返せ
「ワ~~~~オ!」
開眼した彼を見つめ、タキは高らかに歓声を上げた。
色黒の肌に愛嬌のある低い団子鼻。髪をオレンジに染め、南国テイストに仕上げたこだわりのつなぎを独特のセンスで着こなす、おしゃれ大好き個性派男子だ。
「ブラ~~~ボ~~~ッ!」
黒褐色の双眸がキラキラと光輝く。
タキは、美と芸術をこよなく愛する。そんな彼は一目見た時からその色彩に惚れ込んでいたのだが、明かされたその造形に今、完全に魅了された。
「この繊細で鮮やかな色彩!それでいて大胆でダイナミックな荒々しい造形!なんって芸術!なんって美しさ!素晴らしいっ!ウ~~ッ、ファンタスティック!」
内から湧き上がる興奮と感動を惜し気もなく大々的に、堂々とド派手に表現する。
アレキサンダーはその光景を複雑な面持ちで見つめていた。
「タキ、ちょっと静かにしてもらえませんか」
そんな声も、掻き消されて届かない。
――彼が目覚めて、早や数日が経った。
何も話さず、動かず、食事すらとらない。眠ってもいないようで、ベッドの上で四六時中ずっと天を眺めている。そして、黄金には何も映らない。
そんな彼の刺激になればと思い、入室を許可した。が、正直早まったかもしれない。「早く見せて!会わせて!」と何度も何度もせっついていたタキの情熱は、ここぞとばかりに大爆発だ。
現在、彼は起きたリクライニングベッドの傾きに力なく上半身を預けて座っている状態。顔は下を向き、タキの熱弁にはそっぽを向いている。
「うっひょ~~~っ!インスピレーションがこう……グングン湧いてくるぜぇ~~!」
それでも、タキは気にしない。興奮で、もう一人演劇状態だ。
「やっほー。おじゃまんぼ」
そこに、ジュリアとレオンが連なって現れた。
そして、もう一人。
「きゃ――――――っ!」
轟く、歓喜の咆哮。
「……う、ううう、美し―――――い!!」
真珠の肌に煌めく瑠璃色の瞳。美しいオリーブ色の長髪が波立ち、無垢な輝きと可憐さを持ち合わせる、異次元の美少女。それは、ジュリアに匹敵する。
「シェリーだ。私の友達。わざわざ来てくれた」
ジュリアからの紹介を受け、微笑む頭を下げた。
鮮やかなセルリアンブルー。光を受けて輝く水面のようなそれは、しなやかな曲線を描くマーメイドライン。
「……お、おおおおお、おお……」
手足がわなわなと震え、まともに立っていられない。タキの瞳からは、自然と大粒の涙が零れ落ちた。
「ヴィーナスだよ……これぞ、俺が待ち望んだ……愛と美のヴィーナスだよ……」
ついに膝をつき、仰ぎ見た。
「……神だ。これは神だ。……天から舞い降りた女神。いや、陸に上がったマーメイド!」
瞳孔がギンと開き、覚醒した身体はガバッと勢いよく立ち上がった。「しゃがむか立つかどっちなんだ」とジュリアのつっこみが入っているが、そんなこと彼の耳には届いちゃいない。
「頭の先から爪の先、顔や四肢、全部が完璧な黄金比!これぞまさしく、完全無欠のプロポーション!これぞ、絶・対・美!」
滾る彼の背後には、轟々と熱く燃え盛る炎。
これは本人にとっては自慢の誇るべき特技なのだが、タキは一目見ただけでプロポーションを言い当てることができる。それも、一ミリ単位。寸分の違いもなく、完璧に。
「……でも、やっぱそうだよ。俺は確信した、間違いない」
さっきまでの興奮はどこへやら。何やら急に真剣な面持ちで考え込むと、ウンウンと力強く頷いた。ジュリアの口からは「忙しいな。情緒不安定か?」と感想が漏れ、「気にするな。こいつはちょっとした変態なんだ」とシェリーに説明する。
(……いや、変態なら気をつけなきゃなんねぇんじゃねぇのか?)
