オーク
「ジョー!お前!今の今までドコ行ってたんだ!!」
マイロは声を荒げた。
「ドコって、私の美しき花たちの所だよ」
「はぁ!?こんな時に何考えてんだ!」
「何を言ってる。こんな時だからじゃないか」
「はぁあ?」
「友を失ったこの悲しみを一人でやり過ごせと?お前は私にそんなひどい仕打ちをするのかい?」
甘ったれた口調と涙目で訴えかけてくる。最後の言葉はそっくりそのままお返ししてやりたい。
「今にも張り裂けそうなこの胸の痛み。それを私の花たちに癒してもらっていたのだ。それの一体何が悪いというのだ」
「全部だよバカヤロー」
「なっ!」
ヘアセットした緩いウェーブの長髪にオリーブの冠。それだけを見れば美しき女神だが、大きく露わになった身体は逞しい立派な男。
「マイロ!お前はいつからお兄ちゃんにそんなひどいことを言うようになったんだい?」
「言われたくなけりゃそれだけのことをしてくれ」
「なっっ!!」
大きなショックを受け、たじろぎ狼狽える。
確かにジョーはマイロの兄。実年齢はかなり上だが、そうは見えない。上どころかマイロよりも若く見えるくらいだ。
「お兄ちゃんは悲しい……今にも涙が零れそうだ」
羽毛のような優しく相手を撫でる眼差し。それにホロリと涙を浮かべれば相手は簡単にコロリとオチる。しかし、マイロは違う。
年中、朝から晩まで色事の色男。「全ての美しい花は私に愛でられる為にある」と豪語し、「美の前に性別を語るなどナンセンス」と言い放つ見境のなさ。そして、自らの素行の悪さを「美しさは罪だね」と何の悪びれもなく軽く一言で済ます。こんな何から何まで冗談で出来たようなこのふざけた男が「一族屈指の武人」。……情けなくて立ち眩みがする。
(……でも)
その実力は確か。ジョーに勝てる人物など、マイロは一人しか知らない。
そんな彼と長年腕を競い合ってきた男が……死んだ。
(とんでもねーことになってきたな……)
そんな逡巡は、その気配と湧き上がる感情に吹き飛んだ。
「ハ~~~ク~~~!」
激しく打ちつけ、飛沫を放つ荒れる大波。それはまんま、マイロの怒りでもある。
「お、ただいま」
ようやっと帰って来た、当主――ヘラクレス。
両手に美女と美少年を侍らせた半裸男。手癖の悪さは血筋だが、この男は桁違いにとび抜けている。
こんな状況でお持ち帰り。これが当主。許されるなら、自分で自分を殴って気絶してでもこの現実から逃れたい。
「お前、この状況で……っ!」
一族は全員ゼウスの子。母親はてんでバラバラ。――要は全員、異母兄弟だ。
その父親の血を最も濃く受け継いでいるのが、この男。
オールバックに撫で上げたロマンスグレーの髪。はっきりした太眉に眦のつりあがった瞳、男としての自信に満ち溢れた堂々たる存在感。「色気純度100%」のこれに吸い寄せられる者が老若男女、後を絶たない。
彼は既に千年以上を生きており、本人曰く「ダンディでセクシーなオジサマ」らしいが、マイロに言わせれば職務怠慢の色ボケジジィだ。
そんな男を、サラは「悪酔いするうんと濃い紫」と言っていた。
「あ~~~、怒ってるな」
「は?」
「たぶん、ジュリアに何かがあった。じゃないと、このキレ方はない」
白い宮殿。対比するいつもの青は重い曇天に姿を消している。
ドンと腰を当主の座に下ろす。背後には、偉そうな父親の全身像。これを見ると、露出癖は血なのだと思う。
「あとは、アレだ。オーク」
「……え」
「息子をジュリアが拾ったんだろ?それでお前、ギャンギャン騒いでたんじゃねぇのかよ」
「お前……知ってたのか」
「そりゃな。一族を把握するのは当主の役目だ」
「ハーク……」
見直すところもある。そう思った心も、次の発言で粉々に。
「これがま~~~た、めちゃくちゃ美人なんだわ。『絶世の美女』っつーの?」
「…………は?」
「もう、取り合って内紛よ。オヤジまで出しゃばってきてさ。そん時は俺もまだ若くて、グイグイの男盛りっつ~の?いや、今も渋くてイカしたオジサマだけど!ま~~ったく若いのには負ける気しないけど!いや~~懐かしいな~~」
「…………」
「それが、な~~んでまた龍王なんかね。あんな愛想もないヤツ。オンナの愛し方も知らねぇ、引きこもりの地味~~な野郎だぜ!?俺の方が絶対にイイ男なのにさぁ~~。あ~~、思い出したら腹立ってきた~~っ!」
そう言いながら、両手で持参した美しい身体を撫でまわしている。「それがダメなんだろ!」と声を大にして言ってやりたい。
「俺が落とせなかったの、あいつと〝いざなみ〟だけだぜ?ジュリアはまぁ、イケるだろ」
ペロリと舌舐めずりする当主に「おい!」と怒号を放った。
「こんな状況でナニ言ってんだ!」
不謹慎にも程がある。そう本気で思ったが、相手は心底そう思っていないらしい。
「お前こそナニ言ってんの」
「はぁ?」
「相手を誰だと思ってんだ。簡単にくたばるわきゃねぇよ」
それは、未来を確信する強い断定。
「あのサラが――ついてんだぜ?」




