マイカが二番目に嬉しい褒め言葉
【伝説の羽 マイカの断章】
絵伝版44話前後の時間軸
ヤック料理長の実家の料理店、〝シナモンの灯火〟のドアを開けると、楽しそうなにぎわいと、美味しそうな匂いがあふれて来る。
お腹が空く空気が一杯のお店を見渡すと、なんと、本当にあのフォルケさんがいる!
「フォルケさん! お久しぶりです!」
「おお、マイカ! いや、本当に久しぶりだ!」
テーブル席に座っていたフォルケさんは、相変わらずの猫背で机に頬杖をついていたが、声をかけると体を起こして顔を見せてくれる。
目を細めて笑う、その顔がとっても懐かしい。村の教会で相手をしてくれた、あの優しい笑みだ。
フォルケさんもそうなのか、じっとあたしの顔を見て、しきりに頷く。
「ずいぶんと大人っぽくなったな、一年ぶりだもんなぁ……。そりゃ見違えるくらい成長するか」
「そういうフォルケさんは、なんか……一年前より元気に見えますね?」
あたしの感想に、フォルケさんは自分の顎を撫でながら、「そうか?」と首を傾げる。
「マイカとアッシュがいなくなってから、教会の勉強会がまあ、騒がしくってよ……。俺はむしろやつれてると思うんだが」
「あはは、ママのお手紙でも、フォルケさんががんばってるって聞いてます」
「がんばりたくてがんばってるんじゃない。ジキルのバカが悪戯しやがるから、がんばらないと収拾がつかなかっただけだ」
フォルケさんが深いため息を吐きながら、椅子に座るようにと手ぶりで示してくれる。
「ジキル君、猟師として立派にやってるって話ですけど?」
「まあ、それも間違っちゃいない。悪戯っつっても、マイカ達がいなくなったばかり頃だから、まあ一年前の話って言ってもいいしな」
フォルケさんは椅子の背もたれに体を預けて、自分に言い聞かせるように呟く。
「それに、ジキルも悪気ばっかりってわけじゃなく……。俺は他のガキどもに怖がられてたからな。その壁を取っ払うために、そういう遊びとして、俺に悪戯をしかけたんだろう。あいつなりの善意が発端だってのは、わかる。わかるんだがな……」
フォルケさんが、しかめっ面で額を押さえて、嫌いな野菜を話す時みたいな声を出した。
「あのバカ、よりにもよって猟に使う罠の技術を駆使した悪戯をしかけやがった……! 他のガキどももそれを真似して、無駄に高度な罠が教会にあふれることに……!」
「うわぁ……」
思わず、声が漏れちゃった。
それって、アッシュ君も使ってる、バンさん仕込みの罠ってことだよね。
それはもう、子供の悪戯で済む話じゃなくない?
そんなのがあふれた教会かぁ……。
うわぁ、すっごく楽しそう……!
頬が緩んじゃう想像だけど、フォルケさんは眉間にくっきり浮かんだシワを指で押さえている。
「まだ教会で、俺を相手にやる分にはいいんだよ。いや、よくはねえんだけど! まだ俺が我慢して、ゲンコツ落として済ませられるんだが……。その悪戯をそれぞれの家でもやり始めたら、教会でなにやってるんだって話になるだろ?」
「うわぁ……」
今度は、ちゃんとフォルケさんに同情する声が漏れた。
「それは、ジキル君をちゃんと怒らないとダメですね」
「ああ、めちゃくちゃ怒った。ターニャとバンとユイカさんにも協力してもらって、他のガキどもの前でめちゃくちゃ怒った」
「それで……悪戯は落ちついたんですか?」
「教会以外ではな」
それはよかった。……いや、よかったのかな?
フォルケさんだけは、今もなお被害を受けてるってことじゃない?
あたしが心配を混ぜた目で見ると、フォルケさんがそれはもうでっかい溜息を吐き出した。
「仕方ねえ。一度覚えちまった悪戯だ。そういうのは、どっかでやらないと気が済まねえもんだろう? 教会は、村の共有財産だ。汚したり壊したりしたら、村の連中が集まって片づけるってことでな、手を打った」
「お疲れ様です、フォルケさん」
丁寧に頭を下げて労うと、フォルケさんはやるせなさそうな目で頷いた。
人々のために苦難に耐える様子は、まさに聖職者のカガミ。今のフォルケさんは、立派な村の教会付きの神官さんだ。
「まあ、そのおかげでと言いたくはないんだが、村の連中からはずいぶんと気遣ってもらうようになった。すっかり居心地よくさせてもらったよ」
うんうん、村の人達も、フォルケさんの立派さに胸を打たれたに違いないね。
「今じゃジキルもすっかり落ちついた。ガキどもがやらかすのを止めたり叱ったり、しっかりした兄貴分をやってるよ。まあ、本人は相変わらず、サミーとしょっちゅう喧嘩してるがな」
「あはは、昔からよくサミー姉とはぶつかってましたもんね。あ、そうだ、下の子達の勉強はどうなんですか? ルカちゃんとか、がんばってるって聞きました」
お母さんからの手紙だと、アッシュ君に懐いていた女の子の一人、ルカちゃんが領都に来たがっているらしい。
しかも、次の軍子会に入るつもりで、猛勉強しているんだとか。
そのやる気の源は、あたしもよくわかる。あの子、アッシュ君大好きだったからね。
あたし達の領都行きが決まって、一番泣いていた子だ。そりゃあ領都に行きたいって言い出すよ。
