呪い
「……まぁ、結婚は難しいか」
「愛人契約なら受けるのじゃがの」
「ぐおふっ!?」
酒が喉に詰まり、ガチャン!と大きな音が響いた。奥に入っていた千が何事かと驚いて顔を出す。
「汚ないのう」
「……あ、愛人だぁ……!?」
千が「大丈夫ですか?」とおしぼりを差し出す。又吉は「あぁ、わりィな。気にすんな、あとはやっとく」とそれを受け取ると、濡れた口周りと噴出したそれでびしょ濡れになった辺りを拭いた。千は少々心配そうに後ろ髪を引かれつつ、再び準備で奥へ戻って行った。
また、目が語る。
「何じゃ今更。自慢の耳で聞いておらぬのか。各地にゴロゴロおるぞ」
「はぁ!?なんじゃそりゃ!!止めろよ!!」
「止める意味がない。元々がそうであろ。主も知っておるではないか。何故姫だけ特別扱いする」
そう言われると、ギクッとする。
「いや……そうだけどよ……」
「古い連中は『面白い!』とゲラゲラ笑って、喜んでイロにしているようじゃ。まぁ、姫の『愛人』がどんなモノかは知らぬが」
動揺する又吉を横に、清明は悠然と酒を呑む。
「……って、〝ゴロゴロ〟?」
「姫が『誰かのモノ』になると思うか?当然、同時並行で複数契約じゃ」
「………」
「姫を前に『独占』など若輩者。まだまだ青二才じゃ。アレを好んでイロにするような輩は、当然、曲者の大物ばかりぞ」
唖然とする顔に、ニヤリと挑発的に笑った。
「姫は『奥さん第一主義』での。既婚の場合、愛人になるのもするのも奥方の許可がいる」
「はあ?」
「あと、許可があろうが何だろうが、妾は断る」
「!?愛人は良くて妾は駄目なのかよ!?」
「らしいの。蝙蝠の若にも『愛人ならいい』と申しておるらしいのじゃが、本人が受け入れられないらしくての。何せ、本命一筋じゃからの」
「…………しんっじらんねェ」
又吉は、カウンターに崩れ落ちた。
「そりゃ傷つくぜ。ふつーにフラれるよりキツイ。本命に告って『愛人なら』って、そんなことあるか!?」
同じ男。焦がれる想いを知っているだけに、同情を禁じ得ない。
「血か?これも血か!?血なのか!?」
「ついでに言うと、蝙蝠の頭は『顔がよければ』男でも女でも囲う、とんでもない色男だ。その眼に姫が止まらぬと思うか?」
「…………うそだろ」
丸く見開かれた異彩が、ゆるゆると起き上がった。
「しかも、この嫁が『天下無双の美女』と呼ばれる稀代のくの一での。これがまた、『美しい』ものに目がない。若い蕾と若いツバメを侍らしておる」
「……………」
「権力者のお手付きになった者は後に大成する。それは忍の里でも、どこでも変わらん。ああいった田舎は奔放じゃしの。姫とは相性がいいのであろ」
「……………」
「しかし、何故アレとアレからアレが生まれたのか。甚だ疑問じゃ」
「…………。はぁ――――――――」
重いため息。とんでもない重力を放っている。
それを隣に、清明は思い出していた。
『私、子供できないから。だから、結婚はしない。子供ができないなら結婚する意味ないしな』
『お妾も、子供つくらなきゃだろ。だから、私は妾にはならない』
今までは周囲が断ってきた。しかし、最近自分の口で言うようになった。
本来なら喜ぶべき、自身で定めた己の意志。それは、とても哀しかった。
「妖も性質が悪いだなんだと言われるが、神には負ける。あんなの呪いじゃねェか。あの能力があったとしても、『神に愛された』なんて美化しすぎだ」
身も心もオープンで、壁がない。そんな彼らだからこそ、縛りつけ、閉じ込めようとする。自由に空を羽ばたく鳥を、籠の中にしたいと願う。
最大の制約は『血族同士でしか子を残せない』こと。一般では禁忌とみなされることが、彼らの生きる道。
