危険思想の持ち主を、王女様の近くに雇い入れたもんだ。
(どうしたもんかしら……)
このままでは前門の王女様、後門のメイドでマダマさまは擦り切れてしまうだろう。
……なんか今の少しエッチな言い方だった気がするぞ?
いやいや待て待てそんなこと考えてる場合じゃないだろう。疲れてるのか私は。
さりとて本当に遠ざけたり降格させてしまっては、あの人に気を遣い過ぎるクセのある優しい王子様は逆に気に病むかもしれない。
何せ自分を誘拐するという大事件に手を貸した刑務所の看守たちにも、脅迫されたからと寛大な処分を訴えるほどだ。
「ただでさえモルガナ王女に迫られて、マダマさまは神経過敏になってるんだから。アンタからまでちょっかいかけられたら本当に神経過敏になっちゃうわよ?」
釘を刺すつもりで言ったのだが、ルチルは意外そうに眼を大きく開いた。
「ん? 何?」
「ルチルはともかくとして、王女様の方は心配いらないと思いますの♪」
「ともかくとしてって他人事みたいに……。心配いらないってどういう意味?」
問いただそうとしたところで、開けっ放しにしていた書斎のドアの方から近づいてくる足音が聞こえてきた。
相変わらず軍服をきっちり着こなしたベリルだった。
「失礼します。お仕事中だったでしょうか?」
「本当にそう見える?」
「では玄関前までお集まりください」
『何の用だろう』と不思議に思った私たちの表情を察したのか、ベリルは先んじて言った。
「モルガナ王女様が、殿下に贈られるプレゼントを皆の前でお披露目されたいそうです」
「プレゼント?」




