月
夜は決まって。父と並んで夜空を見上げた。
「母さんはな、月が好きだったんだ」
ジェイデンは母を知らない。物心つく頃にはいなかった。
その代わり、首から美しい光がぶら下がっていた。
「お前の名前はあいつが付けたんだ」
生まれた愛息子に、心を込めた。
祖母と母。父の宝は並んで眠っている。
ジェイデンの足は、いつも勝手に向かっていた。そこに行けば、見えないものを見ることができるから。
「あいつが命を懸けたものを、俺も命を懸けて守らなきゃいけない。そして、この場所を守り抜かなきゃいけない」
「俺の宝は、誰にも奪わせはしない」
そう言って、笑っていた。
「姫!!」
「だからその呼び方やめてってば」
ロングコートを颯爽と靡かせ、闊歩するティティ。その後ろをロランが追って来る。
「この格好してる意味なくなるでしょ」
「ですから、姫がそのようなことをする必要はございません!私に任せてくだされば――たっ!」
立ち止まり、迫る顔に一発デコピンをおみまいした。
「その身体でな~~に言ってんの」
常時着用義務の黒のアイウェアを除く。そこには、血が透けた薄紅の色。
「父様が君を戦場に出さなかった意味、わかる?それを無視したら父様に合わせる顔がないじゃない」
「しかし、姫を守ることこそが託された私の使命!生かされた意味でございます!」
その熱量に、黒曜石が死んだ魚のように遠くなる。
「その守るべき姫にこのような行為を強いているなど……私こそ合わせる顔がございませんっ!閣下と陛下になんと申し上げればよいのでしょう……っ!」
さめざめと泣くロランを「元気にしてますでいいんじゃない?」と軽くあしらい、双眸に蓋をした。
「ちょ、姫――」
バタンと閉めた扉に、会話は強制終了。
「はぁ―――――――」
「すごいため息だな」
誰もいるはずのない自室に、山の影。
「フジ!」
デスクの後ろの窓。彼はいつもそこから出入りする。
「久しぶり!」
「あぁ」
隆々とした屈強な身体。その存在感に反し、気配はまるでない。
「過保護すぎるのよ。まぁ、私が弱いせいもあるんだけど」
間柄に、言葉が元に戻る。
「――で、そっちはどうだった?」
無理矢理男の硬さを演出するのはなかなか苦しい。コートを脱ぐと胸元を開け、ふぅと楽に息を吐いた。
「探しモノは見つかったの?」
ソファに腰掛け、その大きさを見上げる。
「あぁ」
「うっそ!よかったじゃない!おめでとう!」
今までの足跡を知る彼女は、喜んだ。それが、長く険しい道のりだと知っていたから。
「お母さんと妹さん、だっけ?ほんっと、腐った世の中よね。母を尋ねて三千里的な感動物語りだったら泣けるのに、腹立ってしょうがない……って、そうそう!君と同じプレミアの絶滅種!会ったよ!」
フジはただ一言「……へぇ」とだけ呟いた。
「で、どこにいるの?お母さんと妹さん!会いたいなー」
期待の眼差しが「どこ?どこ?」と辺りを探す。
「とりあえず、安全な場所に隠してきた」
「え、いないの?ざんね~ん」
落胆で崩れた姿勢を、ずるずるずると深く沈める。
「でも、そっちの方がいいかもね。この世界で生きるのは危険すぎるよ」
「………」
「これからどうするの?奪われた刀も取り返すんでしょ?」
フジの持つ、名刀「夜叉丸」。他は奪われた。
滅んだ国の産物は珍しい。それには「プレミア」がつけられている。
「――まだだ」
それは、しぶとい蛇の眼光。
「危険因子は全て排除する。それまでは――終わらない」
「だと、まだまだ長いね――」
ティティは、遠く彼方をを見上げた。
「あ、そうだ。君が拾って来たあの子たち、ちゃんと元気に暮らしてるよ」
彼の目的は、大切な「家族」と奪われた「一族の宝」。だからと言って、放っておくことはできなかった。
報道ではただの「大物殺人事件」になっているプレミアコレクターの襲撃。現場に何も残されていないのは、彼が一つ残らず全て回収しているからだ。
「カウンセリングが必要な子も多いけどね。特に今回君がつれてきたのはひどかった。……でも、任せて!!」
断固たる決意は心強い。
「悪い。――感謝する」
「な~~に、水臭い。気にしないで……って、そうじゃなくて!君に会いたいんだってさ!」
「……俺?」
「あの子たちからすれば、命の恩人。救世主じゃない?会ってお礼が言いたいんだって」
顔がニヤニヤと笑っている。それだけ見たら見合いを取り持つ世話好きオバサンと同じ類。
「俺はいい」
「なぁんで!?会ってあげないの!?」
「救世主は一人でいいだろ。俺の役目じゃない」
「え~~~?」
男の時の彼女は冷静に努めているが、本当は非常に感情豊か。表情もころころと変わる。
ティティは自ら凄惨な現場に踏み込み、多くを救い上げる。彼女に拾われた者たちは当然ながら『ティティ』を心から慕い、崇拝するように敬う。
部下のほとんどは、そういった者たち。
「お前こそ、どうすんだ?」
どうやら、今の核心を突いたよう。一気に顔色が変わった。
「それがさ、召集かかって」
「召集?」
「今回、大打撃だったからね。その対応を協議するってことなんだけど……これはチャンスよ」
言葉が力む。
「腐った旧勢力を一掃し、私が上に昇るためのね!」
組織は、敵対する国際テロ組織『ドッグ』によって主要な拠点の多くを破壊された。また、同時に流れ込んできた猛者たちの手によって幹部クラスが次々に消された。
「マッドリー・ジーニアスが生きてたなんて知らなかった。情報が流れたおかげで、こっちも手に入れることができた。……感謝しなきゃね」
彼女がここにいるのには、当然理由がある。
「お前、どこ行ってたんだ?」
「ロンファ」
「………」
ロランがああなるのがわかった。
「なに、その目」
「……お前、よくそんな所突っ込んだな」
そこは最もひどい震源地。立ち入るのも危険だ。
そりゃ、顔色を変えて心配するはず。
「罪のない民を実験体にしてるのよ!?見過ごせるわけがないじゃない。……私としたことが、もっと早くに気付いていれば……っ」
王宮に山積みにされていた死体。カプセルに閉じ込められていた、人間ではなくなった奇形の塊。手術台で改造され、檻の中で順番を待っていた。
それは一端に過ぎない。国全土で、組織の開発した「ウイルス」によって死者が多発。死滅した地域もある。
――助けたいと願っても、それには限界がある。
ティティは生命と向き合い、人間と向き合う。
拾い上げた者も多いが、尊厳をもって手厚く葬った者はそれ以上。計り知れない。
「――風向きが変わる。この機を逃すわけにはいかない」
フジが彼女と手を組んだのは、利害の一致。そして、同じだったから。
「フジは行――かないよね」
「当然だ」
ティティとフジの違いは、ここ。彼女は属し、内から。彼は属さず、外から。
(しかし……)
フジは空を見た。
今夜は月のない朔の日。それももう、明けようとしている。
「月と言えば、兎だよな」
「ん?なんか言った?」
呟いた声。「なんでもねーよ」とごまかした。
――月は、狂気。
家族は月を愛でていた。そんな伝承は信じていなかったが、なまじ間違いではないかもしれない。
「――じゃ、行くわ」
「そ。気を付けてね」
「お前こそ。あんま兎男に心配かけんなよ。ハゲんぞ」
そう言い残し、その大きな身体を窓から放り出した。




