暴走怪獣
「おーおー」
そんな中、新たな声が沸いて出た。
「相変わらずの言い様だなァ、オイ」
なかなか姿を見せることがない珍客――フランツの登場に、空気が染まった。
20代半ばの役者のような二枚目。容姿は文句なしに良いのだが、内面が滲み出てか「性格悪そう」「底意地悪そう」「神経質そう」「キツそう」を印象に抱える。
重厚なブラックスーツを首に引っかけた必需品のヘッドフォンでうまく崩す。全てが計算されていてバランスがいい。これがまた、嫌味なくらいに様になっている。
「しかしまァ、すげぇメンツ」
それは、口から出た本音。そう思うのも無理はないが、迎える側からしても彼の登場には驚いた。
「……へェ」
目ざとく、すぐにシェリーに目を付けた。歩み寄り、慣れた手つきでクイと顎を持ち上げた。
「話には聞いてたけど、すげェ美少女。――俺の手で鳴かせてみたいねェ」
はらりとブルネットの髪が流れ、楽器の声をしっとりと奏でる。語尾を伸ばすやけに残響する話し方は、心をそそる。
レオンを筆頭に周囲に戦慄が走ったその瞬間、ガン!と芯を崩す衝撃がフランツを襲った。
「この強欲エロ魔人。シェリーから離れろ」
この時ばかりは「ナイス!」とグッと拳を握りしめた。着物の裾をまくしたてた雑っぽさはここでは大目に見る。
出で立ちは変わっても、素行は何ら一切変わらない。
「ってェ……、何すんだコラァ!」
当然、不当な扱いに抗議するが、そんなものに聞く耳は持たない。
――既に、幕は開けている。
「いいか、シェリー。それからジェイ、お前も覚えとけ。コレが『ドス黒い眼つき』だ。この類には要注意だ、気を付けろ。それにな、こいつは性格が災いして残念ながらこんな顔なんだ。中身が外面に反映するいい例だ。反面教師にするといい」
「ちょ~っと待てェ!この暴走怪獣!」
それに、くるりと顔が向いた。
「暴走怪獣ってナニ?ダレ?」
「お前だよ、お前!お前以外にいるか!」
「へぇ。私、怪獣か。強くていいな。どうもありがとう。ガオー」
「ガオーじゃねェよ!つーか、褒めてねェ!」
的確な表現だが、そこにはしっかりと嫌味も込められている。しかし、ジュリアには伝わらない。それどころか、むしろ逆に丸めこまれている。
フランツは細い腰に手を回し、キスする仕草で身体を抱き寄せた。顎を持ちあげ、クイと至近距離で目線を合わせる。
空の先には、ヴァイオレット。
「どこがドス黒いってェ!?この見目麗しい瞳が見えねェか!?」
トーンを落とし、さらに音を響かせながら口説く様に囁く。
「話聞いてたか。私は眼つきって言ったんだ。読解能力養え」
「なっ…!お前に言われたくねェ!!」
どんな相手でも一瞬で陥落させてきた技も、この鉄の前では歯が立たない。
「私は毎日本読んで養ってる。勉強もしてる。私こそお前に言われたくない。お前の物差しで私を計るな。身勝手か。このスカポンタン」
「ス、スカっ……!?」
フランツが引いたその僅かな隙に、ジュリアは完全に主導権を握った。彼の頭の後ろに手を回し、グンと引き下げて一気に距離を詰める。
「っ!」
「目つきがドス黒くて、口が達者の無駄に顔がイイ男。要は、『口先顔だけ男』だ。それめっちゃ危険。性質が悪い。ミシェルが言ってた」
「お前にだけは言われたくねェ!つーか、誰だよミシェル!」
好き勝手に言うだけ言うと、ジュリアは手を離してフランツを捨てた。熱く興奮した背を、ポンとタキが叩く。
「……ドンマイ」
「はァ?」
「ミシェルはさ、『大天使ラブリン』シリーズの主人公だよ。確か、最新作の」
「だ……ハァ!?」
『大天使ラブリン』とは、ジュリアが大ハマりしているシリーズ物の児童書だ。
愛の守護者・大天使ラブリンが世界中で愛を紡いでいくストーリーで、最新作の第六巻『フォーリンラブは罪な罠』は、ラブリンと今作の主人公・ミシェルが協力し、悪い男に騙された親友を救い出すという内容。
「それに女を口八丁手八丁で騙す極悪非道な最低最悪男が出てくるんだけど、その男がビビるくらいお前なんだよ」
「ハァア!?」
「でな、ジルが『女の子は泣かせちゃダメだ。けしからん。被害撲滅!』ってなって、あいつの中で『フランツ=最低男』になったってわけ」
「ハァァア!?」
そこに「うるさい」とジュリアが水を掛けた。が、これは火に油。
「そもそもがお前だろうが!なに勝手なことしてくれてんだ!!」
「自覚ナシか?それは痛いぞ。改めた方がいい。じゃないと、お前が嫌いな醜い勘違いブスになるぞ。人のこと偉そうに言えないぞ」
「っざけんな!俺は超絶イイ男だっての!」
