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ある日、南さんは珍しく元気がなかった。
地下室の床に座り込むと、小さくため息をつく。
「どうしたの?」
私が聞くと、南さんは困ったように笑った。
「私ね、叶えたい夢があるの」
「どんな夢?」
「この店でナンバーワンになること、それが私の夢」
ナンバーワン。
その言葉は、私にはよくわからなかった。
「ナンバーワンになるとね、私に会いたいってお客さんがたくさん来てくれるの。それで高いお酒を買ってもらえるようになるのよ」
そう言って笑う南さんの顔は、少しだけ寂しそうだった。
「いろいろ頑張ってはいるんだけど、なかなかうまくいかなくてね」
私は黙って話を聞いていた。
「もっと魅力的な女性になれたらいいんだけど…、いっそのこと整形しようかな…」
南さんは冗談っぽく笑ったけれど、その目は笑っていなかった。
私は胸が締めつけられた。
南さんは、私に文字を教えてくれた。
世界を教えてくれた。
優しくしてくれた。
だから今度は、私が南さんの力になりたい、そう思った。
その日の夜、私は初めて自分から地下室の扉を開けた。
南さんの力になれる方法を探したかった。
だけど、一歩も踏み出せなかった。
すぐに店長が現れたからだ。
「何してる!」
低い声が響く。
「ご、ごめんなさい……」
言い終わる前に、頬へ強い衝撃が走った。
私は床へ倒れ込む。
口の中に鉄のような味が広がった。
「勝手に出るな」
店長は冷たく言い放つ。
「お前は大人になるまで、この地下室から出さない」
その言葉に、胸の奥が真っ白になった。
大人になるまで。
それは、あと何年なのかもわからない。
私は床に座り込んだまま、閉ざされた扉を見つめ続けた。
扉の先には、南さんがいる。
それなのに、たった一枚の扉が、どうしても越えられなかった。




