黒
「あ、にぃに」
「ノエルじゃん」
「………ノエル」
まるで、童話から飛び出した王子様。優れた容姿にモデル体型、華やかな気品。『王子』の要素は全て兼ね備えている。
ブラックスーツの背景には、なぜか花。彼のオーラなのかもしれないが、これを背負える男はそうそういないだろう。
「にぃに、お仕事は?」
「ちょっと休憩。マクシミリアンとフランツさんにお任せしてきた」
「そうなのか。やったな」
(……出たな、『ロイヤル兄妹』……)
この絵になるツーショットは、夢見る乙女の羨望の的。男のレオンでも気圧される。
ジュリアから「お兄ちゃんが二人いる」とずっと話に聞いていた。彼女と会い、話をするのは必ず大和と共に国に訪れる時。そこには当然、レオンの兄もいる。『私のお兄ちゃんだってスゴイんだぞ。ゼッタイ負けん』と妙なライバル心を持たれていた。
レオンの兄も、自分とはまるで似ていない。しかし、この兄妹はその上を行く。
――それも当然。なぜなら、この三人に血の繋がりは一切ない。
ジュリアはそれを知っていて、それでも「お兄ちゃん」と胸を張る。
(でも、これは育ちか?ミョ~~に似てる気がすんだけど……)
父と兄二人。じゃれあう彼らを見ながら、レオンはある二名を思い出した。
(『任せた』ってことは、同じってことだな)
ノエルは『情報』のトップ。ブレーンだと聞いている。その代わりができるということは、それなりの実力者なのだろう。
(確か、『パパに指示出す』って言ってたな。……なるほど、毛色がまるで違う)
あの二人と同じようにノエルはブラックスーツ。おそらく、インテリジェンス陣はドレスコードのようにこれを着ているのだろう。
彼らは――『黒』だ。
(……ん?)
そこで、レオンが捉えた。
ぬっと現れた浅黒い影。「あ――――!」とジュリアが指を指す。
「……ただいま、ジ――うっ!」
激突した衝撃で息が詰まる。
190超えの精悍な男。陽に焼けた髪が肩ほどまでラフに伸び、流れる前髪が片目を隠している。名は――フェルナンド・アルバ。
「おかえり。めっちゃ久しぶり。もっと帰って来てよ、ショボンだぞ」
「ははっ、ショボンなの?……ごめんね。でも、ありがとう」
胸元で見上げる愛しい懐かしさ。
瞳に宿るのは彼によく似合う暖かな茶色。それを優しく溶かし、頭を撫でた。
(それにしても……)
肌がピリピリと痛む。この感じは、ここに来てから二度目。
最初は、マリと会った時だ。
「…………」
初対面のこの三人。彼らは「高い」というよりも「でかい」。おそらく、元軍人か何か。特殊な訓練を受けたであろう痕跡が色濃く身体に残っている。
「ジル、本当に大きくなったね。今、どれくらいあるの?」
「185」
「ノエル、お前どれくらいだっけ?」
「189です」
「じゃあ、このままいけばいつかノエル抜くんじゃない?レイさん高いしね」
「でも、にぃにこれ以上伸びるの反対なんだ。タキもサンディも太らないならこのままでいろって言う。マリたんにもノヴァっちにも反対された」
「えぇ!それはヒドイな!ノエル、なんでだ!」
異議を唱えたのは、親バカのバカ親。ある一種のモンスターだ。
「体重が増えないからですよ」
「ハニー、体重いくらだ?」
「今日は28.6」
「!?」
目を剥くフェルナンドを他所に、やはりここでもバカは健在。
「増えてんじゃん。何がダメなの。いいじゃん。なぁ?」
レイの問いかけにユーリーは一つ、コクンと頷いた。――この男も、例に漏れずバカ。
ジュリアの問題は内にある。
全く読めていない現実にノエルは頭を抱え、フェルナンドが助け舟を出した。
「ちょっと……それは俺もノエルに賛同しますよ」
「フェルまで!?お前まで何でそんなコト言うんだよ!」
レイの異議に、ユーリーも「なんでだ」と呟く。妙にドスがきいている。
「この身長でこの体重はあり得ませんよ。ジルは元々軽すぎるんです。正常な成長じゃありません。ここで調整しなきゃ、後遺症どころか生命の危険さえあります。普通は死にますよ、そりゃ止めますって」
バカ二人の頭上にガッシャーン!と雷が落ちた。それを聞いていたシェリーも、一瞬にして顔面蒼白。
「ハニ――――!死んだらダメだぞ―――!!」
ガッと娘の両肩を掴むと、ものすごい勢いで揺らし始めた。その度に前後への遠心力で首がもげそうになる。
「ちょ、ちょっとストップ!待って下さい!!」
ギョッとしたノエルが咄嗟に制止に入る。と同時に、フェルナンドがグイと後ろから羽交い絞めにしてレイの動きを封じた。
「なっ、フェル!?」
「心配なのはわかりますがね、やりすぎです」
解放されたジュリアは「大丈夫?」とノエルに顔を覗かれている。
「大丈夫。バッチグー」
しっかりと親指を立てると「パパ、私はピンピンだぞ」とブンブン両手を振って元気アピール。
そこで、レオンが引っかかっていたことにノエルが気付いた。
「……なぜ、彼はあそこに?」
「あ」
今の今まで、すっかり忘れていた。
ノエルが示す先には――倒れたまま放置のジェイデン。
(…………すまん)
心から、申し訳なく思った。
「なぜこんなことに?」
「それ、私がやったんだ」
「え?」
当事者本人が答えた。何の悪びれもなく、あの鉄の美貌で。
「そうそう、さっきの攻撃は見事だったぜ~!」
「攻撃?」
今までと打って変わり、パァっと顔色が輝く。これは決まって、彼が娘を自慢する時に出現する。
「それがさぁ、ノエル!聞いてくれよ、すごかったんだよ!ハニーの蹴りが急所に直撃でさぁ!まさに一撃必殺!さぁすが、俺のハニー!」
「なぁ?」とユーリーに振ると、嬉しそうにバンバンと背中を叩く。
「……うん。……さすが」
二人を前に「ほんと?ほんと?」とジルは子供のようにピョンピョンと飛び跳ねている。
(……いつから……?)
