お前は死なせない
「マックス」
ジュリアからの呼びかけに、マクシミリアンは「はい」と普段に戻った。
「ユウはお前と同じ14なんだ。タメだぞ」
紹介され、互いに会釈を交わす。
言われなければそうだとは思えない。雄玄はそれ以上に大人びて見えるし、マクシミリアンはそれよりも幼く、可愛らしく見える。
ただ、共通点もある。
「お前はいっぱい背負い込んでるだろ。ユウもうちの若様だから、いっぱい背負いこんで苦労してるんだ。タメだし、お互い美人でベッピンさんだしな。合うと思って。ほら、あれだ。『男の娘』ってヤツだ。最近流行ってるって本で読んだぞ」
同時に、二人が襲われた。
脳天に大岩が落ちたような衝撃。上から下へ、ビリビリと。鈍く、重く響く。
ジュリアは「流行先取りなんてすごいぞ」と褒めているが、実際は全くの逆。そして、その事実に気付いていない。
「っくくく……姫さぁ~ん」
この二人は、揃いも揃って男とは思えない女顔を誇る。それは、彼らの抱えるコンプレックス。丁寧に扱うべきそこを、土足どころかスパイクで無遠慮にズカズカと踏み込んだ挙句、刀でバッサリ。
男性陣は、ほぼ彼らの味方。まだ『美人でベッピン』は許されても『男の娘』はいかんせんよろしくない。同情の心を寄せているが、例外が白蓮ともう一人。
「マクシミリアンなんて、もうそれも才能だからな。男だって方がムリがある。テオみたいにふっきればいいじゃねェか。巷で『美少女』とか言われてのぼせあがってるしょ―――もない自惚れブスとは比べモノになんねェ。お前が『男』をそこまで主張する意味がわからん」
マクシミリアンが『男』であることを否定する、容赦ないフランツのセリフ。ガン、と愛らしい顔色が変わった。
「テオちゃんね。今度ハニートラップ習うんだ」
「はァ!?」
ジュリアの予想外の発言に、フランツ自慢の低音が上ずった。それ以外にも、その単語の意味がわかる者は全員唖然としている。
「私、笑えないだろ。無愛想。これ、印象悪いんだ。だから、テオちゃんが処世術でハニートラップ教えてくれるんだ。私、パパのハニーだしちょうどピッタリだろ。これでもう一段階、レベルアップ。ポポポポーン」
全部を聞いて、白蓮が堰を切ったように笑い始めた。シェリーも「素晴らしい」と目が訴えている。この二人もジュリアと遜色ないどっこいどっこいのズレ様だ。
全くもって、『ハニートラップ』が何なのかをわかっていない。男性陣は、末恐ろしさに青く硬直した。
しかし、ここでもフランツはフランツ。我が道を貫く。
「まァ、使えるモンは使えばイイと思うぜ?お前、顔はイイし。美貌っつーのはこの世を上手く行く抜く才だ。上手くやんな」
そこに「ちょっと待って下さい!」と良識者・マクシミリアンが制止をかけた。
「さすがに……それは如何なものでしょうか」
彼の提言は尤もすぎる。ただでさえ天然の誑しなのに、これ以上はよしてほしい。色々と取り返しがつかなくなる。
「いいじゃん。つーか、俺はお前こそ習得しろよと思うけどな。そんだけの顔を無駄遣いってバカかよ。使えや」
「あ。じゃあ、マックスも一緒に習う?これ習ったら無敵なんだって。どんな権力者もツワモノもイチコロで掌コロコロだって」
ガン!ガン!と衝撃の大岩が二つまとめてマクシミリアンの頭上に落ちてきた。
掌の上で何かを転がしているジュリアの脅威に、戦慄がはしる。
「――姫様は、とてもお美しい」
全ての衝撃を越える、心臓を打ち抜く音。脳がグワングワンと揺れる。
真顔で、あの声で、雄玄がまっすぐ見つめて告白していた。
「姫様は、とてもお美しい」
繰り返された文句に、唖然。言葉もなく立ち尽くし、乙女の頬は本人の意思とはまるで関係なくポッと紅く灯った。
白蓮は膝から今にも崩れ落ちそう。苦しそうに悶えて、大爆笑。
「そうか?お前は嘘つかないから、ならそうなのかもな」
あの攻撃が、まさかの無効。簡単にスルーされた。
鉄の美貌は、無敵を誇る。
「それに、マックスも無色透明って言ってたしな。透明ってことは綺麗ってことで、『綺麗』と『美しい』は同義語だろ。うん、なるほどな」
(……〝無色透明〟?)
