巣を継ぐ者5
【伝説の羽 クララの断章】
教会付き神官になる。
そう決意したものの、実際のわたしの立場は見習いである。
実務経験も乏しいということで、領都の神殿で詰め込み教育を受けた。
幸い、養父の業務の手伝いを真面目にやっていたおかげで、どんな業務があるか、どんな手順でやるかは心得がある。
手伝いではなく、主としてやるとなると、あたふたすることはあるだろうが、それは場数を踏むしかない。
若い神官が来れば、村の人達だって気を遣う。協力して、一緒にやっていけばいい。
領都の神官様方からは、そう励まされた。
特に、村長夫人のユイカ様を頼るといい。若くて美人の神官様から、しきりにそう言い聞かせられたこともあり、ノスキュラ村に来て早々、村長家にご挨拶に向かった。
「カンゾ村から参りました。クララと申します。この度、神官に任じられたばかりの若輩者ですが、この村のため、この領のため、三神の教えを皆様と分かち合いたく存じます」
丁寧に頭を下げると、村長夫人は品よく笑って、席を勧めてくれた。
「ご丁寧にありがとうございます、クララ神官。この村まで足を運んで、お疲れでしょう。どうぞおかけになってくださいな。お茶をお出ししますので、まずはおくつろぎください」
「恐れ入ります」
いや、本当に恐れ入る。見たこともないような美人さんに歓迎されて、同性だというのに緊張してしまう。
領都の神官さんも綺麗な人だったが、そのさらに上の人がいるとは、世の中は広い。
わたしより少し上の世代の人が、ユイカ様ユイカ様と騒いでいることは知っていたが、これだけ美人なら無理もない。
この人がアロエ軟膏を愛用していると聞いたら、確かに買いたくなる。
席に着くと、台所の方から入ってきた女の子が、お茶をテーブルに置いてくれる。
十歳になるかどうかの年頃だろうか。まだ小さいのに、給仕する姿が中々お行儀がいい。
ユイカ様のお子様?
それにしては、髪色や顔立ちに共通点がない。とすると、養子とか?
不思議に思って女の子を見ていると、ユイカ様が軽やかに笑う。
「ふふ、この子は行儀作法のお勉強中なんです。練習として、お付き合いを頂いてよろしいかしら」
「行儀作法、ですか? あ、もちろん、わたしは構いません」
拒む理由もないので受け入れると、ユイカ様が感謝を述べ、女の子も一礼して感謝を述べた。
本当にお行儀がいい。
「さて、改めまして、クララ神官。このノスキュラ村の教会にお越し頂いたこと、村を代表して歓迎いたしますわ」
「こ、こちらこそ、色々と至らぬところがあるかと存じますが、精一杯務めさせて頂きます。何卒、この若輩者にご指導を頂ければと……」
「ふふふ、こちらこそ色々とお力添えを頂くと思いますから、よろしくお願いしなくてはいけません。村の皆も、お若い方がいらっしゃると聞いて喜んでいるんですよ」
普通、神官はそこそこ年がいっている方が喜ばれる。
冠婚葬祭を取り仕切るのが、村の教会の主な役目だ。若い神官だと、どうしても儀式に重みが出ない。
誰だって、婚儀や葬儀の時に言い間違う神官は嫌だろう。
しかし、この村では違うと、ユイカ様は笑う。
「なんと言っても、村の教会では子供達の相手をして頂くことになるんですもの。子供達も、年が近い方が馴染みやすいでしょう」
「はい、この村のご事情は聞いております。カンゾ村では、薬草採取のために毎日のように歩き回っていました。薬の調合でも、すり潰したり練り上げたり、体を使っておりましたので、体力には自信があります」
「まあ、薬草採取を自ら? それはそれは」
薬草採取と聞いて、ユイカ様が口元を押さえてくすくす笑う。
ユイカ様の後ろに、召使としてちょこんと控えた女の子も、興味深そうにこちらを見ている。
「この村の周辺にも、薬草はたくさんあることがわかっています。そうですね、後日、森の歩き方を案内するよう、慣れた村の人間に伝えておきます」
「それは助かります。お心遣いに感謝いたします」
慣れない森を歩くのは危険だ。どこが危険かすらわからない。
地元の人の案内を受けられれば、ぐっと危険が下がる。
この村でもすぐに薬草採取がはかどりそうだと安堵して、卓の上のお茶を一口頂く。
「面白いハーブティー……調合されている」
薬草を煎じて飲むことは、多くの村でやっているはずだ。
しかし、複数種類を調合している例は珍しい。手間がかかるし、それだけ薬草の知識がいる。
ハーブティーは薬師の領分なのだ。
「おわかりになります?」
「はい。わたしに薬学を教えてくれた養父も、複数のハーブを使ったお茶を作っていました。養父はちょっと苦めのお茶を作りましたね。体にはいいそうですが、わたしには少々飲みづらくて……」
お茶というより薬のつもりだったのだろう。だが、この村のハーブティーは、美味しくて飲みやすい嗜好品の色が強いように思う。
これは中々苦労して調合したのではないだろうか。
「爽やかで美味しい……。養父には申し訳ないですが、こちらのお茶の方が好きですね」
