ポセイドン
「わ―――お。めっちゃ可愛いじゃん!」
家柄、美少女には慣れているが、さすがのサクヤもこれにはおったまビックリだ。ヨシノも「きっれ~~!瑠璃~~!」と乙女のトキメキを見せている。
「……と、とんでもございません……」
それには「……う、わぁ……」と声を漏らすしかできなかった。
「……さすが、海神を虜にしただけはあるな……スゴイ声」
ビクッと身体を震わせたシェリー。その頭に、ポンと優しく手が乗った。
「だ~いじょうぶだ。何の心配もいらねぇよ」
全てを包み込むように笑う。ポンポンと宥め、そのリズムに落ち着いていく。
「人魚姫は陸で声が出せない。こればっかりは、童話も当たってるな」
「………」
「でも、うちなら大丈夫。また来い。友人はいつでも大歓迎だ。楽しく、仲良くやろう」
その感覚に、目頭がジンと熱くなる。
光を受け、キラキラと煌めく海。その光景に、岳は頭を抱えた。
「サクヤ……相手を誰やと思ってんねん」
「誰って、ポセイドンの人魚姫だろ?海神に愛された神秘の一族」
シェリーは『ポセイドン』の名を預かる禁族の出。彼女たちは人間ではなく、種族の違う人魚。
「トリトン王の姫君や。頼むから余計なことすんな」
「余計?何を?そうやって一人ぽっちにさせる気か?可哀想に」
「………」
「お前、清明の傍にいればそれがどんなもんかわかるだろ?何もかも奪ってやるな」
そう言われたら、何も言えない。
チラッと清明を見れば、笑顔が「観念しろ」と言っていた。
「…………はぁ~~~~~~~~」
岳は、それはそれは深く嘆息した。
「なに、デッカイため息ついて。幸せが逃げてくぜ~?」
「お前には言われたくない!」と声を大にして言いたかったが、そんな気力はない。
「マイロは頼りになるよ」
ジュリアと瓜二つの顔立ちに、シェリーの鼓動は跳ねた。
「……お知り合いですか?」
「親友なんだよ。アレは本当にイイやつだから。頼りにするといいよ。唯一、まともに話ができる稀少な人物だから」
瑠璃が瞬く。顔だけでなく、発言まで似ている。
「それにしても、まさかうちに龍王が来るとはな」
眩い銀河が、ジェイデンを見た。
「清明、どゆことよ?」
「姫が拾った」
「拾ったぁ?」
「海でな。流れついたのを姫が偶然見つけ、面倒をみておる」
その事実に、サクヤは目をパチクリと瞬きさせた。そして、笑った。
「はっは――――!さ~~っすが、俺の血!そっかそっか~、はっは――!」
豪放磊落で快活。感情豊かで、頑固なくらい正直で素直。それが、『いざなみ』を預かる彼ら。彼は、その典型的な人物だ。
「でさ~、実は何気に一番気になってたんだけど……」
その双眸が、清明に向いた。
「お前……ナニ持ってんの?」
見抜かれ、静かに笑みを浮かべる。
マジックのネタバレをするように手にしたのは、刀と首飾り。それは、ジェイデンとジルがずっと攻防を繰り広げていた原因だ。
――瞬間、ジェイデンが変わった。
レオンが感じたのは、あの邂逅。鳥肌が立った、あの時。
咄嗟に警戒したが……何も起こらない。
「………」
周囲を見渡し、自分の出番がないことに気がついた。
「なんでこんなの持ってんの?」
「彼の持ち物じゃ。姫が持っていたのじゃが、何分気が強すぎる故、わたくしが預かっておったのよ」
「なるほどねぇ。そりゃそうだ」
すると、サクヤはグルッと首を回してジェイデンを見た。
「お前、すげぇなぁ。これ、守り刀だよ」
「…………まも?」
レオンは驚いた。こんな反応を示したのは、ジュリア以外に初めて見た。
「『守り刀』。先に逝く者が、残す守るべき者に自らの意思を込めて託すモノ。つーかコレ、龍王の牙なんじゃね?見た目もそれっぽいしな」