「おう、ルカはもう読み書きが大分できてるぞ。後一年あれば計算も十分だろう。そのルカに釣られて、どいつもこいつもそれなりに勉強はやってる。たまにな、子供に聞かれて困ったからって、大人も習いに来るようにもなった。シェバが勉強しに来てるのも、理由だろうな」
顎を揉むようにしながら、教会のにぎわいを話すフォルケさんは、面倒臭そうにしながらもどこか楽しそうだ。
「まさか、教会がちゃんと教えの場としての役目を果たせるとはなぁ……」
それは本当にびっくり。
あたしが小さい頃の教会なんて、お祭りや儀式がなければ誰も寄りつかない、楽しくない場所だった。
フォルケさんが、まあ、その、亡者神官だった頃は、恐い場所だって思われていた節もある。
アッシュ君に会いに初めて一人で教会に行った時、あたしも……うん、恐かったんだと思う。
それが今では、子供達が自分から遊びついでに勉強に行って、大人の人も顔を出すようになったなんて、なんか不思議だ。
「そこまでになったのは、フォルケさんのおかげですね!」
「いやいや、俺はアッシュがやったことの後始末をしているだけさ」
「そんなことないですって!」
多分、他の神官さんだと、こうはならなかった。
フォルケさんは、最初の頃こそ不気味で話しかけづらい人だったけど、面倒見がよくて優しい、神官に相応しい人だから。
アッシュ君が森で遭難していなくなっちゃった時、泣いているあたしをこの人がはげましてくれたこと、あたしはずっとずっと忘れない。
あの日から消えない尊敬の思いで見つめていると、フォルケさんは苦笑して肩をすくめる。
「まあ、村のことはこんな感じだ。次はマイカの話を聞きたいな。アッシュがここでも色々とやらかして、大変だったろう?」
「アッシュ君が色々とやったのは本当その通りですけど、あたしは全然大変じゃないですよ!」
両手の拳を握って、笑顔で答えられる。
むしろ、すっごく楽しい。やっぱり、アッシュ君はすごい。
村の外に出て、軍子会で色んな人と出会って、ますますアッシュ君のすごさがわかるようになった。
「楽しめているなら、よかった。いやでも、普通は大変だからな。あのアッシュを楽しめて、笑っていられるのは、マイカがすごいからだぞ。それは一応、覚えておくといい」
そうかな?
でも、あのアッシュ君を楽しんでいるのは、あたし以外にもいるんだけどな。
アーサー君とか?
レイナちゃんはちょっと大変そうにしてるかもだけど、ヘルメス君と飛行機造りを楽しんでた。
あと、ヤエさんもかなり楽しんでいるはず。
あたしが首を傾げていると、フォルケさんは苦笑した。
アッシュ君が見せる、大人っぽい表情に似ていると思った。
「アッシュみたいな、自分のやりたいことしか頭にない奴の周りにいるのは、大変なもんなんだよ。ついて行こうとするならなおさらだ。自分のやりたいことしか頭にないからな、周りが迷惑しようとお構いなしだ」
よくわかる、とフォルケさんは自分を指さす。
「なんたって俺自身がそうだからな。アッシュと俺は似た者同士だ。道理で話が合うはずだよな」
そうかな? 少し疑問に思うけど、そうかも、と頷く。
なにかに夢中なところは似ているし、夢中になれるものがあるのに、なんだかんだ周囲にも目を向けて、優しくできるところも似ていると思う。
本人がその優しさを自覚していないところまで。
「そばにマイカがいてくれて、アッシュも心強いだろうよ。あいつが思っている以上に、マイカは力になっているはずだ」
「そ、そうですか? だったら嬉しいですけど……でも、アッシュ君はなんでもできるから」
「まあ、確かにあいつは色々すごいが……。ただな、すごいってだけで、力があるってだけで、それで世の中を渡っていけるわけじゃないからな」
王都の神殿から追い出される形でノスキュラ村までやって来た人は、小さく首を振った。
「俺は神官様だからな、周りがある程度は気を遣う。ぶつかってくる奴がちょっとは減る。その点、アッシュは農民の倅だからな。ぶつかってくる奴は俺よりずっと多いはずだ。色々やったとは言うが、その分だけ面倒ごともあっただろう?」
「まあ、それは、なかったとは、言えないかな……?」
モルドとかモルドとかモルドとか?
もう大体はあいつらのせいなんだから!
一時期、アッシュ君は軍子会の皆からも遠巻きにされちゃったからね!
今はもう大丈夫!
勉強会で味方をたっくさん集めたからね、あたし達の軍子会の中心はほぼアッシュ君だよ!
がんばったことを伝えると、フォルケさんは楽しそうに笑った。
「やっぱり、マイカがそういう面倒ごとから、アッシュのことを助けてくれていたんだな。マイカがいなけりゃ、この一年でアッシュがやった色々なことは、確実に数が減っていただろう」
アッシュ君が遭難した時と同じ、優しい顔がそこにある。
「俺が言うのもなんだが……似た者同士だから言っとく。アッシュのそばにいてくれて、ありがとうな」
褒められて、顔が熱くなる。やっぱり、フォルケさんは神官らしい神官さんだ。
世界で二番目に欲しかった褒め言葉をもらっちゃった!