レイの声で、レオンは初めてその存在に気付いた。今の台詞からするにそれ以前から既にいたのだろうが、これだけ目立つにも関わらず全く気付かなかった。
よくよく考えてみれば、ユーリーもそうだ。
「………はぁ」
ノエルは状況を理解し、嘆息した。
「……私は、何かをどこかで間違ったのでしょうか……」
思わず吐露する悩み。
この三人が揃った時のネジが抜けた天然暴走振りは相変わらず。日々、うなぎ昇りの右肩上がり。そんな彼らの制止役でもあり、暴走怪獣の教育係でもあるのが――このノエル。
ノエルにとって「ジュリアを立派なレディにする」ことは使命に近い。だが、それが最近ほとほと上手くいっていない。
その苦労を察し、フェルナンドはポンと肩を叩いて労った。
ノエルは感謝の微笑を返すと、それを後押しにジェイデンの元へ歩みを向けた。
「で、ハニー。聞いたけど、力を制御中なんだって?」
「そう、コレ。私、加減が出来ないから加減の特訓中。身体で覚えるんだ」
見せたのは、左手首。透き通る肌に腕輪のような模様。
「え、タトゥー!?お前、やっちゃったのか!?大事な身体に傷つけたらダメじゃん!」
「ちがーう。タトゥーじゃなーい」
「え、違うの?」
きょとんと首を傾げる。
「フランツには『ソンゴクーの輪っか』って言われた」
「ソンゴクーのワッカ?何だソレ。ユーリー、知ってるか?」
問われて、横に振る隻眼。
(……ソンゴクーって……)
(ジルをサル呼ばわり。あいつらしいけど、コレは……)
横目でをちらりと覗けば。美しい王子の貌に静かな怒りが浮かび上がっていた。
(……ノエルにとって、ジルは『聖域』だからね……)
全ては愛故に。この兄も、実はバカと遜色ない過保護と心配症。そして……
(向こうに知られたら、本気で殺されるぞ)
「デザインがタキで、私がモチーフだって。パパのマネ」
「……俺?」
「シュリがどこでもいいって言ったから、最初、パパと同じ指にしようとした。そしたら、みんなにそれはダメだって言われた。だから手首。おっしゃれ~、なんだぞ」
もしここにタキがいれば、鼻高々で口上を述べただろう。
「指って……これか?」
「そう、それ」
それは、彼の左薬指に施されたタトゥー。指輪のように小さな文字が刻まれている。
「それ、どうなってるの?」
問いかけた興味に、くるりと空が彫像を見た。
「塗ってる」
「……塗ってる?」
「シュリが作った特殊な液体。マニキュアみたいなの。今は乾いてシールみたいになってる。専用の液じゃないと外れない。これを塗るだけで制御だけじゃなくて体調管理も出来る。自動的にデータを計測して、これを通して遠隔処置も出来る。とにかくすごい」
そこに含まれる高度な技術をしっかりと理解できる者は限られる。ジュリアをはじめ、大抵の者は意味がよくわからず、わからないからこそ「すごい」と言う。
しかし、彼は違った。
「それは……すごいね」
「だろだろ?シュリは天才だからな。魔法使いだ、すごいんだぞ」
自分で言って、何度もウンウンと頷く。そして、友人の自慢話をつらつらとレイやユーリーにし始めた。
「あ、そうだ。にぃににはもうしたけど、みんなにまだ紹介してないな。これが私の友達――レオンとシェリー」
ぞろりと向いた顔の中、お化けでも見たかのように一つの光が瞠った。
「………オリビア?」




