黄金の瞳
「っくくく……さぁすが、姫さん」
ゾクっと走る悪寒に、身体が震えた。
「そうゆうことやったんですねぇ?」
飄々とした軽口。それは、ここにいる六人のものではない。
「はーちゃん!」
ジュリアはソファーから立ち上がると、誰かを探し始めた。
静かに視線を強めたのは、三人――レオン、マリ、カサノヴァ。その意味も一緒だ。
(……どこに……?)
猫目がキョロキョロと辺りを見渡す。しかし、それらしき人影はどこにもない。研ぎ澄ませてみても、何も感じない。
「捕まえた!」
途端、ジュリアが何もない宙に両腕でしがみついた。
「……ほ~んま、姫さんには敵わんなぁ?っくくく……」
何もなかった空間に、にゅっと浮き出た狐面。突如として現れた不気味さに、本能で思わずビクッと身体が反応する。
次第に浮かび上がる、白銀の全貌。その腕はジュリアにがっちりとホールドされている。
「でも、今のところかくれんぼ勝負は私の負け越しだぞ。敵わんのは私だ。でも、もう負けないぞ。はーちゃんがどこに隠れても絶対見つけるんだ」
「あっははは!さよですかぁ!あっはははは!」
「相変わらずだな、お前も」
変わらないものを、そう評価した。
「あら、マリさん。お久しぶりですぅ。相変わらずパンチ効いてますねぇ」
「お前に言われたかねェよ」
「えぇ?そんな褒められても困りますわぁ」
(……褒めてねェんだけど)
なぜか、目の前では「そんなぁ~」と照れた仕草。
「カサノヴァさんも。いつものことながら、なんとまぁエエ男ですこと」
「どうも」と本人は軽く微笑で受け入れたが、マリは「そんなイイモンじゃねェだろ」と多数派の意見を代表した。
「で、さっきの『そうゆうこと』ってのはなんだよ」
「いやねぇ?最近、うちで神隠しが起こるんですよ」
「神隠しぃ?」
「うちの皇子や姫が、厳重に護りを固めてる難攻不落の御所から跡形もなく消えるんですよ。で、その代わりに一枚の紙が残されてるんです。――『いただきました』ってね」
「……それって……」
マリ同様、ジェイデンを除く全員の視線が揃ってジュリアに向いた。
「ん?なーん?」
その頬を、汚れの消えない黒い指がむぎゅっとつねった。
「お前だろ、その神隠しの犯人は」
「神隠し?何のことだ。ちょっと遠足行っただけ。社会科見学だ。上に立つ者が世を知らんのはマズイだろ。世間知らずは裏を返せばトンチンカンなんだぞ」
言ってることは尤もっぽいが、これに騙されてはいけない。これも誑しの技だ。
「心配かけたらダメだから、ちゃんと置き手紙も残した。かっこよくしてみた」
「なァにがかっこいいだ!ややこしい!どこぞの怪盗じゃねェんだぞ!」
「でも、本に書いてたぞ。『いただきました』がセオリーで鉄板のマナーじゃないのか?」
「だァから、なんで怪盗のマネゴトをすんだよ!ごっこか?ごっこなんか!?」
ぺしゃんと頬をサンドイッチの刑に処し、そのまま「うりゃうりゃ」とこねくりまわす。潰れてタコになった唇からは、声にならない音が聞こえてくる。
カサノヴァは「ちゃんと常識を教えよう」と固く、強く心に誓った。
「――さて」
細い指で、面を取る。なめらかな、慣れた手つきだ。
「改めまして、どぉもぉ」
狐の下から現れたのは、これまた狐。
白い顔に浮かぶ、笑う狐目。彼の似顔絵を描くならば、全部が細い線で簡単に済んでしまう。子供でもそっくりに書ける、薄くて平らな単純な顔だ。
