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フシノカミ  作者: 雨川水海
特別展『断章』

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巣を継ぐ者3

【伝説の羽 クララの断章】

 窓から差す日の光に、手をかざす。


 貴族のお姫様みたいに綺麗な手ではないが、ささくれやあかぎれがない、健康的な手だ。

 毎日の薬草採取や薬の調合で荒れ放題だった頃と比べると、すべすべでつるつる、十分に綺麗だと言っていい。


「アロエ軟膏、すごい……」


 ここまで健康的な手になったのは、近頃話題のアロエ軟膏を試した結果だ。

 これほどの効果なら、評判になるのも当然だと納得する。


 現在は生産量の少なさから、美容品扱いで出回っているそうだが、本来は傷薬のつもりで開発されたという。

 なるほど、これは傷薬として申し分ない。


「美容品か……もったいない。水仕事をする人達も、これが手に入れば喜ぶだろうに……」


 不満が口から漏れるが、美容品扱いされるのも、わからなくはない。

 わたし自身、自分の手がここまで綺麗になったことに心が浮き立つのだ。

 身だしなみにほとんど気を遣わない自分でさえこうなのだから、お貴族様の関係者ならなおのこと……想像はできるし、共感もできる。


「生産量を増やせればいいのだろうけど……」


 それが難しいのも、またよくわかる。

 養父の手伝いで薬を調合するようになったが、大変な作業だ。材料集めで歩き回り、物によっては乾燥するまで保管、すり潰したり煮たりして、分量を正確に混ぜ合わせる。

 薬草の見分けから、配合割合、正確な手順と、どの段階にも知識が必要になる。


「まあ、こうやって段取りを記したメモが読めれば、一種類や二種類を作るくらいは、なんてことないって言えるんだけど」


 机の上の紙を一枚、手に取って眺める。

 アロエ軟膏の作り方が書かれたメモだ。


 アロエ軟膏の評判が、このカンゾ村まで聞こえてきた時、養父と共に興味をそそられたので、試用のために手に入らないかと伝手に頼んでみたところ、流通量が少なすぎて難しいと言われた。

 その代わり、薬学を修めた人なら自分で作れるだろうと、作り方が送られて来た。わたしが使ってみたアロエ軟膏は、その作り方を参考に自分で作ったものである。


 まあ、驚いた。作り方をあっさり渡してくるなんてびっくりだ。

 普通、どの薬師だって、薬の作り方は弟子にしか教えない。一族を食わせていくための家業なのだ、可能な限り秘匿する。

 ……おかげで、弟子がぽっくり逝って、薬の作り方がわからなくなる薬師一族なんてものも出てくる。


 血の繋がらない養子に、調合を惜しみなく教えた養父は、かなりの例外だ。

 ましてや、今売れに売れている代物、作り方を公開するだけで三代遊んで暮らせる財産を要求されてもおかしくない。


 アロエ軟膏の開発者は、研究バカ……もとい、研究一筋のアレなお方か?

 一人にしておくと勝手に骸骨になっている類のお方か?


 養父は、顔も知らない同業者のことを心配していたが、どうやら相手のお方は、思ったよりしっかり者だったらしい。


 わたし達が頼った伝手の人が言うには、ノスキュラ村のアロエ軟膏は、「ユイカ様ご愛用」の肩書があるため、美容品として確固とした地位がある。

 カンゾ村で作って流通させる分は、普通の傷薬として差別化できるから全く構わない。

 現在の流通量が少なすぎるので、信頼できる薬師のいるカンゾ村に、増産の協力をして頂けるなら幸いだ。そんなはっきりとした意図があったらしい。


 善意の人であり、また強かな人だ。

 確かに、「ユイカ様ご愛用」の肩書は、ノスキュラ村でしか名乗れない。美人で有名な有名人がいるのは、美容品としてはかなりの強みだろう。


 それに、アロエ軟膏の作り方は、どこの村の教会にも保管されているはずの蔵書に書かれているものらしい。

 調べればわかるものを秘匿する意味はないとも言われた。それくらいなら、自分から公開して仲良くした方がいい。

 なるほど、納得だ。


 ちなみに、カンゾ村の書棚の中に、その蔵書はなかった。

 なんでだと養父一家と総出で調べたところ、どうやら何代前かわからない前任者が紛失させてしまい、その後の補充を怠ったままだったらしい。

 領都の神殿に確認を取って、教会にあるべき蔵書の一覧と、教会に今ある蔵書とを照合して、ようやく紛失に気づいた。

 しばらく、養父一家と共に先任者の手落ちを呪うことになった。


 今は、領都の神殿に要請して、その写本が無事に教会に収まっている。

 この本については薬師として評判を得ている養父も感心していた。養父も初めてまともに読んだ書物だったらしい。


『いやはや、流石は三神の導き厚い神殿の教え。このように素晴らしい知識が、全ての教会にあるべしと昔から備えていたとは……。これまで気づきもしなかった己の不覚を恥じ入るばかりだ』


