当主
「うおわっ!」
双樹は、飛び起きた。
寝起きだというのに瞳孔はギンギンに開き、ハァハァと息が荒い。
「………夢?」
夜空を眺めていたら、いつの間にか寝てしまっていたようだ。作務衣は汗でびっしょりと濡れ、草がこびりついている。
「あ~~~、も~~~」
頭を抱え、髪を掻き乱した。
「ほんっとにさぁ~~」
ここは、彼が見つけた。彼しか知らない、秘密の隠れ場所。春になると、美しい沙羅双樹の花が一面に咲き誇る。
こつこつと山家を建て、山男のようにひっそりと暮らしていた。元々いないような存在だったし、いようがいまいが一族もどうでもよかったのだろう。双樹自身も、『一族の為に』『国の為に』なんて他が当たり前にする生き方ができなかった。
このまま自由気ままに暮らし、自堕落に生を終えるのだろう。そう思っていた。
自分の人生を大きく変えた――二人の美女。
「ぐおらっ!」
「ったぁっ!!」
容赦なく、頭を思いきり叩かれた。痛みと共に現実に引き戻される。
「おめーはま~~~たこんなところで一体何をゆっくりしてやがんだ。あぁ?」
見下す、怒りに満ちた同じ顔。目は血走り、胸の前で合わさった拳がボキボキと不穏な音を鳴らしている。
「ば、万象……」
「当主はおめーだろうが。毎回毎回、なにトンズラこいてこんな所でのんびりしてやがんだ。えぇ?」
当主の穴を埋めるのが森羅。それを毎回引きずり戻すのが彼の役目。
「いやさぁ……ぼくと森羅なら森羅の方がしっかりしてて当主向きじゃない?そっちの方が世のため人のため――ったぁ!!」
さらに力強く飛んできた拳に、双樹は涙を浮かべて蹲った。
そんな様子に、万象は怒りを通り越して頭を抱えた。
「~~~~~ったく」
彼が逃げるようにこの場所に戻って来るのには、理由がある。
双樹は、自らが当主にふさわしいとは微塵も思っていない。当初から誰よりも強くそれに反対し、拒絶してきた。
結局は、力押しに根負けしたのだ。
その力は、絶大。他のどんな意見をもねじ伏せた。
溢れる否定の中で、自分を肯定する。そのまんま同じ顔が、自分を『当主』だと疑わない顔が、そこにある。
――だから、逃げてくるのだ。