「自分で言うようじゃ大したことないな。救いようがない」
「ハァア!?」
「人に認めてもらってこその評価だろ。いくらお前がそう言ったって、他所様がそう思ってないんじゃただの自称だ。それ、虚しくないか?調子乗った自意識過剰だぞ。情けないし、見苦しいから止めとけ。自重しろ」
「誰が自称だ!」
「だからお前」
「~~~っ!」
熱量が上がり続けるフランツに対し、ジュリアはいつもと何ら変わりない。無表情の無感情で、淡々。機械化されたフライ返しのよう。
(……コイツ。本当に無敵だな……)
既にわかっていたことだが、彼女は本当に何モノにも恐れない。その態度には、むしろ周囲の方がゾッとする時がある。――これぞまさしく、ジュリア無双。
こんな時、やはり頼りになるのがアレキサンダーだ。少し重い足取りで二人の間に入る。
「お二人共、いい加減にして下さい」
そして、ジュリアに「おもてなしするんじゃなかったんですか?」と話を振った。
「お、そうだ。おもてなし」
鶴の一声に、ポンと手を叩く。フランツは再び放置だ。
「お、料理いっぱい。サンディ、ありがとう」
「お礼なら作って下さった皆さんに。私は運んできただけですから」
「うん、後で行く」
それは、彩りも鮮やかで栄養バランスも完璧。専門のチームが毎日精魂込めて作ってくれるものだ。
しかし、それもジュリアには無意味。食事をとらない彼女には無用の産物だ。
「パンばっかり作ってたら『栄養が偏る!』って怒られた。反省だ、ショボン」
そう言って、最近覚えた『反省のポーズ』でわざとらしく肩を落とす。
「シュリ」
その声に。アレキサンダーの後ろで、ピタッと動きが止まった。
「よく来てくれた。偉いな。ありがとう」
強引に腕を引っ張り、背中から引きずり出す。
「うん、シュリはいつ見てもめっちゃ可愛いな。デメキンちゃんだな。もっとみんなの前に出れたらいいな、もったいないぞ」
膝をついて短身に合わせ、両腕を回して抱きしめる。そして、愛でるように頬と頬をスリスリと擦り合わせた。
ジュリアは彼を「天才」と評すると同時に「可愛い」と言う。彼女はシェリーのことも「可愛い」と言うので、ちょっとばかし判断基準がわからない。
ここで、もう一人。珍客が現れた。
「う――わ。マジで」
フランツも感嘆を述べたその人物は――マクシミリアン。
「マックス、いらっしゃい。わざわざありがとう」
「いえ、こちらこそ……お呼び頂きまして。ありがとうございます」
背筋が伸びたスーツ姿は美しく、頭を下げるその仕草からは気品が漂う。
黒を着ていても、彼は白。それは、染めることが出来ない。
マクシミリアンは敬称や堅い物言いが消えない。年齢や立場など関係なく、彼の前では皆が平等。しかし、ジュリアに関しては本人がかなりしつこく迫った為に「ジル」と呼ぶ。これはかなり特例だ。
「紹介するぞ。モノ知り博士のマックスだ。ちなみにちゃんと男の子」
「え!?」
反射的に思わず声が出てしまったレオン。声こそ出なかったが、シェリーも小さく開いたお口を掌で隠している。
「そういやお前、コイツが男だってのが信じられなくてシャワールームに特攻したんだっけな」
「百聞は一見にしかずだ」
その結果が「ちゃんと男の子」だったわけだ。
(う――――わ。きっつ――――)
レオンの顔が思い切り引き攣った。
マクシミリアンの変貌を遂げた顔色が当時を物語っている。タキやアレキサンダーからはポンポンと温かい慰めと鼓舞が送られている。
「お前、ショックで気絶して寝込んだもんな。どんだけ繊細なお坊ちゃんなんだと思ったぜ」
(……いや、そらそーなるわ)
フランツはからかうようにニヤニヤと嗤い、白蓮も同様。しかし、その過去を見知っている面々はそうは思えなかった。同様の被害に遭っているのは、レオン、シェリー、ジェイデンを除く全員だ。
フランツの場合、自慢の身体を見られたところで別にどうってことはない。今まで女には散々見せているし、彼にとってジュリアは「女」ではなく「子供」。別段意識することではない。白蓮の場合、予想だにしない突然の行為で面白さが勝った。
アレキサンダーは「友達で秘密はナシ!」と奇襲に遭い、シュリガネーシャは「背中流すぞ」と風呂道具一式と共に突入され、中でも一番笑えなかったのはタキ。「裸の付き合いでなかよしこよし」とかなんとかで一糸まとわぬ姿で正々堂々と攻め込んで来た。
結果、組織のセキュリティ対策が格段に向上されることとなった。ここまで進化した裏には、彼女とのいたちごっこがある。
そしてここで――最大級のサプライズが訪れた。
「っくくく……来たな」




