勘
それは、天使。
幼い未発達な身体に、白い両翼。宙にはためき、じっと見つめている。
その光景に、ティティも瞠目している。
「………」
ジェイデンは、その容姿に見覚えがあった。透き通る肌に澄んだ空の瞳。そして、赤黒い柔らかな猫っ毛。造形も瓜二つだ。
それが、数体。周りを取り囲んでいる。
「――え?」
いきなり、その全てが。強力な磁石に引き寄せられるようにバン!と一斉に地に落ちた。そして、起き上がることも動くこともない。
二人には何の変化もない。
「こんにちはぁ」
「!」
沸いた声。何の気配もなくにゅっと現れたそれに、ティティの身体が揺れた。
「あぁ、ごめんなさいねぇ。ぼく、そっちのミドリの子の知り合いなんですよぉ」
狐の面を被る白蓮。見た目は十分すぎるほどに不審で不気味だが、ティティは瞬時に張った警戒を解いた。
「初めまして、私はティティ」
「どぉもぉ、白蓮ですぅ」
不安定な奇妙さだ。正直、不気味。
「……ハクレン?」
名を聞き直し、その姿を確かめるようにじっと眺めた。
「ぼくが何か?」
「もしかして、君……プレミアの絶滅種?」
しばし、曖昧な沈黙が流れる。
「……どうして、そう思われました?」
「勘かな」
「……勘?」
「私の勘は当たるんだ」
そのチャーミングな笑顔が身体の隅々に巡って感じる頃、白蓮は声を漏らして笑い始めた。
「っくくく……」
そして、スルリと面を取った。
素顔は、笑っている。
「素敵な勘をお持ちで」
「そう?ありがとう」
「面倒かけてすいませんでした。この子、うちで預かってたんですよ。目が行き届かずお恥ずかしい限りです」
「……そう。それなら安心だよ」
二人の間で、二人の会話が成立する。それは、絶妙なバランス。
白蓮は、離れたところに転がっている拳銃に気が付いた。
「これ、そちらさんので?」
「あぁ、ありがとう」
ひょいと投げたそれを、ティティは片手でナイスキャッチ。そのままコートの奥へしまい込んだ。
ピュウ、と口笛を吹く。すると、颯爽と翼が舞って現れた。
「あ~らまぁ!これはこれは……」
白蓮は思わず感嘆を漏らした。
「ローザっていうんだ。私の相棒」
「あっはは!白馬ならぬ『銀翼のペガサス』ですねぇ?こっちの方がかっこよくてええわぁ~」
「だってさ?よかったね、ローザ」
たてがみを撫でると、甘えるように頭を寄せる。
美しい毛並み。愛され、手入れされているのがわかる。瞳もこの場にそぐわぬ穏やかさだ。
「――元気でね」
ティティからジェイデンへ。それは、願いを込めた笑顔。
何かが……呼び起こされる。
「それに私たち、また会えると思う。――勘だけどね」
パチンとウインクを決めると、高い背に颯爽と跨った。「ひゅう」と白蓮の口が鳴り、大きく開いた銀翼でふわりと宙に浮く。
「ハクレンさんもお元気で。君ともまた会える気がするよ」
「……ぼくもですよ」
その言葉に、美しい笑顔が輝いた。
「じゃあ、お二人ともお元気で!」
「また会おう!」と手を振り、笑顔を残して。ティティは飛ぶように彼方へ駆けて行った。
見送ったその姿は、あっと言う間にいなくなった。
白蓮はその瞬間までじっと見ていた。笑顔で、まるで、捉えて逃がさないように。
「んじゃ、きみはとっととおさらばや」
パンと手を叩くと、有無を言わさずジェイデンは消えた。
「……さぁて、と……」
残ったのは、落ちた天使たち。
それは、誰がどう見てもジュリア。彼の愛しい、ただ一つの光明。時が当時で止まったような、幼い頃のままの姿。
しかし、同じではない。
向ける顔が、まるで違う。彼の性が剥き出しだ。
天使を落とした張本人こそ――この白蓮。顔から笑みは消え、はっきりと琥珀が開眼しているが、この顔は普段表れることはない。特に、彼女の前では絶対にあり得ない。
「姫さんなら、きみら全員拾い上げて、守っていくんやろな。たぶん、ぼくにもそう言うやろ。……でも、姫さんはここにはおらん」
白蓮は、既に大量の天使を葬ってきた。彼以外にも、突入した多くの者が慣れ親しんだ天使たちを手に掛けている。
「ぼくが欲しいのは姫さんだけ。――きみらは、いらんねん」
見離し、捨て去る声。それを合図に、落ちた全てが消滅した。
「―――――」
パチンと指を鳴らすと、一面に紅蓮の焔が広がった。
燃え盛り、充満する焔と煙。白蓮はすっと面を付け、姿を消した。
後には、何も残さずに――




