ハニー
対峙する、空と黄金。
「二言はない。私に勝ったら、私のモノの『元・お前のモノ』を返してやろう」
「………」
「単純明快、シンプルでいいだろう。膝や手をついたり倒れたりしたら負けだぞ」
二人の間、邪魔にならない場所に『審判』レオン。壁際の端っこ、安全な場所に『観客』シェリーがいる。
「私が女だからって手加減するなよ。私はお前より強い。全力できて何の問題ない」
「…………」
「それを負ける理由にされたら堪らないし、それで負けたら意味がない。どんな立派な正論も美学も信条も、負けたら全部ただのゴミ。無意味で無用のクズのカス。今のお前みたいにな」
そして最後に、「よっしゃ、ドスコイ!」と四股を踏んだ。
終始棒立ちだったジェイデンと真正面から向かい合う。
(ほんと……変わったよな)
以前の寝たきりとは雲泥の差。まだ表情はないが、かなりいい傾向だ。
「お前が望むものは私を越えたその先にある。欲しいなら容赦するなよ」
ジェイデンは、聞いているのかいないのか。伝わっているのかいないのか一切わからない様相のまま、黄金にその姿を捉えていた。
(……ほんっと、コイツは……)
ジュリアは「ウス!」と武道の礼をし、そして、改めて前を見る。
(しかし、何か色々と混ざってねぇか……?)
思うところはあるが、レオンはそれをスッと抑えた。
「――始め!」
結果は、一瞬で付いた。驚くほど速く、驚くほど容易に。
瞬間移動のように間合いを詰め、長い脚がジェイデンの股間を直撃する。
硬直した身体はそのまま無抵抗に後方に倒れ、そのまま動かなくなった。
明滅の間に、全てが完全に決していた。
在るのは、倒れた一人の男。それを見下す仁王立ちの女。
重く、凍える沈黙。
「あっした!」
その声が、戦慄を解いた。
「ジル―――――!!」
声を張り上げ、ダッシュで駆け寄るレオン。
「お前なぁ!何てコトしてんだ!何だ今の攻めは!」
「急所を狙ったんだ。コレが一番いい方法。完膚なきまでに叩き潰す!だぞ」
「はぁ!?だからって、そんなえげつない方法取ってんじゃねぇ!」
足元で、ジェイデンは顔を真っ青にして昇天寸前の状態で転がっている。こんなに顔色を変える彼を見たのは初めてだ。
この状況を汲めるのはレオンだけ。シェリーはジュリア側だ。
「えげつない?どこがだ?これはめっちゃ平和的な方法だぞ」
「はぁあ!?」
「血が出ないし傷つかない。無血解決のめっちゃいい方法。名付けて、名誉方法」
「どこが名誉だ!さっきの礼は何だったんだよ!どこ行った!」
「礼に始まり礼に終わる。武道の基本で立派な精神だ。忘れちゃいけないんだぞ」
「だぁ~から、なんでそれでこうなるんだよ!これは卑怯だろ!反則じゃねぇのか!?」
「なんで?男とヤる時はココを狙えって教えられたぞ。一発で勝負がつくからって」
「はぁ!?」
「それに、弱点を無防備にぶら下げてるコイツが悪い。弱点ならまず守らなきゃダメだ。それか、チョン切るか?そうすれば弱点一個なくなるぞ」
「~~~っ!」
レオンを襲う、ただならぬ恐怖。彼女の言葉は全て本気だ。
「なんっつ~~、おっそろしいコト言うんだ、お前は!」
「おっそろしい?どこが?弱点はない方がいいだろ」
「男の尊厳を何だと思ってんだ!」
「地面に無様に転がるのが男の尊厳なのか?」
「っ!」
それには、思わず言葉が詰まった。
「レオン、甘すぎだぞ」
「え?」
「こんな甘ちゃんには厳しくしないとダメだ。世界は容赦してくれないぞ。勝てば官軍負ければ賊軍だ。それが世界のルールだ。正義が勝つんじゃなくて、勝つから正義なんだぞ。だから、勝った私が正しい。弱肉強食だ。これが世界基準」
「――――」
感情が、収束する。
澄んだ空が、レオンを見ていた。
「さぁ~すが、俺のハニー」
「!」
飛び込んで来た、笑う声。
瞬間、ジュリアは駆けた。勢いのまま飛びつき、胸に抱きつく。その姿はまるで、感動の再会を果たした映画の恋人のよう。
「パパ、おかえり」
「ただいま。つか、でっかくなったなぁ~」