つり上がる笑みは「形状記憶」と揶揄され、正直胡散臭い。貼り付けられたテンプレのシールのようで、このせいで彼の感情を読むことはほぼ不可能。その上、どこかしこへとふらりと現れては消える、神出鬼没の摩訶不思議で奇想天外、奇天烈な人物だ。
「初めましてぇ」
それが、シェリーを見た。
「白蓮ですぅ。うちの姫さんが大変お世話になってますぅ」
次いで、マリの手から解放されたジュリアも「大変お世話になってます」と頭を下げた。シェリーは驚きと共に戸惑い、恐縮しきっている。
白蓮は「いや~、しかし」と驚嘆の声を上げた。
「想像以上の別嬪さんやなぁ。ほんま、女神や」
賛辞を受ける顔はボッと赤く燃え、身体は緊張で硬くなる。
「ほんま、神々しいほどにお綺麗で。ねぇ、姫さん?」
「違うぞ、はーちゃん。綺麗で『可愛い』んだ。そこ間違ったらダメ」
「あぁ、それはすいません。そうですなぁ、大層可愛らしい」
臆面もなく感想を述べる二人を前に本人は今にも沸騰しそうだ。
「どぉもぉ」
次いで声を掛けた先は、ジェイデン。笑う彼に何の反応も示さない。
「おい、挨拶」
それを許さなかったのが――ジュリア。
「お前、なんて身の程知らずだ。無礼千万だ。いい加減にしろよ」
座っていた身体を無理矢理首根っこ掴んで立たせるとくるりと方向転換させ、頭を力任せにグイと下げた。
「ジェイデンですー。愛称はジェイ。どうぞよろしくお願いしまーす」
大根役者も顔負けの棒読み代役の仕上がり。一同が呆然とする中、白蓮は声を上げて笑い出した。
そして、ジュリアの説教タイムが始まった。
「いいか、はーちゃんはすごいんだぞ。天才なんだ、初代様の再来なんだぞ」
(……初代様?)
ピクッと、レオンが反応した。
「いや~、姫さん。それはちょっと言いすぎですってぇ~」
「そんなことはない。間違いはない。私は間違ってない」
ビシッと竹を切ったかのような断言に、白蓮は再び笑い声を漏らす。
そして、ジュリアの矛先は再びジェイデンへ。
「いいか、お前なんかヘっポコだぞ。なのに、なんだその態度は。マジで何様だ。俺様か、王様か。このチンチクリンめ」
笑いのボルテージは苦しげにさらに上がる。しかし、ジェイデン自身はまるで意に介さない様子。
頭をグイグイと押し下げ続けるジュリアに「おいおい、そこまでにしとけ」とレオンが仲裁に入り、被害者をその手から解放した。
「お前なぁ、あんま無茶すんなよ」
「無茶じゃない。挨拶は当然のことだ。コイツ、めっちゃあかんヤツだ。何たる不届き者だ。おこおこだぞ」
「おこおこ?」
レオンが投げた疑問を見事に見逃し、ジュリアお得意の放置プレイで「すまないな」と対象を白蓮に変えた。
(……おぉ~い……)
華麗に残され、静かにプルプルとレオンは震えた。
「なんで姫さんが謝るん~?気にすることなんてあらへんてぇ~」
「拾ったのは私だ。今は私のだし、私に責任がある。すまない。以後気を付ける」
自ら頭を下げ、深々と謝罪する姿。そんな彼女の姿に周囲は驚いた。
「……ふぅ~ん」
いつの間にか、白蓮の顔が覗きこむような至近距離でジェイデンの傍にいた。
ぎょっと空気が縮こまった中で、ジェイデンは何も変わらない。何も無いままだ。
「しかし……まぁまぁまぁ」
白蓮は笑う。それが、しっかりと獣の双眸に刻み込まれる。
「見事な黄金の瞳やなぁ?ん~、感心感心」
「………」
「黄金の瞳は獣の瞳。きみ、ほんまにタダ者じゃないなぁ?」
「………」
片や無表情、片や笑顔。その対峙が、異様な緊迫感を醸す。
ゴクッと、息を呑む音がした。




