清明とサクヤ
深い深い山の中。そこを抜けると、開けた場所に出る。
切り立った崖の上。下には豊かな木々の絨毯、上には無限の天空が広がり、永遠と刹那を感じることが出来る特等の場所。
其処に、たった一人でそびえ立つ大樹。歴史を見守り続け、共に歩み続けた盟友。
「――寂しいか?」
そっと寄り添う、美しい極彩色。優しく、気遣うように問い掛けた。
吹いた風は。少し冷たく、少し切ない。
白粉の肌、漆黒のおかっぱ頭、紅い唇。そして、艶やかに冴え渡る絵にも描けない美貌。それらは飾る必要のない、天から授かった才。
清明は一人、月夜の晩酌を興じていた。なびく風が草木を揺らし、雅楽を奏でる。
月は大きく欠け、今にも分厚い雲に隠れてしまいそう。
「おいおい、独り占めすんなや」
風と共に岳が現れた。
「父君が帰って来たらしいなぁ?」
「らしいの」
対面にドカッと胡坐を掻いて座った。
「で、これは何なん?俺、今戻って来たところなんやけど?」
「姫を取られて、あのバカ共が拗ねておるのじゃよ。しかも、それを面白がって白蓮がちょっかいをかけておるのでの」
「あぁ、道理で空気が悪い……」
「――で、説き伏せたかえ?」
挑発的で、心の内を見透かすような強気な瞳。それが、貫く。
「んな簡単に言うなや。めっちゃ骨折るんやで」
「北斗と久遠はまだ拗ねておるのか?」
大きなため息。それが、答え。
「アイツらもそうやけど、なんやかんやでやっぱ納得いかんのやろ。どのツラさげて的な?……まぁ、わからんでもないけどな」
向けられたそれに、岳は苦笑した。
「勘違いすんなや?俺は幻滅されるなんて絶対嫌やからな。約束はちゃんと守るし、お前は正しいと思う。そもそも、俺はお前を支える為におるんや。俺はいつもお前側、お前の味方。いつ何時も、お前に添う」
「………」
「それは、アイツらも一緒。ただ、精一杯の反抗がコレなんやろ。可愛げがあるくらいで大目に見たれ」
「いい年して、可愛げも何もあるものか」
「……ははははは……」
尤もすぎる言い分に返す言葉はなく、ぎこちなく引きつった顔とヘタクソな笑いを返すしかできなかった。
風が、頬に触れる。まるで、撫でるように。慰め、包み込む。
「お前こそどうなんよ、あの問題児。アレこそお前じゃないと手に負えんで」
「逃げおったわ。捨て台詞を吐いて」
「あぁ……」
その光景が、目に浮かぶ。
「あいつ、ココ大嫌いやもんなぁ。だーい好きなお前がおるのに一切近づかへん。……まぁ、『うわ――、睨んでる――』とはバリバリ感じるけどな」
それは、今も。リアルタイムで継続中。
清明も気付いているはずなのに、流している。
「確か、大陸から流れてきたんよな」
「うちの狐は稲荷の眷族が最大の徒党。アレもなかなか縄張り意識が強い。他所者は入れたがらぬ。それに〝アレ〟じゃからの」
「それで、うちでも弾かれ……お前が拾ったと」
清明は、杯から全てを喉に流し込んだ。
「なるほど、これで合点がいった」
「………」
「大陸は四神とその眷族による独占支配。逃げ捨てた大嫌いなモンが、目の前にひょっこり現れたわけや。しかも、それを拾ったのがお嬢」
「………」
「お嬢は、まんまソックリや。あいつがお前を昔の名で呼ぶのも、独占欲からくる執着やろ。お前は結局、あいつを選んだわけやからな」
「………」
「『清明』と『サクヤ』は魂で繋がった二人で一つの運命共同体。お嬢風に言うと『ソウルメイト』ってやつやからな。そりゃまぁ、腹も立つわな。一族とはまた違う特別な絆がある。双樹なんかも、どーも繋がってるっぽいしな」
本人は未だ否定しているが、その資質はきちんと持ち合わせている。
「北斗にせよ久遠にせよ、どれもほんに成長せぬガキばかり。歳を食ってるだけに頭は固いし、姫の方がよっぼど利口で大人じゃ」
それには岳も静かに同意した。しかし、こんな物言いが許されるのは彼女だからだ。
此処に来るまでも痛いほど肌で感じ、事態の難しさを改めて認識した。
「そんな我儘で尊大な頑固なガキに酒などやらぬ。ほれ、呑むぞ呑むぞ」
気を取り直し、パンパンと手を叩く。それを合図に、使いの童子が現れた。
童子と言っても、肩にチョコンと乗れる小型サイズ。稚児装束の小さな身体が、それぞれ徳利やら杯やらを抱えている。
「………おい。ちょっと待て」
猛禽が、暗闇の中で目をつけた。
清明の片手で空になった徳利。それを取り上げ、クンクンと匂いを嗅ぐ。
「………コレ、何?」
「姫の初物じゃが?」
「はぁぁぁあ!?」
奥底から込み上げる感情が声になり、静寂に轟いた。
「じゃが?とちゃうやろ!そんな貴重なモンをなんで独りで呑むねん!分けろ!俺だって呑みたいわ!……うわっ、空っぽやん!ありえへん!」
徳利をひっくり返しても、一滴たりとも出て来ない。
「ちょ、お前ら!お嬢の酒、これだけか!?他にないんか!?」
童子たちに向けられる、動揺と困惑と懇願。
「ありますけど、ありません」
「はぁ!?何それ、謎掛けか!?」
「違います。そのままです」
「意味がわからん!」
それに答えたのが、ふんと斜に構えた清明。
「これは姫からわたくしへの贈り物なのじゃ。独り占めして当然じゃ。誰がやるものか」
「えぇ!?何それ!?」
「頑張るわたくしへの御褒美なのじゃ。――何か、文句あるかえ?」
「――――」
少し瞠目した後、岳は声を漏らして笑った。
「……ほんっと、お前……」
「なんじゃ」
「……あいつに、似てきたなぁ……」
「……五月蠅い」
静かな空気に、愉快な笑い声が染み渡った。