軽々と長身を抱きあげる、若々しい男。20代に見えるこれが、正真正銘、間違いなくジュリアの実父――レイ・ガルディ。長身と、柔らかい猫っ毛は彼譲り。
「ハニー、元気だったか~?調子はどうだ~?どっか悪いトコないか~?」
「大丈夫。ここにいる間は毎日ちゃんと検査してるし、リハビリもしてる。トレーニングもケアもバッチリだ。勉強もしてるぞ」
「さぁ~っすが、ハニー!ほんっとにエライ!うん、天才!!」
見るからにデレデレ。人相が崩れ、溶けかけのアイスクリームみたいになっている。
久々の親子の再会。思わず目を背けたくなる、イチャイチャのラブラブタイム。
「みんな、私のパパ。か~~っこいいだろ!私の自慢、世界一のパパだ!」
降り立った彼女はわざわざ「じゃん!」と効果音を口に出し、父親にスポットライトを当てた。両の手をキラキラとはためかせている。
「そして~~、これがあんちゃんだ!」
(……う、お……)
続いてキラキラを浴びたのは、「あんちゃん」ことユーリー・レイゼン。2メートルを超える大男の迫力に、レオンは思わずたじろいだ。
相手を委縮させる、泣く子も黙る強面。金褐色の短髪にグレーの隻眼。服に隠れてその先は見えないが、右顔面から右半身へ。生々しい傷痕が縦に切り裂いている。
「あんちゃんは人気職業ランキングでトップ3に入るパイロットなんだ。しかもエース。みんなの憧れで、め――――っちゃかっこいい。私の自慢のあんちゃんで、ベルクート」
「……ベルクート?」
「あんちゃんベルクートで、私フェニックス。両方火の鳥。せ――のっ」
合図で、目の前から忽然とジュリアが消えた。
「私たち、『火の鳥兄妹』です!」
「……です」
ユーリーの頭上につま先立ちでジュリアが乗っている。二人を足すとものすごい高さになる上、揃って謎の変なポーズをしている。
(………なんだコレ)
「お―――!すげぇすげぇ!やるじゃ―――ん!」
これは、レオンがおかしいのか。レイもシェリーも拍手で絶賛している。
「ねぇ、パパ。この指とまれして」
「ん?コノユビトマレシテ?」
理解できない父親に「こう」とジェスチャーで教える。
「へぇ、これが『コノユビトマレシテ』」
間違った解釈をしたままのレイが真似て人差し指を立てると、その上にジュリアが軽く舞い乗った。まるで、小鳥が小枝と小枝を渡るように。
今度は謎のポーズではない。右足を軸に左足を真っ直ぐ上に上げ、Y字どころではないI字バランスを披露する。
(……サーカスか?それとも雑技団か?)
「おぉ~~~、ハニ――!すっげぇじゃ~~~ん!」
「すごい?バレエなんだ、バレエ」
今度は、今までの二人に加えてユーリーも拍手する。
「バレエは表現力も養われるんだ。それでこの前、劇で『木』をやった。堂々と木を演じ切ったぞ」
「おぉ~~~!お前が木を!すげぇじゃ~~~ん!」
スタンディングオベーションは続く。どこにもつっこみがない。
レオンは、完全に置いてきぼりだ。
ふわりと舞い降りると、まるで掴むように彼女の小さな頭にユーリーの手が乗った。大きくてゴツゴツして、傷だらけ。お世辞でも綺麗とは言えないそれが、ポンと可愛らしい音を奏でる。
「………でかい」
「うん、伸びたー」
「………すごい」
「ありがとー」
この二人は、動いて喋るサイボーグとマネキン。全く似てないが、とても似ている。
ポツポツと呟く朴訥の重低音。厳つさが僅かに和み、頭を撫でる。
「ハニー、もうおんぶしないのか」
「しないぞ。私、もうベーベちゃんじゃないからな。独り立ちしました」
つい最近まで、ユーリーの背中は彼女の特等席だった。強面の大男が天使のような美少女を背負って歩く様はちょっとした名物だった。
「その代わり、お手手繋いで歩きます」
そう言って、暇にしていた大きな左手を握った。
「一緒に歩く。これ、私の生き方。繋いで生きる」
そして「な―――っ」と、繋いだ手を超高速観覧車のようにグルグルと回し始めた。
(……え―――っと……)
何をどこから整理すればいいのか、レオンは全くわからなくなった。
何か、自分は大切なことを忘れている気がする。そう思った時――心強い味方が現れた。




