熟練密偵の憂鬱2
【伝説の羽 名無し・モスの一人の断章】
〝鳥〟の目星がついた。
現領主の末っ子として、軍子会に紛れこんでいる男子がそれらしい。
まったく運がよかった。
危うく見当外れの村を調べに行きそうになったところで、軍子会に所属しているガキから、その末っ子の情報を得られた。
軍子会で成績が悪い部類らしく、愚痴を聞いていたら勝手にポロポロと情報を漏らしてくれた。
この街じゃ珍しい、中央のお貴族様に似た連中だったせいか、拍子抜けするほど情報を聞き出しやすかった。
それにしても、と得られた情報に唸る。
領主一族の娘が今期の軍子会に入っている情報は得られていたが、その娘は有名なユイカ姫の娘だった。
〝鳥〟ではないとすぐに判明していたが、それに紛れこませるように入っていた、領主の愛人の子の方が〝鳥〟だったとは。
いや、最初にその愛人の子の存在を知った時は、怪しいと思っていたのだ。
しかし、よくよく調べてみると、〝鳥〟が王都を離れた時期と、愛人の子がサキュラに入った時期はずれていた。
愛人の子の方が早くサキュラに入っていたことになっていたのだ。
病弱だから、しばらく外に出られず屋敷に引きこもっていた、ということらしい。
オレ達のような密偵を欺くための偽装工作だ。
オレ達とて、それくらいの工作はするだろうと心得ている。もう少し疑って探ったが、愛人の子は男子だった。
それも、きちんと軍子会の寮に入り、男子の同期と相部屋という、ごく普通の男子扱いをされている。
これで相部屋の相手が、明らかにサキュラ領内の有力者とかであればまだ怪しんだかもしれないが、どうやらごく普通の領民の子と相部屋だという話だ。
まともな頭をしていたら、そんな相手と〝鳥〟が一つの部屋で寝起きしていいはずがない。
なんたって、〝鳥〟は王女様なんだから。
この国の王女、王位継承権は第四位から繰り上がっての第二位。
一つ上の第一王子になにかあれば、次期国王、女王陛下の冠を戴く高貴な女性。
やんごとなきご身分と評してはばかりない、本物のお姫様だ。
どこの馬の骨とも知れない男と同室で過ごすなんて考えられない。ましてや一夜だけでなく、一年以上も!
これは流石にありえないと判断した。
至極当然、常識的な判断だろう。いや、常識以前と言っていい。
だっていうのに、軍子会のガキから得られた情報で、事情が変わった。
同室の男子はただの領民の子、その中でも底辺と言える農民の倅――とは思えないほど領主一族からひいきにされているらしい。
食堂に出るものを自分の好きなものにしたり、派閥を作ったり、寮で畑を作ったり、好き放題しているのだとか。
それが本当なら、ただの領民の子というのは偽装した身分に違いない。
考えられるのは、領主一族の隠し子。あるいはその血筋の、信頼のおける重臣。
それなら王女様と同室になっても……問題ではあるが、呑みこめる程度に収まる。
一応、サキュラの領主一族には、王家の血が流れているらしいから、無理ではない。そもそも、ひょっとすれば、同室の男子も実は女子、ということもありえる。
――まあ、成績が悪いらしい軍子会のガキの言うことを全部真に受けるのもバカな話だ。
なんだよ、寮で畑を作るって。いや農民の倅っていう設定には合ってるけども。
寮って執政館や領主館と並んでいるあの立派な建物だろ。そこに畑ってなんだよ、そこは庭だろうが。
ともかく、改めて色々と調べ直したところ、恐らくその愛人の子が〝鳥〟で間違いない。
状況に矛盾がなく、容姿も一致した。確度は十分だ。
調べがついたことで、オレ達は安堵してお貴族様に報告を上げた。
これでオレ達密偵の扱いも……よくなることはないだろうが、これ以上悪くはならない。そう思っていたら、追加の命令が来た。
『〝鳥〟を確保しろ。不慮の事故があっても許容する』
遠回しな言い方だが、対象の暗殺命令である。
これには困った。それはオレ達の仕事じゃない。
しかし、命令された以上、無視もできない。
再び、サキュラに潜りこんだ密偵同士が集まって話し合うことになった。
突き合わせた顔は、どいつもこいつも辛気臭いものだ。
