巣を継ぐ者6
【伝説の羽 クララの断章】
「あ、ルカ姉! ご本読んで、ご本!」
「カルタ、カルタやろう!」
「えー、スゴロクがいい!」
ルカさんより小さな女の子達が駆け寄ってくる。
男子は男子で固まっていて、そのうちの一人がわたしを見て、ぺこっと頭を下げた。
「新しい神官さんだな。おい、皆、静かに、静かに!」
どうやらまとめ役の一人らしい。ということは、男子のまとめ役だというヨハンさんだろうか。
……静まるように声をかけたが、一向に騒ぎが収まらない。
「おい! 静かにしろってば! 新しい神官さんが来てんだから、一回黙れ!」
うーん、皆笑ってふざけている。
ヨハンさん、舐められている? 顔立ちも可愛い感じがあるから、わかる気もする。
「あー、はいはい。皆、静かにして。そうじゃないと遊ぶの禁止にするよ。サミー姉にも叱ってもらうからね」
ルカさんがちょっと低めの声で申し渡すと、静かになった。統率力は、ルカさんの方があるらしい。
ヨハンさんは顔が真っ赤だ。これは年頃の男子にはつらい、強く生きて欲しい。
「ちくしょう、なんだってルカの言うことは聞いて、オレの言うこと聞かねえんだ……」
「ヨハンだって、ジキル兄の言うこと聞かなかったでしょ。だからだと思う」
「それ、小さい頃の話だろぉ」
今でも十分に小さいヨハンさんの小さい頃か。すごく小さかったんだろう。一年とか二年とか前だろうか。
子供にとっての昔は、それくらいの感覚だ。
「はい、というわけで、前からお話のあった、フォルケ神官の代わりの、新しい神官さんが来てくださいました! クララ神官です!」
ルカさんがわたしのことを紹介すると、子供達の視線が殺到する。
きらきらした目が多い。この教会で、楽しく過ごしているのだろうと思った。
「フォルケ神官よりずっと若い!」
「フォルケ神官よりケンコーっぽい!」
「目の下が黒くない!」
前任の神官は、色々と子供達に心配されていたような気がする。
女子がわらわらと近づいてきて、男子も近づこうとして、ヨハンさんが止めた。
「待て待て、新しい神官さんは女の人だ。男はあんまべたべた触っちゃダメだろ。……なんでもクソもあるか! 母ちゃんとかがよく言ってんだろ!」
男子が不満を漏らすが、ヨハンさんは必死に抑える。
それを見ていたルカさんが、わたしと男子の間に立って壁を作る。
「ヨハン、えらい! そうだよ、女の人にべたべた触る男子は不潔だよ。男の子はアッシュ兄みたいにシンシじゃないと触っちゃダメ!」
そうだそうだと女子が続けて声を上げる。
ルカさんの想い人は、紳士的な人だったらしい。なるほど、女子の味方が多かったのだろう。
「あ、クララ神官。今のアッシュ兄ほどじゃないけど、シンシだったのがヨハンね。男子のまとめ役です」
「アッシュと比べるのは余計だっつの……。えっと、ヨハンです。こいつらが面倒かけると思います。なんかあったら、オレかジキル兄に言ってくれればなんとかしますんで」
ヨハンさんの宣言に、周りの男子が反発する声をあげて、ヨハンさんが顔を赤くして言い返す。
やっぱり、統率は取れていない。苦笑していると、ルカさんが背伸びして内緒話をしてきた。
「ちょっと頼りないかもですけど、あれでも男子の中で一番のしっかり者です。まあ、ヨハンやジキル兄より、サミー姉が一番しっかりして頼りになるんですけど」
ルカさんの囁きに、周囲の女子達もくすくす笑う。
どうやら、ヨハンさんは頼られてはいないけど可愛がられてはいるらしい。
「ねえ、ヨハン? ジキル兄やターニャ姉は、今日は来てない?」
「いや、奥の部屋の掃除してる。ほら、新しい神官が来るからって」
「あ、そうなんだ。じゃあ……ジキル兄! ターニャ姉!」
ルカさんが、小さな体からびっくりするくらい大きな声を出す。
やっぱり農家の子だ。畑を突っ切るくらいのこの力強い呼び声は間違いない。
ルカさんの呼びかけに、聖堂奥の扉を開けて、十代半ばの男の子が顔を出した。
「なんだ、さっきから騒がしいと思ったが、喧嘩か?」
鋭さのある目つきが聖堂の中を見渡して、わたしに目を止める。
ちょっと首を傾げてから、わたしの服装を見て、納得した顔になる。
「ああ、なるほど! もう到着したのか。姉ちゃん、新しい神官さんが来たみたいだ」
「あら、そう。確かに数日中に来られるって、ユイカ様が……」
