人誑し
「ジルは、年に一回レオンくんトコにお邪魔してるんだよね」
カサノヴァが話題を変えた。解放された頭が「そうだぞ」と起きる。
「各地から色んなのが来る。私はやっちゃんと一緒に同伴」
マリが「あぁ、ヤマトな」と頷く。
「それでラグビー見て、後はみんなでドンチャン騒ぎの宴。これで仲良し」
ジュリアの言っていることは間違いではない。しかし、それは一端にすぎない。
集まるのは一族の当主、または名代。親善も確かな目的ではあるが、主は情報交換。
つまり、外交だ。
「その〝ラグビー〟ってのはなんだ。あいつからもよく聞くんだが……」
「男の格闘技なんじゃないの?ジルからは『スモーと一緒』って聞いてるけど」
「スモー!?」
それに異議を唱えたのが、唯一それが何たるかを知っているレオン。
「スモーって、ジルのトコの神事だって言う……あのスモーですか!?」
直にそれを目にしたことはない。しかし、『〝マワシ〟というものをつけた裸の男が円形のフィールドで一対一でぶつかり合う』との簡単な概要は聞いている。なんでも国に古くから伝わる神事で、女人禁制だとか。
「そんな奇妙なモン、前代未聞だよな。ホント、未開の部族ってカンジ。それが神事ってドーナン?」
「でも、すごいんでしょ?ジルがやるって言い張って、大パニックだったらしいから」
「えぇ!?マジ!?」
兎のように跳ねたマリに「マジ」とジュリアは一言。
「私もやりたかったのに『お願いですからやめてください』って土下座で泣かれた。泣かすのはよくないからな、諦めた。でも、今は許可がおりた。二つの『ない』を守るならやってもいいって。ドスコーイ」
「ドゲザ……」
(そりゃ、泣いて止めるよね……色んな意味で)
大人二人は、ホロリと涙した。ジュリアを相手にする難しさは身に沁みてよくわかる。
「……で、なんでスモーとラグビーが一緒なわけ?」
レオンが、その真意を尋ねた。
「だって男の競技。力と力のぶつかり合い。一緒だろ」
「一緒じゃねーだろ!」
「え?どこが?」
「どこがって……」
項垂れ、頭を抱えた。どこからどう、何を説明すればいいのか。
確かに、ジュリアの解釈だと一緒に思える。しかし、根本的に違う。絶対に同じではない。そう言い切れる。
「伝統なんだって。ずっと昔からやってる。他の国にはもうない文化だから、みんな知らない」
「な、ちょ……っ!」
逡巡の間に、役目が奪われてしまった。
気付いた時には、時すでに遅し。ジュリアの独壇場は幕を開けていた。
「王家の騎士と、ガーディアンの戦士が戦う。一族の強い男が選ばれて、年に一回勝負するんだ。仲間なんだけど、切磋琢磨できる因縁の宿敵。『こいつには絶対に負けたくねー』って思える最高のライバルなんだって」
「へェ、それはいい関係だな。競う相手がいてこそ、燃えるからな」
マリは笑顔でウンウンと何度も力強く頷いている。
「それに、元々戦闘民族なんだろ?その権化みたいな奴らだって聞いてるぞ。アホみたいに強いって。先住民ってのはマジで侮れねェんだよな~」
「パーダスは、パパの最年少記録更新して選ばれたんだって。スゴ――」
「あ、そーなん?でも、そんなカンジあるわ。つーか、身体能力以外に何の取り柄があんの?ってカンジ。ずば抜けてる」
そして「あ、そうそう」と何かを思い出し、レオンに話を振った。
「お前、チビの頃あいつ追っかけて川に流されたんだって?」
「!」
ドキッと心臓が鼓動を打つ。
ジュリアが「そうなーん?」と顔を覗き、他二名も興味深そう。ただ……ジェイデンだけが無関心を貫いている。
「ついてきてるの気付かなかったらしいな。川跳び越えた時に、後ろからジャボーン!って音と悲鳴が聞こえてようやく気付いたはいいが、あっちゅー間に流されて姿見えなくなったって」
「…………」
当時のレオンはやんちゃ盛りで、大のお兄ちゃんっ子。自由に動けるようになったのをいいことにその背中をずっと追いかけていた。二歳か三歳の頃だったが、鮮明に覚えている。
シェリーは、まるでそれを目の当たりにしているように。祈りながら、顔を青くして心配している。
「コテンパンに怒られて、すっげェ覚えてんだってさ。今でも時々、夢に見て飛び起きるってさ」
「……今度会ったら、謝っておきます」
反省するレオンに「あっはははは!」とマリは笑った。
