帰還
(なっ……!)
その衝撃に、世界が塗りかえられた。わざと導火線に火を付けたとしか思えなかった。
対峙する獣と狐の眼。満ちる、独特の緊張感。
ピンと極限まで張り詰められた糸は、いつ切れてもおかしくない。
それを解いたのは、「ごめんなぁ」と笑う軽い声だった。
「急に話振ってもわからんわなぁ。ごめんごめん、勘忍な?」
一気に力が抜けた。……本当に、心臓に悪い。寿命が縮みそうだ。
「ところでジェイくん。きみ、なんで独りなん?ご両親とかご家族とかおらんの?」
「――――!?」
もう、魂が口から抜けて行くかと思った。いっそ、気絶させてほしい。でも、それだと世界が危ない。
無言を貫くジェイデンだが、微かに瞳が揺れた。
それを、見逃すわけがない。
「もしどこかで別れたなら、すぐに探しに行くわなぁ。なら、きみにはそうしない理由があるわけや」
二人の間から、重苦しい不穏な空気が広がって行く。チリチリと肌が痛い。
(ちょ、ちょちょちょ……!ハクレン様ぁ!?)
この展開は……マズイ。レオンの顔から本気で血の気が引いてゆく。
「話によると、姫さんが持ってるモンにやけにご執着とか。刀と、首飾りやったかなぁ?それとなんか関係あったりするんやろか。……例えば」
焦らす様に含みを持たせ、丸ごと味わうように笑った。ニヤリと、不気味に。
「形見――とか」
ジリリリリリリリリリ―――――
「っ!?」
轟く、明らかな異常音。危険を知らせる、ハザード。
『今すぐ身を隠せ!!』
「……タキ?」
緊急の全館放送が響く。
不穏な緊迫は解け、互いに視線が外れる。ジェイデンさえも顔を上げてどこかを見ている。
『目を離した隙に、シャワールームからジルが脱走しやがった!』
「はぁ!?」
思わず、反射的に声がついて出た。
『今からトレーニングエリアを完全に封鎖!ただ、どこに行くかわかんねぇ!安全確認が取れるまで全エリアを警戒レベル5に引き上げる!全員、すぐに目塞いで隅っこにしゃがんで待機!いいな!絶対見るなよ!!』
そして、ブツッと途絶えた。
シン――と静まり返る。
「……な、何ですか……?」
レオンは、まるで状況が把握できていない。半ば呆然だ。
「っくくくく……」
先程の緊迫はどこへやら。白蓮は身体を抱えて噛みしめている。
「……ハクレン様?」
「……あ~~、姫さん。ちょいちょいやらかすんよね、昔から」
「はい?」
「風呂の後に服着んと走りまわる子供おるやろ?アレや、アレ。元々血筋的にも開放的で、そうゆうの気にせぇへん気質みたいでな。素っ裸で暴走なんて日常茶飯事。おかげで怪獣扱いや。っくくく……」
「……なるほど。それで、『絶対見るな』ですか」
その後は……想像しただけで恐ろしい。いや、想像するだけでもアウトだろうか。
彼らは『暴愛』に並ぶ『盲愛』として有名な一族だ。ただで済むとは思えない。
「でも、最近はなくなってたんよ。うちでもこっちでも熱心に指導してたからな。これは――」
「?」
「帰ってきたかな」
「……何の音?」
「ジュリアだよ」
「ハニー?」
この特別を許されたのは、世界でただ一人。
褐色に染まるオリエンタルな造形。鼻筋が綺麗な横顔は三日月に例えられるが、本人は非常に嫌がる。
白衣に流れる烏の如き黒髪。中年男性が避けれは通れないクタビレ感満載で、疲労困憊。脱力し、壁にもたれかかって立っている。
「悪い癖が出たな」
「悪い癖?」
宙に浮かぶ漆黒の大型バイクから、フルフェイスの全身黒装束が慣れた仕草で降りた。
身長は190後半とかなり高く、厚みもある。それが特別に思えないのは、迎えた方もそれとほぼ拮抗しているから。
手首に軽く触れると、バイクと装束が突然消えた。
黒装束からラフな普段着へ。柔らかな太陽の猫っ毛。そして、クールなアイスブルーが光る。
同じ時代を生きたはず。なのに、対峙する相手は格段に若い。
「お前が出て行く時も。帰って来た時も。遮断壁に向かってガンガンぶつかってる。まるで『開けて』って言ってるみたいにな」
「………」
「あれには心が痛む。守ってるつもりが、実は閉じ込めてんじゃないかと思ってな」
「……ハニー、こっちにいんの?」
「拾いモノして、一緒にこっちに来たんだよ。ちょいちょい戻ってはいるけどな」
「拾いモノ?」
「それは後でノエルにでも聞け。とりあえず、お前は除染だ」
「……どれくらい、かかる」
「程度による。お前は本陣に突入してるし、やり合ってる。担当するのも高レベルのところだからな。完全に安全だと保証できるまで向こうへの立ち入りは許可できねぇ」
ウーは「はぁ」と深いため息をつき、くるっと回れ右をした。
「な~~んで、俺が男の面倒をみなきゃなんねぇんだ……」
疲れた背中を丸めて。両手を白衣に突っ込みながら、開けゴマで開いた扉の向こうに。カパカパとサンダルを鳴らして歩き出した。




