妹
ようやく鎮まった頃、レイとフェルナンド、そしてジュリアの姿がごっそりまとめて消えていた。
「あ――!俺のフェニックス!!クソ!お前ら、何を…っ!」
まだ反抗できるだけの余力があるようだ。しかし、それが許されるわけもない。
「ロランっ!お前、何を悠長に――」
「うるさいな。とっとと死にぃ」
白蓮の一声を合図に、磔の神は紅蓮の焔に包まれた。
「あ~ららら。きみ、そんな身体いじったん。痛みも苦しみも感じへんのかぁ。断末魔聞けると思って楽しみにしてたのに。あ~あ、残念や」
その声は、残忍でしかない。
「……ふっ。これごときで俺が死ぬとでも?」
「思ってるよぉ?手品のタネ明かしは終わったからなぁ」
「………え?」
「気付いてへんの?アホやなぁ。その不死身の仕掛けはもうバレたんや。バレた手品はもう使えんで」
ここで初めて、マッドリーから余裕が消えた。
「大体、頭に刀ぶっさされてかっこつけられてもなぁ。ま~ったくかっこつかんねんけど。見てるこっちがサブいわ」
ブワッと、一気に火の勢いが強まった。
「まぁ、きみはこれから死ぬわけやけど。死ぬって言っても普通には死ねへんで?だって、きみは入ったらあかん領域に足を踏み入れたんや。それなりの代価、払ってもらわななぁ?」
それは、とてつもなく不気味。この状況を心底愉快に思っている。
「その焔はきみの魂ごと燃やして完全に消滅させる。つまり、二度と蘇ることができんってわけや。不死を望むきみに最適の、最高の最期やと思わへん?っくくく……」
身体が、燃え尽きる紙のようにパラパラと崩れて散り出す。意識があるのが災いして、そんな自分の様子に狂乱する。
完全を目指した男だからこそ。一度は『不死』を掴んだ男だからこそ。それが崩れることに最も耐えられない。
全くもって、残酷だ。
そんな姿に、背を向けた。――もう、用はない。
「すいません。ええトコ取りしちゃいました」
狐の面が、黒に映る。
「こいつを始末したくてわざわざ来たんでしょ?その為にこんな気分の悪いところに身を置いてるんでしょうから」
互いに隠す。そして、探る。
「白薔薇さん。この人、お仲間で?」
「……どうだろう」
それは、最後の最後。ジュリアを手にした山男。ロランは、正直で曖昧な答えを返した。
白蓮は「そうですか」と納得した後、すぐに「そや」と話を切りだした。
「さっき、ティティさんにお会いしましたよ?」
「………」
「あなたのこともレイさんから伺ってますよ?ほんま、なるほどって感じですわぁ」
「……レイが、話を……?」
彼が知る『レイ・ガルディ』という人物は、とにかく何もない男。彼の世界は徹底的に唯一つで、それを中心に回り、その為だけに在る。そんな男が、まさか自分の話を誰かにしているとは夢にも思っていなかった。
正直、生きているとも思わなかった。命がなくてはどうしようもない。
「そういえば……」
思い出した。
口癖のように『ユリウス様の為に死ぬ』と言ってきかなかった男が、ある時を境に変わった。
「……そう。そうだったか……」
ロランは、微笑った。
「感謝しなくてはならないな……」
変えてくれたこと、生かしてくれたこと。それが今後苦しみを生むことになったとしても、今は正直に――
「しかし、見事な麗人さんで」
それは、なんとも愉しそう。
「あれほどの方となると、やっぱりオーラだけとちゃいますなぁ。カリスマ性って言うんですか?いやぁ、御見それしましたぁ」
じっと、狐が見つめている。
「――あの光は強すぎる。隠し切れてないですよ?」
「――御忠告、痛み入る」
互いの言葉が持つ奥深くの真髄を、両者共に理解した。
「あのローザって子も、実験か何かでしょ?馬に翼生えて飛んでましたから。推測するに、救い出して面倒みてるってトコですか?なら、こんなクソみたいな所にわざわざ出向いて来た理由もわかる」