刀を手に取り、仰ぐように目の前にかざした。
「しかし、あの『虚無の王』がまさかこんなモン残すとはねぇ」
「あ、だからか!」と何か気付いた彼に、清明はふんと目を細めた。サクヤは「なるほどねぇ」と面白そうに、じろじろと観察し始めた。
時折「はっはー!」と声を上げて笑い、「おぉ~」と感嘆し、ウンウンと強く頷き、グスッと涙を啜る。それはなんとも奇妙で滑稽な光景だった。
「って、ちょっと待て!四神がヤられたのか!?」
横で、ヨシノが「えぇ!?」と声を裏返す。
「まぁの。現状ではそうじゃ。最近、自らを『神』と名乗る輩がおっての。調子に乗っておるのじゃ」
「うっわぁ~~~、そりゃブチ切れだろ。プライドの塊みたいな連中だからな……」
世界を襲った大災害。震源は『四神』の領地。原因は、急襲。
「でも、こりゃ謝らねぇとな。……なぁ、〝ジェイデン〟」
黄金に、銀河が映る。彼もまた、ジュリアと同じように名前を言い当てた。
「もし龍王に会ったら『あん時はワリィ』って言っといてくれ。なかなか男じゃねぇか。見直したよ」
「………りゅう、おう?」
「お前のじいさんだよ、じいさん。お前のじいさん、龍なの。龍の王様で、カミサマ。翡翠の龍だ」
「………かみ、さま」
ジェイデンは鸚鵡のように言葉を繰り返す。
「ペンドラゴンが守護神にしてる赤い竜とは違って、蛇みたいなニュルっとしたヤツな。西の方は翼のある飛竜で、東とは種類が違うんだよ。俺はどっちかっつーと飛竜の方がかっこよくて好みなんだけど」
自分が褒められたわけではないのに、まるで自分のことのようにレオンは正直、嬉しかった。サクヤ本人は「うちにも龍がいるからこうゆうこと言うと怒られるんだけどな」と笑っている。
「あいつらは身内びいきが過ぎるんだよ。『カミサマ』のくせに、人間嫌いで一族主義のひきこもりで職務放棄だからな。さすがに穏やかなこの俺も『なァ~~~!?』ってなったぜ」
それにしても――と、銀河が覗く。
「まさか、混ざるとはねぇ……」
感慨深げに顎を撫でる。
そこに「ちょっとすいません」とサラが割って入った。
「君さ、マニ族だよね」
「は?」
謎の単語にサクヤが変な顔をしている。
「だってこれ、ムーンドロップだもん」
指差したのは、清明が持つもう一つ。綺麗な一粒石の首飾りだ。
まるで代役のように、サクヤが「何だそれ?」と尋ねた。
「雲の上、天空の山岳地帯に住んでる少数民族です。それだけでも十分珍しいですけど、何が珍しいって、このムーンドロップ」
「ムーンドロップ?」
「出産の際に母親が流す涙が結晶石になるんです。それが、このムーンドロップ。それをお守りとして生涯持ち続けるのが彼らの風習で、彼らが彼らである証です。見た目はぜんっっぜん違いますけど、これを持ってるってことは間違いないですね」
その輝きは、月光を封じ込めたよう。月から零れ落ちたような美しい石だ。
「へぇ!涙が石に!世界にはそんな面白いヤツらがいんのか!すげぇなぁ!」
「でっすよねぇ!ほんと、世界は面白い。私も驚きました。会ったのは、私がまだ小さい頃だから結構前になります。幼いながらに母親は偉大で最強だなと思いましたよ」
サクヤは「そりゃ違いねぇや」と笑った。
そして、空が再び黄金に注ぐ。
「君は龍王の血が濃いね。翡翠に黄金なんてそうないよ」
「…………」
ジェイデンは、じっと無言を貫く。
「似てます?」
その存在は知られていても、その姿を知る者はほとんどいない。
サクヤは、極めて異例だ。
「似てる似てる。特に、ふざけた目がソックリ!」
そう言って、笑った。