柔らかい声に続いて、十代後半くらいの少女が姿を見せた。
二人並んで立つと、銀髪やそばかすがそっくりだ。紹介される前から、姉弟だとわかる。
「初めまして、ターニャと言います。こちらは弟で……」
「ジキルだ。俺は猟師、姉ちゃんは養蜂やってて、ずっと教会にいるわけじゃねえけど、なんかあったら声をかけてくれ。教会には世話になってるから、色々手伝うぜ」
ルカさんが言った通り、かなり協力的な人達だ。
今日も教会の中を掃除してくれていたみたいなので、自己紹介とお礼をしておく。
「お礼なんてそんな……教会のお掃除は、村の人達で持ち回りですることになっていますから」
「そうなんですか。それは、この村の皆さんは、信心深いのですね」
ターニャさんの言葉に、前任者はさぞ立派な神官だったのだろうと頷くと、苦笑いが返ってきた。
「いえ、放っておくと危ない人だったので、自然とそうなったと言いますか……」
「フォルケは生活破綻者だからな。王都に行って大丈夫かな、あいつ」
「こら、ジキル」
「心配してんだよ。アッシュもそう言ってたぞ。俺もそう思うし」
一応、たしなめたターニャさんも、まあそれは、とそれ以上の擁護の言葉が出て来なかった。
前任者は一体どんな人だったのだろうか……。
わたしが疑問に思っていると、ジキルさんが教会の中を見渡して、サミーがいないと呟く。
「ルカ、サミーの紹介はまだか?」
「うん、ユイカ様のところからここまで真っ直ぐ来たから」
「そうか。んじゃあ、ヨハン、手分けしてサミーを探しに行くぞ」
ジキルさんの命令に、ヨハンさんは嫌そうな顔をしたが、一睨みされて渋々と頷いた。
二人がサミーさんを呼びに行っている間に、ターニャさんとしっかり挨拶をしておく。
「ターニャさんが、今はここのまとめ役と聞きましたけど……」
「そうみたいです。一番年上だっていうだけで、なにをしているってわけじゃないんですけどね」
頬に手を当てて、おっとりと笑う姿は見ていてほっとする。
ユイカ様のような、びっくりするほどの美人というわけではないが、一緒にいて落ち着く女性だ。きっとかなりモテると思う。
「ターニャ姉は読み書きも計算もできて、よく教えてくれるんです。時々甘いお菓子も差し入れしてくれるから、ターニャ姉は皆のお姉さんです」
ルカさんの捕捉に、なるほど、と頷く。
食べ物をくれる人は強い。機嫌を損ねて差し入れがなくなったらと思えば、皆がターニャさんの味方になる。
おっとりしているけど、確かな権力者である。
さらに、ルカさんが小声で付け足す。
「あと、ターニャ姉の恋人の、バンさんって人がちょっと恐い人なので、ターニャさんを困らせる度胸のある子はいないの」
恋バナ。恋バナですね。そのお話は、そのうちゆっくり聞かせて頂きたい。
もちろん、ルカさんが領都で会いたい人のお話も聞きたいです。
これでもアロエ軟膏で指が綺麗になって喜ぶ程度には女子っぽさも残ってるんですよ!
ルカさんと仲良くなれそうな予感に、くすくす二人で笑っていると、ジキルさんとヨハンさんが戻ってきた。ジキルと同じ年頃の少女を一人連れている。
「サミー、あちらさんが新しい神官で、クララ神官だって」
ジキルさんの紹介に、サミーさんは真剣な顔で頷き、ずんずんと歩み寄って来てわたしの手を取った。
「クララ神官……! 待ってました! どうか、どうかうちのやんちゃ共の面倒を……!」
「は、はい!?」
「教会で遊ぶ子が増えてからすごく楽になったの! 普通に休める日もできるようになったし、だからこれからも、どうか教会で皆を遊ばせてやって……!」
子供の面倒を全部見ている。
ルカさんが呟いていたその負担が、彼女の訴えからひしひしと伝わってくる。
必死すぎる。十代半ばの、農民の子が出していい気迫じゃない。
「わ、わかりました。大丈夫、大丈夫ですよ……ええと、サミーさん? ユイカ様からも、領都の神殿からも、この教会で勉強ができるように務めろと言われていますし、わたしもそのつもりでしたから」
「神官様……!」
やめてください、サミーさん。神の奇跡を目撃したかのように見上げられても困ります。
これは神官としての普通の仕事、普通の仕事なんです。
そういう目で見るのは、せめてこの村でもうちょっとこう、役に立つなにをかをなしてからにしてください。いたたまれない気持ちになります!