「その必要はねーだろ。気付かないだけならまだしも、流された弟をほったらかしにすんのはダメだろ。そりゃ俺でも怒るわ。つーか、聞いたその場の怒鳴ったわ」
本来なら追いかけて助けるべき所、その兄は「まァ、なんとかなるっショ」で済まし、帰って来たのは三日後だった。
流されたレオンは、川下で偶然釣りをしていた別の兄に釣り上げられた。「大物がキタと思ったら弟だった」と、それは「レオン釣り事件」として語り継がれている。
「あいつはマイペースすぎるところがあるからな。俺は『パーダスタイム』っつってんだけど、時間が独特。おまけに、個人行動の自由人。いいお灸だろ。お前ら、年イクツ離れてんの?」
「二つです」
「そりゃしゃーねェ。ガキの頃は一年の違いもデカイんだ。それが二年で、あいつのフィジカル。そりゃ川にも落ちる。それで無事だったてめェを褒めな」
そう言って、ケラケラと笑いながら紅茶を流し込んだ。
レオンは眺めながら。兄やジュリアが彼を慕う気持ちがわかった気がした。
「シェリーが来れてよかった」
その一言で、空気が変わる。
空と瑠璃が、交差する。
「私の自慢の友達、みんなに紹介したかった。シェリーにも、私の大事な人いっぱい紹介したかった」
自慢と言われ、美しい真珠が一気に紅潮する。
(……あ~らら。これはちょっと、油断してるともってかれるわァ~~)
(これは……勘違いするよ?)
ジュリアの『大事な人』という表現には、上も下もない。特にこれといった特別な意味もない。決して嘘ではないが、ここを取り間違えてはいけない。
これが、恐ろしい蟻地獄への落とし穴。一度ハマると、落ちる一方で脱出不可能。
これが、天性魔性の天然人誑し。こんなのはまだまだ序の口だ。
「マイロのおかげだ。さすが、頼りになる男だ」
いきなり現れた初耳の男の名に、マリが首を傾げた。
「……マイロ?誰?」
「私の友達。すっごいイイ奴」
「……それ、男?」
「男」
一応、念の為に確認を取ったが……どうやら間違いないようだ。
(……それ、お前が男に連絡取ったってことだろ?)
(それはそれで、かなりマズイよね……)
彼女が『他所の男』と接触することを、良く思うわけがない。
彼らは、彼女以外何も見えない。その恐ろしさは『盲愛一族』として認知されている。
「マイロにも来てほしかったんだけど、忙しくて無理だって。シェリーも誘うんだって言ったら『そりゃ難しい』って協力してくれた。やっぱ、さすがシェリーだな」
いきなり褒められ、小さな頭の上に「?」がいくつも浮かんでくるくる回っている。この流れで行くと『さすが』なのはシェリーではなくマイロだ。
「もう、みんなメロメロなんだって。だから、シェリーの頼みならなんでも聞くってさ。でも、マイロから伝言。『まず、俺を頼れ』って」
外野で、まん丸になった猫目がパチパチと瞬いている。
「シェリーも世の見聞を広めておいた方がいい。人脈は為になるし、外の世界がどんな風になってるかわかってないと、守れるものも守れないだろ」
「………」
「私もいつか外に出る。一族としての責務を果たすんだ。だから、毎日勉強してる。修行もしてる。なかなか強いぞ」
グッと肘を折ってパワーアピールを試みるが、その細腕具合にむしろ心配が増す。
「この前、正拳突きしたら山が二つ三つ丸ハゲになっちゃって」
その発言に、四つの双眸がそれぞれの反応を見せる。
「こりゃアカンと思って、すぐフサフサにした。前できなかったことが今はできるようになった。これって成長。前進のパワーアップ。大人の階段モリモリ上ってる」
瑠璃が「すごい」と発光している。
(……山?山ってナニ?)
(……突きの圧で禿げたってこと……?)
レオンは、彼女に潜む力の片鱗を見た。ポイントは、『すぐフサフサにした』という彼女の言葉。
「まだまだだけど、もっともっと強くなる。何もかも全部守れるくらい強くなるから、お前一人くらい余裕で守れる。だから、マイロもいいけど私も頼れ。私はいつでもお前の味方だ」
「―――――」
ゆるゆると潤い、揺らめく。今にも何かが溢れてこぼれ出しそうだ。
「あ、マリたんもノヴァっちも心配するな。レオンもな。特別扱いはしない、ヒイキもないぞ。大事なみんなは、ちゃんと私が守る。だから、もう少々お待ちあれ」
しばらく、それに時が止まった。
(………かァ~~~。これをやられちゃ、男の立つ瀬がねェ~~っ!)
(みるみる頭が上がらなくなるね……)
レオンは、心の中で完敗の白旗を上げた。