 これまで教会の書棚をかえりみなかった養父は恥じていたが、はた目から見て、無理のないところもある。

 なにせ養父とその一家は、毎日のように仕事があるのだ。


 薬草を取りに行って、適切に管理し、調合して、必要とする人に流れるようにする。

 教会にいれば急病人や怪我人がやってくることもある。

 ずっと薬を処方している病人もいる。

 この村の中でなく、近隣の村から薬の相談が持ちかけられることもある。

 もちろん、神官として冠婚葬祭を催さなければいけないし、神殿や領主に村の報告を挙げる義務もある。


 薬師兼任の神官業務は、とても忙しいのだ。書棚で埃をかぶっている蔵書を、のんびり読み直す時間なんてない。

 少しでも養父一家の負担を減らそうと、わたしも手伝っているけど、とてものんびりできる、というところまでは及ばない。

 ましてや、アロエ軟膏をそれなりの量、増産するとなると……。


「人手が足りない、ね……」


 薬を作るのもそうだが、教会で管理すべき蔵書が紛失していることに何代にも渡って気づけないという手落ち。

 薬師としても、神官としても、人手が足りない。


「もう少し、わたしみたいな人が増えれば……」


 農民の家に生まれたって、少し努力すれば、わたしくらいには慣れるのだ。

 簡単な読み書きだけでいい。それさえできれば、多少の失敗はあっても簡単な薬作りはできる。

 緊急時はともかく、定例の決まりきった報告書だって書けるようになる。


「教会で勉強してくれる村の人達が増えれば、手伝いの人手も増やせるはずだけど」


 溜息が漏れる。これまで、何度も考えてきたことだ。実際に動いたことも、一度や二度じゃない。

 村の人達に声をかけて、ちょっとだけでもやってみないかと誘って、結果ダメだった。

 最初から断られるか、すぐにあきらめてしまう。


 農民なんかが勉強したって無駄だとか。農民の生まれができるわけないとか。

 いやいや、わたしはできるようになったけど?

 わたしの実の父さん、おじさんの隣の畑を耕してたの知ってるよね?

 同じ農民の出身ができるようになってるよね?


 そうしたら、わたしは特別なんだと言われた。わたしのどこが特別だ。

 ……まあ、大変な農作業をやらないで勉強できた、というのは、特別かもしれない。

 そこは後ろめたさがあるので、わたしもあまり強くは言えない……。


 溜息が漏れる。

 無意識のうちに、髪の毛を指に巻いていじっていることに気づいて、また溜息が漏れる。

 これはあまりよくない時の癖だ。養父一家に見られたら心配されてしまう。


 養父達と顔を合わせる前に、なにか気分を変えておかないといけない。

 教会の掃除でもしようかと思ったところで、聖堂に人の気配がした。病人か怪我人が出たのだろうか。その時のために、教会で留守番をしていたのだ。


 聖堂に顔を出すと、意外な人物がいた。


「あれ、クイドさん? クイドさんですよね、どうしたんですか?」


 定期的に行商にやって来るクイドさんだが、しばらくはカンゾ村に訪れる予定はなかったはずだ。

 面倒見のいいクイドさんだから、別な村で薬の相談を受けて、わざわざここまでやって来たというところだろうか。

 まめまめしい働き者なのだ、この商人さんは。


「こんにちは、クララさん。ケイシ神官は、ご自宅の方ですか?」

「あ、はい。養父にご用ですか? 今日は養父が薬を作る日なので、自宅で調合していると思いますけど……」


 薬師の仕事をするには、教会では狭いので、養父一家は別途に家を持っている。

 薬師としての作業は主にそちらでしている。必要なら養父を呼んで来るけど……。


「そうでしたか。それならお邪魔するのも申し訳ないですね……。急ぎの用事ではないですし、緊急事態ということでもないんですよ」

「それはよかったです」


 急病人などが出て慌てて、といったことではないのなら、素直に歓迎できる。

 薬師の仕事に、緊急事態などという言葉はない方がいい。


「あと、話の中身で一番の影響が出るのは、ケイシ神官ではなくクララさんでして」

「え、なんでしょう? クイドさんからわたしに……? 前に作った薬でなにかありました?」


 不安になって髪をいじりそうになったけど、緊急事態ではないと先に言われたことを思い出す。

 しかし、それだと余計にどんな話なのかわからず、首を傾げる。


「ええと、領都の神殿の人から、お話を預かって来たんですよ」


 神殿から? わたしに?

 ただの神官見習いに、わざわざ人を寄越すなんてなんだろうか。さらに首が傾く。


「ノスキュラ村なんですけど」

「ノスキュラ村?」

「あそこの教会付きの神官さんが、王都の神殿に招聘されまして」

「それは、おめでとうございます?」

「つきましてはその後任に……」

「後任に?」

「クララさんが赴任する気はあるか確認をして来て欲しいと」


 前段階まではかろうじて理解できる単語が多かったけど、急に理解できない単語が来た。

 ノスキュラ村。神官。後任にフニン。

 フニン。柔かそうな音だ。

 まさか赴任ではないよね。後任に赴任だと意味が通るのが恐い。


 マジか。

 マジで赴任か。

 クイドさんがなんか柔らかいものを取り出してフニンフニンしてくれない。

 赴任なのか。後任に赴任なのか。

 マジか。


「……わたしは神官見習いであって、神官じゃないよ? 神官の後任に神官見習いじゃダメだよね? クララ違いじゃない?」

「赴任してくださるならその時点で神官に昇格だそうです」

「いやいやいや、無理だよね? 正式な神官になるには最低限の経験年数が足りないはずだもの」

「その無理を通せる人ができると言っていますので……」

「今なんか恐いこと言った!? 無理を通せる人って言った!?」


 緊急事態じゃないって言ったけど、これ絶対に緊急事態だよね!?

 待って! 養父さんを、養父さんを呼ばせて!

 わたし一人じゃこの話は受け止めきれない!

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― 新着の感想 ―
何だろう… 不死鳥の炎に捧げられる生贄感が… というか、不死鳥の炎で調理されたちゃう食材状態…?
この一話だけでわかる。 この子ナノマシンの含有量高い子だ(笑)
ついでに農家の子を何人か連れて逝ってもいいかもしれない アロエ軟膏制作ブートキャンプとか思って無いですよ?(目反らし
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