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DOG  作者: 井上たつき
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愛の営み

 レオンとシェリーは、談話室にいた。

 木目調を基とした室内は温かな光と穏やかな雰囲気に満ち、自由に快適な時間が過ごせるようになっている。アンティークの大小様々なインテリアがセンス良く置かれ、壁沿いに設置された本棚には多種多様の言語や分野の本が並ぶ。

(……この家具、マジで年代物なんじゃ……)

 レオンの家は古く、代々の物がほとんど。それとあまり遜色ない気がする。

 立派なグランドピアノや音響設備も備えてあり、レンガ造りの暖炉まである。

 ただ、窓がない。この場所で外からの採光は一切不可能だ。

「お待たせ」

「おう、ジ――はぁ!?」

 振り向くと、ジュリアがジェイデンを粉袋のように肩に担ぎあげていた。

「おまっ……何してんの!?」

「行くぞって言ってるのに言うこと聞かないから。強制連行」

「はいぃ!?」

 ジュリアはジェイデンを担いだまま、モデル歩きで闊歩してくる。

 レオンは顎を落として唖然としているが、シェリーは憧憬の眼差しをキラキラと輝かせている。この二人の反応だけを見れば、同じ光景を見ているとは到底思えない。

 二人が座っている対のソファーまでやってくると、担いでいたそれをドカンとレオンの隣に放り置いた。

「うおっ!」

 乱暴な振動でレオンまで上下に揺れた。ジェイデンはもっと衝撃を受けたであろうが、ここでも何の反応もない。されるがままに座り、何も映さない瞳で真正面を捉えている。

「ん?」

 途端、ジュリアが首を回した。方向は、今までと逆。回れ右だ。

「!」

 その理由が、レオンにもわかった。

(……この匂い……)

 唯一の出入り口。ジュリアの気配で横開きにスライドした自動ドア。

 むわっと一気に濃くなった匂いと共に、一人の男――マリの姿があった。

「ん?」

 ダークスキンをドレッドヘアと無精髭で飾るなんとも野性味溢れたインパクトのある男。服は薄汚れ、所々破けている。決して『綺麗』で『清潔』ではないが、そこに彼の魅力がある。

 衣食住にとんと興味を示さないこの男がこだわるのは――『生き方』。

「………ジル?」

 本人は不意を突かれたようで、身体は進行方向を向いたまま顔だけがこっちを見ている。口には葉巻を咥え、燃える火が紫煙と独特の匂いを昇らせている。

 レオンが気付いたのが、これ。それが、急に封じられた。

 皿のようにギョッと丸く見開かれた瞳。それは、硬直して直近を凝視している。

「マリたん、煙草はダメ」

 目と鼻の先に、ジュリアの顔。彼女の白い掌が、灼熱の先端をギュッと握りしめていた。

「身体によくない。健康第一だぞ」

「…………、う、わあァァァあ!」

 悲鳴のようなそれに真っ先に反応したのは、内ではなく外から飛び出して来たカサノヴァ。

 浅黒い貌をした長身の美丈分。しっかりとした肩幅と厚い胸板でスーツを着こなし、足先から指先、頭の先まで隙なく完璧。『伊達男』とは彼の為にあるような言葉だ。

 そんな男の最大の特徴は――漂うその色香。

「あ、やっぱりノヴァっちもいた。オスフェロモンがムンムン」

「ジル、それ離して!」

「え?」

「いいから離しな!」

 セクシーな甘いマスクに動揺の色。アッシュブラウンの双眸に前髪がはらりとかかる。老若男女を腰砕けにする淫靡な声も、口調がきつい。

 驚いた拍子に口から離れてしまった為、現在火元はジュリアの手中。顔色を変えたカサノヴァがグイと手を引っ張り、強制的に固く握りしめられた拳を開いた。

「ジ、ジル!だ、だだ、大丈夫か!?」

 予想外の事態にマリも少々取り乱している。いくら火が小さいとはいえ、温度は数百度に達する。それを素手で握るなど正気の沙汰ではない。しかも、相手は女の子だ。傷を作るなど男としてあるまじき行為。責任モノだ。

 場合によっては本気で死を覚悟する必要がある。

 美しい、満開に咲いた白い掌。その上には、消火されたまだまだゆとりのある葉巻と、潰れて崩れた灰。

「「……………」」

 二人は、その現状をボ―――と眺めていた。

 大火傷で後生消えない痕が残ってもおかしくない。皮膚がただれ、激痛が走り、すぐにでも処置が必要なはず。

 なのに、何もない。雪の花は、傷一つなく健在だ。

 そして、この感覚を思い出す。

 とても、冷たい。それは、生が消えた恐ろしさ。

「マリたん」

 いつもと変わらない、感情が上手く乗らない話し方。鉄の美貌も、崩れない。

「煙草は健康を害する。止めた方がいい」

「……え……?」

「私、禁煙推進派。長生きしてほしいからな」

「…………え?」

 未だ混乱でパニック、ショート状態のマリ。そんな頭を、パシンとカサノヴァが叩いた。

(――このバカ。何考えてんだ)

(……え?あぁ……わりィ)

 おかげで、少し脳が回り始めたようだ。

「ジル、ごめんな。大丈夫だったか?」

「何が『ごめん』なんだ?私は大丈夫。心配なのはマリたんの方だ。健康第一だぞ」

「あ、あァ……」

 マリは大の愛煙家。どこでもかしこでもプカプカとマナーのマの字も知らずに吸っていたが、今ではかなり控えるようになった。それどころか、ほぼ禁煙状態が続いている。

 ここでは『禁煙』が定められており、吸う場合は完全隔離された喫煙ルームに行かなければならない。歩き煙草などもってのほか。言語道断だ。

 つまり、マリは規則違反を犯していたことになる。

「…………」

 葉巻を吸うのは――戦場の名残。あの匂いで蘇る、癖。

「そうだ、二人も一緒にちょうどいい」

 見つめる空の瞳に「……ん?」「何が?」と疑問符が並ぶ。

「一緒に愛の営みしよう」

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