神隠し
豪華絢爛な装束姿。同じく引きずる、長い黒髪。
生きる、美しい芸術。ゆったりとした歩みは、繋ぐ伝統そのもの。
「……姫様?」
立ち止まり、御簾越しに奥に問いかけた。
「……姫?」
しかし、返事はない。
「――失礼致します。姫さ……」
覗くと、そこにあるはずの姿が………なかった。
あるのは、一枚の美しい和紙。
「……あら」
指ですくい、昇りはじめた陽の光にかざす。
「美しい」
透徹した美の片隅には、季節の花。
「これも鈴蘭の教育の賜物かしらね。……ふふふ」
角ばった、大きな文字。垣間見える成長に、母の眼差し。
「絢!」
怒号に似たそれに、ゆっくりと流れる穏やかな朝の空気が一変した。
爽やかな気分を害する、むせかえるほど濃厚な支配者の香と共に。菊の束帯姿が急ぎ足で駆け寄って来る。
「……何よ、朝っぱらから騒々しいわね」
今は夫。元は天敵。重苦しい装束には慣れても、「旦那様」には慣れない。
猛は、寡黙だが気性は荒く激しい。血気盛んで好戦的。短気で横柄な傍若無人。それが容貌にもよく現れているが、苛烈な角を丸く研いだのは唯一無二と慕う兄の影。
刃先のような鋭く尖る眼光には、生来の猛々しさがちらちらと顔を見せている。
「皇子がいない!」
「あら、そっちも?」
「はぁ!?」
自らの名を「強弓精兵」で鳴らす彼女は、男勝りで闊達。幼い頃から馬を乗り回す豪胆な性分で、暴れ馬の調教には自信があった。その優れた見目ならば求婚者が長蛇の列をつくること間違いなしだが、何分、男よりも馬が好きだった。
今も昔も、大人しく家に籠るような人物ではない。今では獄卒の夫を手なずけ、姐さんの本領をここぞとばかりに発揮している。
「奇遇ね。姫様もいないのよ」
「何ィ!?」
グイと中を覗こうとする顔を「何してんのよ」と制止する。
白い面から厳しい漆黒が射抜き、諌める。
「姫様の寝所よ?確かにあんたは奥に入ることは許されてるけど、ここまで許されてるわけじゃないの。言われなくてもそこらへん弁えなさい、ダメ男」
「はぁあ!?」
「そんなんだから、いい歳こいて『兄上』に怒られるのよ。なっさけない。バカじゃない」
友人が義兄になり、金魚のフンが夫に。事実は小説より奇なりだ。
大和と絢は元々乗馬仲間であり、気心の知れた友人だった。弓を始めたのも彼の勧め。くっついて離れない呪いの背後霊みたいな猛からは散々邪魔者扱いされていたのに、それが何故、今こんなことになっているのか。人生とは不可思議なものだ。
「なんだお前、その態度は!」
「はぁ?」
「この御所に!結界を破り曲者が侵入したのだぞ!?」
「いや、曲者って……」
そんな声も、彼の耳には届いていない。
「皇子と姫を攫うとは……一体何奴。……いや、そんなことはどうでもいい」
許された帯刀。カチャリ、と臨戦の音をたてる。
「――敵めが。木っ端微塵に切り裂いてくれるわ」
凄む双眸に、狩りの光。
「あんたさぁ……ほんとに気付いてないの?」
「あ!?なんだ、その俺がまるで馬鹿みたいな言い方は!」
「………はぁ~~~~~」
ほとほと呆れ果て、嘆いた。ズシンと身体が重い。
猛の嫁が務まるのは彼女しかいない。大和はずっと長らくそう見込んでおり、尊も「義姉上しか無理です」と頭を下げる。兄弟二人は、彼女の三行半を世界大戦級に恐れている。
「あ~~~~、もう。信じらんない。この能足りん」
そして「相手にするだけ時間の無駄だわ」と回れ右で捨て置いた。
「な、なんだそれは!言え!腹立つな!」
「うるさい」
「な、何ィ!?」
ドカドカと荒っぽい音を立てて追いかけるその手には。
絢と同じ、美しい和紙が握られていた。