「………」
「早急に撤退するのが良策やと思いますよ。こんな所で死ぬわけにもいかんでしょう?――まだ」
「……まるで他人事だな」
ふっと口元を緩めた。
「殺すのは一体誰なのか」
微笑を浮かべながら、鋭く真理を突く。
「元はと言えばそっちが悪い。喧嘩売られたらそりゃ買って、捻り潰して根絶やしにしますよ。でも、今度からは売られる前にそうします」
「それはそうだ。ご尤も」
その意見をすんなりと受け入れ「失礼した」と謝罪した。
白蓮の性を容易に。これが、フェルナンドが恐れる彼の本質。
「では、御忠告を有難く頂戴して……ここは退かせて頂こう」
「よろしゅうお伝え下さい。――また会いましょうってね」
「――承知した」
ロランはそう告げた後、姿を消した。
白蓮は、壁に突き刺さったまま残る刀を引き抜いた。紅蓮は既に消え、灰すらも残っていない。跡形もなく消滅していた。
「……さすが。ぼくの焔でも傷一つ付かんのやね。っくくく、おもろ」
笑いながら、それを持ち主に放り投げた。
「――名刀『夜叉丸』。それが、うちの結界ぶった切った刀です?」
受け取った太い腕。緩やかなシルエットも筋骨隆々とした体躯を隠し切れていない。
「……〝いざなぎ〟」
二人が交わす言葉。それは彼らの母国語であり、当の昔に滅びた言葉。この読解ができ、顔を隠す白蓮の身元まで言い当てた。
「今でも蛇の目さんは有名ですよ?なんせ、破られたのが初めてでしたから。しかしまぁ……すんごい三白眼。どれほどのもんかと思ってましたが……」
「これ、寝ると白目らしい」
「白目!それはおっそろしい!あ~~っははは!」
〝蛇の目〟と呼ばれる一族。その特徴は、名の如く蛇の目。
「……お前か。『清明の転生者』ってのは」
笑いが、ピタと止んだ。
「ついに生まれたと聞いてた。御上もサクヤも、全部自分のモノにしたキツネ」
「っくくく……」
面を取り、つり上がる笑顔を見せた。
「どぉもぉ、白蓮言います。そちらは?」
「……フジ」
「そりゃまぁ、ピッタリのお名前ですなぁ!しかし、まさかこんな所でお会いするとは夢にも思ってませんでしたわぁ」
「………暴れてるのも、お前らか?」
「あら、お気づきに?っくくく……やっぱ、さすがですなぁ」
笑顔が、刻み込む。
「――うちの本家衆が、少々怒鳴り込みに」
「……どんだけバケモノ生んだんだ」
「あっははは!いやぁ~、ほんまそれですわぁ。返す言葉もございませ~ん。あっはははは!」
白蓮は、心から笑った。そして――
「プレミアコレクターの殺害。アレ、きみやったんやね」
研がれた顔が、フジに向いた。
「恥ずかしながら、ついさっきまで悪魔に欺かれて気付くんが遅れまして。でも、まさか蛇の目さんが動いてるとは思いませんやん?ほんま、まさかのまさかですわ」
「………」
「でも、よくよく考えたらわからん話でもない。きみらは〝いざなみ〟の帰りが待てず、後を追いかけるように国を出た。それで、外の世で置かれているこの状況。黙って見てるわけがないわなぁ?」
「………」
「プレミアの絶滅種、でしたっけ?高値で売り捌かれた末路はせいぜい奴隷か玩具か、見世物か剥製か。……ざまーみろって感じやな」
最後に、吐き捨てた。
「当時、国を捨てて逃げた連中。うちのお偉いさんは今でも大層ご立腹や。ほんま、祟りって怖いわぁ。怒らせるモンとちゃうわぁ。っくくく……」
「………」
「しかし、何て因果やろ。これが巡り合わせってヤツ?」
白蓮は愉快に笑い続ける。
「それで、きみは何しにここへ?」
フジは、それ以上何も答えなかった。白蓮も、聞かなかった。
そして何も答えぬまま、聞かぬまま。フジは姿を消した。
ただ、一言だけ残して――
『妹を、よろしく頼む』