その単語に、レオンは少々引っかかった。
ジュリアはポンと手を叩いて自己完結すると「シェリー」と呼んだ。大きな瑠璃が、ピクンと動く。
「声出していいぞ」
「!」
紅が、真っ白になった。それは、今までで一番激しい変化。
「ユウの声聞いただろ?ここはうちの領域内だからユウの方が強いんだ。だから大丈夫。私もいるし、はーちゃんもいるしな。マイロから聞いたけど、お前は外で声が出せないんだろ?」
震える無言は、肯定。肌は白を越え、血色さえ失いかけている。
「大丈夫だ、大丈夫。心配しなくていい」
そう言って、彼女の両肩を支えた。
「怒られたら、私がガツンと言ってやる。アホぬかしたらはっ倒すから問題ない」
白蓮は豪快に笑い、レオンは「そんなことになったら大戦争だよ」と内心、慄いた。
「………………」
不安そうな瑠璃が、じっと空を見つめる。そして、揺るぎない強い漆黒を見た。
雄玄は、笑みを浮かべて軽く頷いた。
「―――」
向けられる強さに、不安の小波が止まった。肌も、彼女本来の白に戻っている。
そっと、小さな口が開く。
「――今までのご無礼、どうかお許し下さいませ」
それは、初めて聴く彼女の声。ここに来て初めて、彼女の口から発せられた音。
心に染み渡る、魅惑の美声。水晶を撫でる雫がハープの弦を優しく鳴らし、歌っているかのよう。
どんな名器も及ばない。世界広しと言えど、勝るものはそうないだろう。もしあるとしたら、今ここにいる『雄玄』くらいではなかろうか。
「フランツ、いいだろ」
「あ?」
「この二人は声もよくて顔もいい。お前に美意識にかなって、完璧だろ」
「……まぁな」
フランツは、タキ以上に厄介で面倒臭い高い美意識を持つ。自室に引き籠ってレアキャラ扱いされているのもそのせいで、「醜さは害悪」という極めて主観的な徹頭徹尾の信念で他者や社会を排除する。それはいっそ、『差別』に近い。
「お前は病的な絶対音感で大変だからな。いっつも耳塞いで楽しくないだろ」
「………病的は余計だ」
「あ、そーなん?覚えとく。ま、どうでもいいや」
「あ?」
カチン、と柳眉が動く。が、ジュリアは華麗に流して放置プレイだ。
フランツは生まれつき絶対音感を持つ。それがかなりの代物で、この世の全ての音を勝手に音階で聴き取ってしまう。だから、ヘッドフォンが必需品。不協和音は頭痛を引き起こし、音が溢れる場所は最も倦厭する。
「あとは、メイン。おもてなし」
「おもてなしって……さっき、サンディも言ってたよな」
「サンディには料理をお願いした。宴には料理が絶対だ。美酒があれば尚良しだけど、それは残念。ちょっとショボン」
「宴?」
レオンは首を傾げた。
「お前たちが来てくれたからおもてなし。だから、みんな呼んだ。ようこそいらっしゃいウェルカムパーティーだ。でも、みんな忙しくて手が離せないって。めっちゃショボン」
それは初耳。レオンもシェリーも全く知らず、全く気付かなかった。
実際のところ、人物が人物なだけあってテオから密かに制限が入った。だから、ジュリアの小さい友人たちは来ることができなかった。
今回集まったのは、全員『関係者』。
「みんなで集まってお喋りして騒ぐのは楽しいだろう。宴は、盛り上がるし話は弾むし仲良くなるし、めっちゃいいぞ。あと、作戦」
「……作戦?何だそれ?」
不機嫌の尾を引くフランツが、ジトっとした眼を睨むように向ける。
「名付けて『友達の友達は友達。レッツ群れを作ろう作戦』だ」
「……何だァ?そのセンス皆無のだっさいネーミングは」
それにはタキも激しく同意。これに「ダメダメ」「百年早い」などと言われたかと思うと、鬱々と沈みたくなる。
「友達はいいんだぞ。一緒に生きて行く仲間だ。友達いっぱい作って、仲間いっぱい作って、家族も作って、大切なモノいっぱい作る。そしたら、生きていける。死ねなくなる。特に、ジェイみたいな一人ぼっちの醜い死にたがりにはピッタリの作戦。私は、ミッションは必ず成功させる。男に二言はないが、女にも二言はない。私にも二言はない」
そう言って、ジュリアは力強くピッとジェイデンを指差した。
「いいか、ジェイ。耳の穴かっぽじってよく聞けよ」
その姿が、くっきりと黄金に写る。
「お前は死なせない。絶対に幸せにしてやる。それが、お前を拾った私の責任だ。だから任せろ。大船に乗ったつもりでな。ドーンとだ」
普通に聞けば、強烈な口説き文句だ。プロポーズも顔負け。勘違いする者も多いだろう。
しかし、気を付けなければいけない。――相手はジュリアだ。
彼女は呼吸するように口説き文句を吐き、天性の魔性で次々と相手を陥落させていく。ここで要注意なのが「ジュリアの言葉には嘘がない」と言うこと。これが決して「嘘じゃない」のが最大の難点なのだ。
(……ほんっと、性質がわりぃ……)
レオンは心の奥底から、そう思った。それが大半の意見なのだが、これも白蓮とシェリーはズレを発揮している。
ただ、ジェイデンもなかなかだ。このジュリアを相手にしても様相は何ら一切変わらない。
どうやら、無の鉄仮面は鉄の美貌と張り合うようだ。
「あと、食べる時は手を合わせて『いただきます』だ。終わったら、また手を合わせて『ごちそうさま』。頂く命と、作ってくれた人への感謝の心だ。これは、どんな時でも絶対にしなきゃダメ。忘れちゃダメだ」
ジュリアは、無言のジェイデンに淡々と述べる。
「生きるには同時に何かを犠牲にしなくちゃいけない。何の犠牲もなく自分が成り立つなんて不可能だ。自分一人の力でなんて生きていけないんだから、自分を取り巻く全てにちゃんと感謝しなきゃダメだぞ。生かされていることに感謝する、それが生を授かり生きる者としてのマナーだ。それが出来なきゃ、生きる資格なしだぞ。失格だ」
それが、ジェイデンに届き響いたかはわからない。彼の『無』は、何も教えてくれない。
でも、その言葉は確かに届き、響いた。
反応はそれぞれ。でも、思うことは同じ。『ジュリア』を知る者なら、全員。
一体、どこからこんなことを学んだのか。本からか、それとも誰かに教わったのか。それとも、本能か。とにもかくにも、彼女には驚かされる。
思わず深く考えさせられる、真理のような、倫理のような、哲学のような、そんな言葉。それは、いつも相手に何かを問いかける。
そんな自ら作った空気も、ジュリアは自ら壊して進む。
「じゃあ、始めるか」
それを合図に、賑やかな宴が開演した。