「どうする?」
互いの顔を見るだけの時間が長く続いて、ずっとこのまま時間を過ごすのかと思い始めた頃、ようやく一人が口に出した。
腰が引けた口調に感じたのは、気のせいではないだろう。
ここまで黙ったままだったのも、今回の暗殺命令に全員の腰が引けていたためだ。
「殺しはオレ達の仕事じゃない」
思わず呟く。オレ達も荒事をすることもあるが、大半は脅すだけだし、その相手も庶民だ。
商人だとかチンピラだとかに、ちょっとばかり刃物をちらつかせて、黙るように言い聞かせる。
たまに、いくところまでいってしまうこともある。
だが、それは脅迫の失敗、思わぬ抵抗をされてやむを得ずの結果だ。初めから殺しを目的とするのは話しが違う。
……命令を見るに、お貴族様は同じことだと思っているのだろうが、オレ達にとっては違う話だ。
それも、相手は王女様だ。庶民の相手をするのと貴族の相手をするのも違うのに、貴族の中でも最高位の血筋。
それを無視したとしても、相手は年端も行かない子供だ。
命令通りに動け、殺せと言われて素直に頷けるか。
オレ達は密偵であって、鬼や悪魔じゃないんだぞ。
「だが、無視できるか。これをやらなければ、ますます扱いが悪くなるぞ」
命令に前向きそうな意見だが、言った奴の表情は苦い薬を突っ込まれたようなものだ。
ひどい面だが、オレの顔も似たようなものだとわかる。
そもそもお貴族様は、今回のオレ達の働きに不満を抱いている。発見に手間取りすぎだというのが、連中の考えだ。
本職の殺し屋を送りこむべきところを、オレ達にやらせることで、汚名返上の機会をくれてやるとでも思っているかもしれない。
その機会を台無しにするようなら……。
仲間や家族を人質に取られているようなもの。あらためて自分達の状況が身に染みる。
「やるしかない」
誰かが言った。
ひょっとしたら、言ったのはオレだったかもしれない。
それくらいどうしようもない状況なのだ。命令を受けたら、実行するしかない。
子供を殺すことになろうと、王族を殺すことになろうとも。
「確保か? 不慮の事故か?」
仲間の一人は、腹をくくれてないらしい。
そいつに対する答えは、いくらか苛立ったものとなった。
「殺す。それ以外にお貴族様が気に入る結果があるか? リアがなんのために淑女教育なんてみょうちきりんなものを受けさせられていると思ってる」
密偵仲間の一人――と言っていいかどうかは微妙だが、お貴族様にとって、オレ達モス同様の駒の一人・リアは、嫌味を言われながら貴族令嬢としての教育を受けている。
その目的は、王女様とリアを入れ替えるため。
そういうことをしたいらしいと察していたが、計画の実行が目の前に迫ってくると寒気がする。
おぞましい。
悪寒の根源には、その言葉がぴったりだ。
我等のお貴族様が考えていることは――その手先として動いてきた内容を考えると――どうやら王家の乗っ取りである。
簡単にできることではない。
実際に、オレ達密偵を動かしているだけで、どれほどの労力がかかっているか。
中央の暮らしが安定している今の状況では、それだけの手間暇をかけて成したところで、大した利益があるとは思えない。
だが、現実として、お貴族様は動き出している。
第二王子と第三王子を仲違いさせて暗殺。その下の第四王女を傀儡にする準備はできている。
その次は第一王子を排除すれば……計画は、そういうところまで来ている。
オレ達密偵への当たりが強いのも、それだけの計画を動かしている、失敗できないという焦りの現れだろう。
これだけお貴族様が苛立っている状況で、第四王女の暗殺命令を果たせなかった時、オレ達密偵はどうなるか。
そして、その家族はどう扱われるか。
「生きて捕らえたって、どうせ〝鳥〟は始末される。だったら、仲間や家族がいい目を見られるよう、オレが殺す。できない奴はついて来なくていい」
オレの言葉に、誰も返事はしない。だが、表情は変わった。
たっぷり顔に塗りたくられていた不満は消えて、ただ重い無表情がある。
胸糞悪い仕事をやると決めた密偵の顔だった。




