未亡人
「相変わらずの上玉だねェ。年ごとに色香が増してんじゃないかィ?」
清明は酒の手を止めた。
強い漆黒。挑発的な眼差し。その先には金と銀の異彩。
「相変わらずの軽口じゃ。客商売は主の天職であろうて」
「……それ、褒めてンのかィ?」
「そう聞こえるか?」
「………ですよねィ」
落胆の声に目を伏せ、クイと杯を傾けた。
――酒処『招き屋』。清明はここの常客だ。
この異形の持ち主、店主の又吉とは古くからの顔なじみ。ここに通い始めてからの、長い長い付き合いだ。
まだ開店前。椅子の脚は全て天上を向いており、いくら繁盛しているとは言え、この状態の店内には誰もいない。
「清明様。もう一杯いかがですか」
空になったそれを見て、従業員の千が声を掛けてきた。
又吉の態度は『働いている』ものではない。清明の隣で同じように酒を愉しんでいる姿は、それを放棄している。
「熱燗で頼む」
「畏まりました」
すっかり清明の好みを熟知した千は、それだけで準備を始めた。
「すまぬの、まだ開けておらぬのに」
「いいえ。お会いできて嬉しいです」
同じ美女でも極彩の色を纏う清明とは違い、高麗清雅で清爽優美。その美しさは『鶴』に例えられる。結いあげた黒髪に、簪が更なる輝きを添えている。
此処の酒は選りすぐりの絶品逸品ばかりだが、それと同じほどに彼女は全国各地から目当ての客を呼び寄せる。
「しかし、おめェさんも呑むようになったモンだ。昔とはえれェ違いだ」
「どうせ『似てきた』とでも言いたいのであろ」
「お、なんだィ。自覚あったのかィ?」
「側にいて影響されぬわけがなかろう。アレを何だと思うておる」
「ヘヘッ、そりゃそうだ」
景気良くグイと一気に行くと、「お千、おいらもくれィ」と空の徳利を振った。
「……なかなか良い見立てじゃ。主か?」
隣で「ふふん」とこれみよがしの笑みが浮かんだ。
「案外、まともな感性も持ち合わせておったのじゃな」
「あぁん!?」
又吉の趣味は着物。派手な色柄の女物を好み、常人ではありえない着付けをするにやけた男。そのこだわりはかなりのもので、一度した格好は二度としない。毎日、多種多様に組み合わせを変えている。――それもまた、客商売に合っているのだろう。
しかし、その個性が千にはない。きちんと彼女に合っている。
「『仕事だ』っつってようやくな。まぁ、なかなか時間がかかったが。それも仕方がねェ」
二人の目の前に「どうぞ」と笑顔で燗が差し出された。
清明は湯気を徳利から猪口に流し入れ、口に運んだ。熱が身体を下降していく。
「美味じゃ。抜群じゃの」
賛辞の言葉に千は「ありがとうございます」と頭を下げ、再び営業に向けて準備に戻った。
かたや店主は、美酒に興じている。
「お千もそうだが、おめェさんがそうなのもやっぱりアレかィ?」
「……アレ?」
「男はどうしても惹かれちまうだろ。『未亡人』ってのによゥ」
「わたくしは嫁いでなどおらぬが」
「似たようなモンだろ」
「どこがじゃ」
「おめェさん、あいつの隣で自分がどんな顔してたか知らねェだろ。そんでまァ、どんどん色づいてきやがってよゥ」
酒の手は緩むことなく、どんどん進んで行く。
「……ほれ。納めよ」
すると、影も形もなかったカウンターの上。巨大な酒樽がドンと木の台を鳴らした。
現れたそれに、爛々と輝く。
「おい、目」
「おっと。こりゃすまねェ」
これは、彼の感情の起伏で起こる現象。「目は口ほどにものを言う」とは、まさにこれ。
ふるふると顔を振れば、いつも通りに戻る。
「いやぁ~、ありがとよ。ちょうど切れそうだったんだ」
清明も大概の酒好きだが、この男も負けず劣らず。自身で店を持つほどだ。舌も肥えている。
「この味を覚えちまった常連は他のじゃ満足しねェかんな」
「おいらも後で晩酌に頂こう」と嬉しそうに歯を見せる。
座ったまま、クイと人差し指を動かせば。大岩の如き重量を感じるそれが魔法のように宙に浮き、客からは見えない奥に移動した。
「お嬢の初物じゃないんだよな?」
「……聞いたか」
「勝手に極秘扱いにしてるぞ。知られちゃエライコトになるからな」
店の至る所に商売繁盛の招き猫。店内の装飾は店主の好みで派手。
それと一緒に、粘土を色付けした謎の物体。なんとも異様な存在感が、増えている。
「しかしまァ、ますますエライコトになってンな。聞いたぜ?忍の里の若様に熱烈求婚されてるそうじゃねェか」
「連戦連敗じゃがの」
「あ、やっぱり?」
清明は、手元を一口で空にした。
「『嫁に来い』と言うのは数多おるが、アレは姫以外見ておらぬ。健気と申すか一途と申すか、ある意味阿呆でもあるがの。全く諦める様子がない」
「阿呆っておめェ……相手は『蝙蝠党』の次期頭領だろ?」
「そうじゃが、阿呆は阿呆じゃ」
「……それを言えるのはおめェくらいだよ」
その名を全国に轟かす『蝙蝠党』。『金さえ払えば何でもやる』と存在こそ知られているが、詳細は一切不明。それが、闇に暗躍する『忍』の腕の証明。数ある忍の中で『最強』の呼び声高い。
「『蠍派』に続き……か。二大巨頭を落としたとなりゃあ、もう怖いモンなしだろ」
忍と言えば「蝙蝠か蠍」と言われ、不動の地位を築く『蠍派』。
この二つの忍里は、創作に名が用いられるほど知名度が段違いに高い。
「大病の若様の命を救った大恩人。里じゃ崇拝されてるって聞いてるが、あの能力を見りゃあ当然だな」
「……姫が申したのか?」
「い~~や?耳に入ってくんだよ」
パチンとウインクし、ピンと立った大きな耳をピンピンと触った。
「この商売してると色々でね。酒の肴に、あって困るこたぁない」
「なるほど。相変わらずの噂好きじゃ」
「火のないところに煙は立たず、だぜ?」