「それはよかった。そういったところからでも、このノスキュラ村に親しんで頂ければ、嬉しいですわ」
ユイカ様がニコニコしている。後ろの女の子もニコニコだ。
村のハーブティーを褒められて、悪い気がしないのだろう。でも、本当に気に入った。
これを作れるということは、この村の薬師も腕がいい。アロエ軟膏のようなものが生まれるのも納得だ。
製作した人と会って話をするのが楽しみだ。
お茶をもう一口頂いて、今後の楽しみを大事にしまっておいて、肝心なことをたずねる。
「それで、この村の教育についてなのですが……。領都で、前任者からの報告書を見させて頂きました。この村の方々に、わたしの補助をして頂けるということでしたが?」
「ええ、そのようにフォルケ神官も手配してくださいました」
もっとも、とユイカ様が控えている女の子に視線をやって、おかしそうに口元を押さえる。
「フォルケ神官が手配したのか、勉強をしている子達がフォルケ神官に手配させたのか。どちらかは難しいところですわ」
「はい……? えっと、そう、なんですか……?」
言っている意味がわからず、首を傾げると、ユイカ様はますますおかしそうだ。
「まあ、実際に見て、どんな状態か確認した方がわかりやすいでしょう。先にお伝えしますと、あまり勉強についてはご心配はいりませんわ。若者達は若者達でまとまって学ぼうとしています。クララ神官は、それにお力添えをする形から、徐々に慣れて行ってくださればと思います」
やっぱり意味がわからず、はい、と曖昧に頷くことしかできない。
いけない、不安になってきた。髪に指を伸ばしかけていることに気づいて、慌てて自制する。
「大丈夫ですわ。クララ神官のこと、教会のことは、村の皆でお助けします。お若い神官がいらしてくださったこと、本当に、この村では歓迎しているのですから」
ユイカ様はそう言ってから、後ろに控えた女の子に、そうでしょう、と話を振る。
「はい、ユイカ様のおっしゃる通りです。クララ神官、これからよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げる女の子に、やっぱりお行儀がいい、と感心する。
「この子は、教会で勉強している子達の中でも、女子のまとめ役なの。きっと頼りになりますよ」
「ルカと申します。男子が色々とバカをしでかすかもしれませんけど、女子はクララ神官の味方ですので!」
ぐっと拳を握って元気よく答える姿に、ようやく村の子供らしいあどけなさが見えた。
お貴族様の関係者かと思っていたが、今の言葉の選び方は、完全に農村の子供だった。
「ええと、ルカさん。こちらこそ、よろしくお願いしますね」
「はい! といっても、わたしは次の冬で領都に行くことになるので、また次の子にまとめ役が代わっちゃうんですけど……」
「領都に? それで、行儀作法を習っているのでしょうか?」
領都に行くなら、どこかの商会に奉公に出るのだろうか。あるいは、ユイカ様の伝手で、貴族家の召使などだろうか。
この子の行儀よさなら、どちらでも十分に務まりそうではある。
が、わたしの予想の一つ上を、この村の人達はいってしまう。
「ルカちゃんのことは、次期の軍子会に推薦する約束なんです」
「軍子会……。それは、軍子会の一員として、ですか?」
あれは、領主と領主に仕える、重鎮のための教育の場だ。
村から参加できるのは、村長家の跡継ぎくらいのものと聞いている。それだけ敷居が高く、またお金だってかかってしまう。
農民の子を送り出すなんて普通ではない。
普通ではないことを、茶飲み話に出した村長夫人は、相変わらず品よく笑っている。
「今期の軍子会に、一人送り出したら、すごく活躍してくれて……。そうしたら、あの子に続いて領都に行きたいって、勉強をすごくがんばるものだから」
「だって、アッシュ兄はまだ村に帰って来ないだろうって、ユイカ様もフォルケ神官も言うから……」
「ふふふ、そうね。まだまだアッシュ君には、領都でやることがたくさんあるでしょうからね。アッシュ君に会いたいなら、領都に行くのが一番ね」
ルカさんの顔が赤い。それを見れば、アッシュという子にどういう感情を持っているかは、まあ、わかる。
ちょっとどういう感じなのか、女子的に詳しく聞きたい類の話だろう。
それはわかるが、つまりそれは、気になる男の子のために軍子会に入れるだけの勉強をしたということだ。
農民の子が、領地の上位層に並べるだけの勉強をしてのけたのだ。
それができるだけの、環境がある。
この村に。この村の教会に、そんな噓みたいな環境がある。
「あの、ユイカ様……改めて、精一杯務めますので、ご指導のほど、よろしくお願いいたします」
「ええ、もちろんです。この村の教会は、今やこの村だけでなく、サキュラ全体にとっても重要な場所になりつつあるのですから。どうか若者達への教育を、導いてください」
やばいところに来たらしい。
そして、すごいところに来られたらしい。
腹に湧き上がる緊張を、気合を入れて押し潰した。