わたしの様子を察したジキルさんが、そっとサミーさんの肩を引っ張る。
「おい、サミー。クララ神官が面食らってるから、その辺でやめとけ?」
「うるさいバカジキル! あんたはわかんないでしょうけど、ほんっとに子供の世話役は大変なんだからね!?」
「オレだってわかんねえってわけじゃないぞ。男子のまとめ役だってやったんだから、お前の大変さだって……。だから、全部とは言わねえけど、大分助けただろ?」
「いいや、わかってない! あんたは面倒をかける側だったもんね! フォルケ神官に悪戯しかけてどんだけ迷惑かけたか! あんたのあれをチビどもがマネしてあちこちの家からどんだけ文句が来たか!」
サミーさんの噛みつくような怒鳴り声に、いやそれは、とジキルさんがたじたじになる。
ターニャさんとルカさんも、ジキルさんを助けないところを見ると、サミーさんの言い分は納得できるものがあるらしい。
「む、昔の話だろ。そりゃ、悪かったと思う。悪かったと思ってるから、今はなるべくお前の助けになるようにって」
「あたしが一番大変な時に、一番やらかしていたあんたを、それくらいで許せるわけあるかぁ!!」
「悪かった! 悪かったよ! また今度、獲物を仕留めたら肉を持ってくから! ちょっと落ち着いてくれ。あと一番問題起こしてたのオレか!? アッシュじゃねえの!?」
胸倉掴んで詰め寄るサミーさんと、全面降伏しているジキルさん。
口をはさむ隙すらないやり取りに面食らっていると、袖を引かれた。ルカさんだ。
「クララ神官、あれ放っておくと、ジキル兄も逆ギレして大喧嘩になるの」
「あぁ、うん、なんとなく、そういう雰囲気はわかる……」
ルカさんもわたしも、もう敬語が剥がれた。
それくらい、なんというか、取り繕えない事件が目の前に発生しているから。
「クララ神官、あれ止められる?」
「ええ? あれを?」
あ、謝っても謝ってもサミーさんが許さないから、ジキルさんが逆ギレした。もちろん、サミーさんはさらに激怒した。
あれをわたしに止めろと?
腰が引けたわたしに、ターニャさんが頬に手を当てて溜息を吐く。
「わたしがいる時は、わたしが止められるんだけど、いない時も多いので……」
「そんな頻度であの喧嘩するんだ……」
するんだろうね。周りの子達もいつものが始まったみたいに、はやし立てたり、無視したりしている。
なるほど、止める人がいない。
「わかりました。やってみます」
家族を亡くして、養父に引き取られた身だ。毎日の生活で遠慮するべき立場だった。
喧嘩が起こりそうな時は自分から引いたし、迷惑をかけないよう揉め事には近づかなかった。
だから、こういう喧嘩にも、喧嘩の仲裁にも、慣れていないのだが、そうも言っていられない。
自分は、このノスキュラ村の教会の、神官になったのだから。
大きく息を吸う。
こちとら神官に引き取られる前は、農家の小娘だったんだ。畑越えの大声だって出せる。森に薬草採取に行って、猪と睨み合ったことだってある。
年下の喧嘩の仲裁くらいできる!
はず……。
「こらぁ! 二人とも、喧嘩はやめなさぁい!」
気合を入れて一喝する。
教会に到着したその日のうちに、喧嘩の仲裁。これが神官の仕事なんだろうか。
疑問に思うも、村でいざこざがあった時、村長や神官が仲裁するのはよくあることだ。
でも、神官が仲裁するのはこういう喧嘩ではないと思うんだけどな……。
いずれにせよ。カンゾ村で神官見習いをやっていた時とは、まったく別の生活が始まった。
それを実感する出来事だ。
わたしは、ノスキュラ村の教会付き神官クララになったのだ。




