積年の恨み
「レイさ~ん。どぉ~もぉ~、ご無沙汰してますぅ~」
それは、草木も眠る丑三つ時。レイは最新鋭の機器が揃うトレーニングルームに籠り、調整を行っていた。
「お?ハクレンじゃねぇの。久しぶりぃ」
ぬっと現れた素顔に気付き、手を止めた。
半裸のハーフパンツ姿。鍛え上げ、絞られた強靭な肉体には無駄なモノが一切なく、まるで鎧のよう。
「ご挨拶に参りましたぁ~」
「そりゃどうも」
「しかし、いつ見ても見事なお身体で~」
「そうかぁ?傷モノだぞ」
鎧には、顔を背け、しかめるほどの生々しく痛々しい数多の傷痕。
「それが『世界と戦った立派な勲章』でしょう?姫さんが言ってましたよ。『だからパパはすごいんだ』ってね」
レイは少し驚いたような様子を見せた後……笑った。それは、彼が娘にだけ見せる顔。くしゃっと感情に潰れる、どうしようもない顔だ。
「それに、立派な鬼子母神ですこと。つい拝みたくなりますわぁ」
傷の他にも、彼の身体には多くが故意に刻まれている。それは、戦場で散った際の身分証明。戦場で生きる者なら皆が背負う代物。
しかし、毛色が違うものがある。
左胸の赤子を抱く天女。左腕には咲き誇るバラと愛娘の名、『樹理亜』。
それらは、どれだけ傷つけられようとも消えることのない想いと誇り。彼の命だ。
「そういえば、姫さんが初めて力を使ったのはあなたでしたねぇ。右腕だけ、綺麗にピカピカ」
ある日、レイの右腕にあった古傷が一切消えていた。本人も全く気付いておらず、偶然、フェルナンドがそれに気付いた。だから、それがいつそうなったのかは不明。
「つーか、本当に神出鬼没だな。ココ、入れたっけ?」
ここは、立ち入り禁止。隔てる扉の向こう側。
「それは企業秘密ってことで」
「企業秘密ねぇ。そもそもお前らに秘密じゃないことなんてあんのかよ?」
思わぬ指摘にハクレンは笑った。まさにその通りだ。
「雄玄は外出許可が下りずで。『ご挨拶出来ず申し訳ありません』とのことですわぁ」
「なんでアイツはダメでお前はいいんだよ?」
「立場が違いますもん。ぼくは分家、アレは本家。おまけに先代の忘れ形見。箱入りどころか南京錠付きの金の重箱入りの深窓の令息。このままいけば次期当主はほぼ確実の男ですよ」
「ふぅん」
「アレは世辞なしにほんまに出来た男です。見た目こそ『生き弁天』と謳われた母君譲りですが、中身は父君譲り。そのせいか、あの弟君――叔父君の入れようも相当です。……あの家は、ちょっと特殊で難しいんですわ。姫さんも気に入られてるから厄介……」
なぜか、レイは笑っていた。
「どうしました?」
「……アイツを見ると、思い出すヤツがいる」
「一体、どんな方で?」
「美人で評判だったな。なんでも『女が霞む』らしい」
「あっははは!それは光栄ですねぇ。本人はあの顔がコンプレックスなんで複雑でしょうけど。あっははは!」
「でも……女王や姫には敵わなかった」
神妙な空気に、ピタリと笑いが止まる。
「世界の評価がどうでも、あなたがそこまで言うその美貌……是非ともお目にかかりたいものですねぇ」
外れた冷たい青から、色が消えていく。
「傾国や絶世。その下に『美女』やら『美姫』やらが付くから褒め言葉に思えますが、実際は縁起が悪いことこの上ない。『国を傾け』『世を絶やす』わけですからねぇ。いやぁ、女性はほんまに恐ろしい。『男の影には女がいる』とはよく言ったモンです。政や表舞台に出るのはほとんど男ですが、案外、動かしてるのは女なんかもしれませんねぇ」
「………」
「『美人薄命』ゆぅのも、似たようなモンなんでしょうねぇ。『末長く幸せに暮らしました』は夢物語の中だけでしょう」
ゆっくり、ゆっくり。青が堕ちてゆく。
元の姿に、戻ってゆく――
「でも、ご安心を」
「………は?」
「うちの姫さんは、決してそんな目に遭わせません。とんでもない美人さんですけどね」
「……俺も、そのつもりだよ」
深い底へと引きずられる重りを消し去り、ふっと笑った。
「まぁ、ソコはお前らも一緒だな」
「いやぁ、もう、凄まじいモンですよ。ぼくなんて、姫さんのおらん人生は考えられませんしね」
「へぇ、そうか。俺もだよ」
「でしょ!?でもですねぇ、ちょっと聞いてくれはります?」
途端、息まいた。
「何?」
「雄はええんですよ。姫さんの幸せが自分の幸せってヤツですから。『姫様は私の心』とか、普通に真顔で言いますからね。この前も、皆さんの面前で『姫様はお美しい』とか平気で抜かしよるんですよ!しかも、姫さん本人に!信じられます!?素面ですよ!?しかも本気!!」
「俺も言えるけど?」
「つ~まり、レイさんレベルってことですよ!バカ呼ばわりされてるレイさんレベル!あのアホみたいな大真面目をバカにさせるなんて、姫さんくらいですよ!」
「さすが、俺のハニー。やっぱすごいってことだな。うんうん」
ここでも、さりげなく親バカを発揮する。
「問題はアイツらです!ま~あ、えげつない!ぼくと姫さんの幸せを許してくれないんですわぁ」
「ふぅ~ん?」
「独占欲と執着、支配欲と嫉妬の塊ですよ!もう、異常の異常!姫さんを自分のモンやと思ぉとるんです!今も姫さんを取られて、えらいこっちゃの大騒ぎなんですよぉ!」
「……へぇ?」
レイはいまいちわかっていない。この鈍さとマイペースも親子の共通事項だ。
「特に、今回は相手が悪い。ほんま、な~んであんなんが入って来たんでしょうねぇ?」
勢いが収束した。落ち着き、それでも確かに、静かに笑む。
「お会いになりました?」
「見た。けど、ジュリアにやられてぶっ倒れてた」
「あっはははは!さっすが姫さん!最高ですわぁ!」
手を叩いて散々笑うと、いきなりスッと波が引いた。
「お見立ては?」
「ヘボ」
「あっはははは!さぁすが、姫さんの父君!ざっくりいきますなぁ!」
「しかし、お前らもよく堪えたな。被害は測定不能って聞いたぞ。まぁ、おかげで俺がするまでもなく勝手に色々潰れてくれたけどな」
「別に、ぼくとしては他所でどれだけ人が死のうがどれだけ国が滅びようが、どれだけ被害が出ようが知ったこっちゃないですし、どうでもいいです。むしろ喜ばしいくらいですけど、迷惑被るんだけは御免ですねぇ」
気配から、それを感じ取った。今までとは、明らかに違う。
「ノエルから少し話聞いたけど……なに、お前ら仲悪いの?」
「悪いですね、破滅的に。修復の余地なしです。まぁ、その気もないでしょうけど」
「へぇ」
「うちのお偉いさん方はぶっ潰したくて仕方ないって感じですよ。なんてったって――」
笑みが、ニヤリとつり上がった。
「積年の恨みですからね」