その宿命からか。血族の結束は非常に強く、独特の家族感を持っている。
「力が強いやつほど、なぜか子が出来にくい。近親婚を繰り返した結果か、あいつらの力はみるみる強くなった」
「…………」
『子供を産めるのは女しかいない。女にだけ許された特権なの。だから、子供を産むことが女に生まれた最大の幸せなのよ』
それは、遠い昔に聞いた言葉。今も忘れない。それはもう、心底誇らしげだった。
「ヨシノができたのは、サクヤが男だからだと思ってた。あそこはまさしく『女系』。直系に生まれるのは女ばかりで、そりゃーもう強かったからな」
初めて『サクヤ』となった男当主。そして、彼の愛娘『ヨシノ』。彼らはその存在を刻み込み、決して忘れられることはないだろう。
「お嬢は『証』みたいなモンだ。お嬢に会って、あいつらが言ってた本当の意味がわかった気がする」
「………」
「元々、全員家族だからな。わざわざ結婚すんのはややこの為、みたいなトコあったけど……」
「それでも、まだマシじゃ」
「ん?」
「姫は、他の血とも残せぬ。生殖機能がないからの」
「………〝ない〟?」
清明は、酒を呑んだ。
『子供が産めない私は、失格。役に立てない。だから、嫁には行かん。他で頑張る』
それも血なのかも知れない。執着が、そう言わせたのかもしれない。
でも、言わせたくはなかった。
「……お嬢は、いつまで生きれんだィ?」
それは、誰もが気になって、誰も言い出せないこと。
「あの一族は代々短命。神さんが早々に天に持ってくからな」
「………」
「当主直系は特に。『20まで生きれたら儲けモンのラッキーハッピー大往生』らしいからな」
その刻限は、日に日に近づいて来る。
「我らは、姫に重ねすぎておるのかもしれぬ」
「ん?」
「最近の姫に、それを感じた。己の為でなく、我らの為に。望まれるようになり、生きようとしているのではないかとな」
「………」
「確かに、似ておる。過ぎる程に。しかし、姫は姫。他の誰でもない。我らはいつの間にか。その影を追い、『替え』にしているのではないかと。そう思う時がある」
又吉は正面を向き、静かに酒を口にした。
「姫は、我らの心を映す鏡。そのものだと……そう思わぬか?」
「………」
二人は、視線を合わせない。互いに前を向いたまま。
「お嬢を見て、『あのまま生きてたら、こうなってたのかなァ』なんて思う。『重ねてない』とは、言えねェな……」
「………」
「おめェが頭抱えてるのは知ってる。岳が駆けずり回ってるってのもな」
「………」
「大天狗が集まったって聞いた。まぁ、鞍馬の呼びかけで、動いたのはお嬢か岳かだろ。――おめェも、かもしれねェが」
横目で覗けば、清明はうっすらと笑みを浮かべていた。
「おめェの言い分もよくわかる。おめェを助けてやりたいとも思う。でも――許せないっておいらが、まだいるんだよ」
僅かな声の震えを、清明はしっかりと受け取った。
「………神がなんだと、人のこと言えたモンじゃねェな。これはきっと、『もう許せ』ってことなんだろうよ」
理解はしている。でも、感情が言うことをきかない。そんな自分が嘆かわしく、呆れてしまう。躊躇いと抵抗が入り混じる、正直な吐露だった。
「……パンの顔をしたヒーローの話を覚えておるか?」
不意に、清明が問いかけた。
「パンの顔……あ――!ヨシノが好きだったやつな。困ってるやつに自分の頭分け与える!」
「そうそう。覚えておったか」
「思い出したよ!あー、懐かしい!アレ面白かったよなァ。頭が割れても平気なのに、水に濡れたらダメなんだぜ?っくくく……」
昔話に又吉は肩を揺らし、清明の顔もはっきりと綻んでいる。
空気がみるみる晴れ、花が咲いた。