レオンの指摘はご尤も。その上、対象が対象だけに看過できない。
「やっぱ、美しい身体の曲線は必須だな」
結論づけると「おい、ジル」と呼んだ。
「なーん?」
「お前、もうちょっと太れ。それじゃ幼児体型だぞ。肉つけろ。ペタンコまな板にも程がある」
タキは、好きなモノはトコトン突きつめる主義。彼的には「あくなき美の追求」以外の何ものでもなく、当然他意も悪意もないのだが、おかげさまでデリカシー皆無の無神経な発言になってしまった。
「今は今でしなやかだし、バレリーナみたいで美しい。でも、もうちょっと柔らかな肉感がほしい。特に、バストとヒップな。お前には『女性感』がまるでない。ペラペラじゃん」
セクハラまがいな文句にレオンはギョッとし、アレキサンダーも重く嘆息した。いくら親しい間柄とは言え、これはあり得ない。「親しき仲にも礼儀あり」だ。
しかし、タキは止まらない。
「やっぱ、女性美ってのは男には出せない丸みのある柔らかいメリハリボディなんだよ。でも、ジルにはそれがない」
そして、「まぁ、俺が一から百まで管理してるから問題はねぇんだけど?」とさりげなく自画自賛が入る。
「でも、やっぱもったいねぇ。宝の持ち腐れは俺のポリシーに反する!!」
ジュリアは、スレンダーを越えたスレンダー。全体的に細く真っ直ぐだ。凹凸がなく、手足は枝のよう。シェリーと対比で見ればものすごい差だ。
スーパーモデル顔負けの美しさは、完璧に見えて未だ発展途上。タキはそれに妥協を許さず、絶対的に関与する。アレキサンダーが組む彼女のメニューにも逐一目を通し、美的観点から事細かにうるさく口を挟んでいる。
彼女のここまでの美しさは確かに天然の産物でもあるが、それだけではないのも確かだ。
「中身も幼児レベルだからちょうどいいっちゃいいんだろうけどさ。でも、俺としちゃあさ――」
「ちょっと黙りましょうか」
ついに発動したアレキサンダーに、うっと声が詰まった。
ゆ~~っくり、伺うように視線が動く。
(……こえ~~~)
この強さで、微笑んでいる。ジュリアさえも組み伏せるそれには、完敗の白旗。
「はい、コレ」
ジュリアの両手には、山積みの本。抱えるそれをドンと彼の前に置いた。
「お前、文字は何が読めるんだ?一応、ざっと選んでもらって持ってきた。にぃにとマックスのセレクトだから間違いないぞ」
付き合いのある者なら誰もが周知しているが、ジュリアは大の読書家。動いているか、本を読んでいるか、寝ているか。彼女の行動はまずこの三択。
そして、時々歌う。
「文字が読めないなら私が読んでやるぞ。昔、よくやってもらった。私も読めなかったから、習って勉強した。学びは大切だぞ。私のオススメは『大天使ラブリン』シリーズ。これはめっちゃタメになる。後は――」
「かえ、せ……」
もぬけの殻だった身体が、ゆっくりと動き出した。
「――――」
アレキサンダーは目を瞠った。あれだけ何をしても反応がなかった彼が。ジュリアを見た途端、息を吹き返した。
「……かえ、せ……」
レオンは、警戒するように。強い眼差しで見つめている。
「ふざけるな」
ジュリアは、自分に向かって伸びる手を叩き落とした。痛い音が響く。
「寝言は寝て言え、バカめ」
容赦なく言い放ち、一蹴する。
「アレは私のだ。言っただろ。見苦しいぞ」
「……かえ、せ……」
「しつこいな。しつこい男は嫌われるって相場は決まってるんだぞ。ミシェルが言ってた」
「……かえ、せ……」
同じことの繰り返し。一辺倒。
「それに加えてバカで弱いって、とことん最悪だな」
ジュリアは彼を受け入れることなく、拒否し続ける。その度に、パシンパシンと音が響く。
その手に力はないはずなのに、それでも何度も向かって行く。まるで、不死身のゾンビが何度でも起き上がってくるかのように。何かを求め、彷徨うように。
「情けない男だ。パパとママが泣くぞ」
――〝ジェイデン〟
黄金が……揺れた。
彼の動きが、ピタッと止まる。
「……な、に……?」
ゆっくりと動く薄い唇。それは「返せ」以外に口にした初めての言葉。ジュリアの言葉を受けて発した、『会話』。
「お前、ジェイデンだろ。教えてもらった。いい名前だ。でもお前、バカだから自分の名前の意味もわかってないんじゃないか?」
「…………な、まえ」
それは、久しぶりに聞く自身の名。
確かに、そう呼ばれていた。自分は『ジェイデン』で違いない。
なのに、違う。
声が……違う。
『ジェイデン』
そう呼ぶ声は、ただ一つ。脳に、骨に、血に、細胞に、全てに刻み込まれたそれは、これではない。
「そうだ。いい名前だ。でも、名前負けだな。めっちゃ残念。恥ずかしい生き様だ。死に急ぐバカは醜いぞ」
「………」
「私の名前もいい名前。パパがつけてくれた。ジュリアで、ジル。だから、お前は『ジェイ』だ。ジェイデンだから、ジェイ。それでいこう。名前は大切だからな」
当人はほったらかしで、自分主導で話を進めて行くジュリア。これは、彼――ジェイデンのせいではなく、彼女の性格。誰が相手でもいつもこんな感じだ。
「返してほしいなら、私に勝て」
「…………か、つ」
「そうだ、勝負だ。望むなら、勝って私から取り返せ。それくらいの力と根性を見せてみろ、弱虫ウジ虫」




