フェニックス
「変わらない為に、変わらなければいけない、か」
アーサーは外を見つめ、渦巻く不穏な空を見つめていた。
「……父上?」
振り向けば、ひょこっと覗く幼い貌。
ミルクの柔肌にキャラメルの長髪。くるんとまつげがカールした垂れ目がちの紅茶の双眸。ふんわりとした白いワンピースを着た、可愛い小人。
「お仕事ですか?」
「あぁ。ちょっと行ってくるね」
女の子は成長が早いと言うが、それをほとほと実感している。何倍も多く生きる自身の弟よりも遥かに達観している節がある。
(……これも、伯母上譲りか……)
驚くほどに、生まれた時から瓜二つ。成長するにつれて、それは増すばかり。
「――キャンディス」
くしゃっと優しく頭を撫でた。
「叔父上たちをよろしく頼むよ」
「はい!」
なんとも頼もしい、満面の笑み。
本人たちは逆だと思っているだろうが、真実はこっち。
「それじゃ」
そっと手を離すと、愛娘はまた微笑った。
「ご無事でのお帰り、お待ちしております」
見送りに、少し驚嘆した。しかし、すぐに嬉しさが増す。
何も言わず、目は合わさない。それは父と娘ではないから。
下げたままの頭の脇を、一瞥もせずそのまま通り過ぎた。
『変わらない為に、変わらなければいけない。そんな時もある』
ずっと、先を歩む背を見てきた。だから、自分も先を行く。
そうして、道を続けてほしい。そう、願っている――
乱れた髪。フェルナンドは顔を歪ませた。
爆風でフルフェイスは吹っ飛び、周囲にはまだ爆煙が色濃く残る。
原因は、自分の腕の中。直接受けた衝撃で左腕が吹き飛んでいた。
「ジル……っ!」
辺りにバラバラと散らばるパーツ。それは壊された人形のようで、哀しく無残。
失った左腕はすぐにバックアップで補われ、ジュリアが「変身だー!戦隊レンジャーだー!!」と飛び跳ねていた技術でスーツはすぐに元通り。
「っ!!」
グラっと大きく揺れた。
沈没する船に乗っているような感覚。大時化に巻き込まれたような揺れに立つことすら困難。怒涛の爆撃も肌で感じる。
(……始まったか)
彼女がこうなって、彼らが大人しく黙っているわけがない。
そんな状況に、フェルナンドの身体が浮いた。それはエアバイクと同じ仕組みで、靴底に仕込まれたそれのお陰で周囲の影響が緩和される。
「!」
床が傾き、ジュリアが転がり始めた。一つも失わぬよう、すぐさま奪取に向かう。
(……レイさん)
レイは立ち呆けたまま。壊れゆく世界の中で、愛娘には一切目を向けない。
「……あ~あ、もったいない。せっかく取り戻したのに」
その声に、今まで何ら動きを見せなかったレイが初めて反応を示した。
現れた、美しい金髪碧眼の男。白衣姿で冷笑を浮かべる彼の名は――マッドリー・ジーニアス。
「久しぶりだな。青薔薇」
――〝青薔薇〟
それは、レイの二つ名。
「殺したはずだって?それは残念。俺は、お前みたいなノラとはデキが違うんだよ」
そして、両手を大きく広げた。
「俺は死なない。俺は不滅。だって、神だから」
「――――」
不自然なほどに静か。彼の中で、何かが急速に引いている。そんなレイの姿に、フェルナンドは思わず戦慄した。
(……まずい……っ)
速度を上げ、事態の収拾を急ぐ。
「俺の可愛い可愛いフェニックス。どこに連れてくつもり?やっと取り戻したのに」
コツン、と足元に何かが当たる。
「大きくなって……あんなに小さかったのに。あの時も綺麗だったけど、ますます磨きがかかったね。でも、天使の翼はどこへ行ったのかな?似合うと思ってつけてあげたんだよ。やっぱり、下衆になんて渡すんじゃなかった」
レイがゆっくりと動きだし、顔が、下に向いた。
「お前に俺のフェニックスを奪われてから、寂しくて恋しくて、夜も眠れなかったんだよ。たくさん創ったんだけど、やっぱりダメ。俺のフェニックスに替えはないんだよ」
そこにいたのは、最愛の愛娘。一人で立つ彼を支えるように、寄り添うように、転がってきた。
「彼女は希望、光そのもの。今回もまた、新たな光を見せてくれる。――そう、これこそまさに『フェニックス』!俺の理想!蘇る、不死への第一歩だよ!」
天使の寝顔はそのままに。安らかな、首だけの状態で――
「でもさぁ……」
レイを眺めながら、マッドリーは嗤った。
「俺はもう、奪われたくないんだよ。誰かに取られるくらいなら、いっそ壊してしまいたい。――そう思わない?」
「――――――」
衝動が、スイッチを押した。




