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第九話 『ボクじゃ、ダメだったんすか?』後輩女子の涙に立ち尽くす僕に、見知らぬ女子社員が牙を剥く

いつもお読みいただきありがとうございます!


走り出した悟と、店に残る決断をした東堂さん。運命の夜になるはずが、残酷なすれ違いを起こしてしまった二人。

今回は、すれ違いの夜から明けた翌朝のオフィスが舞台です。いつも強気な後輩・結衣香が見せた初めての涙、そして悟の前に現れた「予期せぬ人物」とは? 胸が締め付けられる急展開をお見逃しなく!

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」


 「ウエスタンな感じの看板」と東堂さんがショートメールで教えてくれた通りで、カフェレストラン「アーチーズ」は簡単に見つけることができた。


 店内に入ると内装も凝っていてアーリーアメリカンを感じさせるような壁、調度品、アクセサリーが目に入った。


「はい、一人ですけど、後でもう一人来ます」

 

 東堂さんに会えば、何かが始まる気がしていた。


 僕がそう告げると対応してくれた女性のスタッフが良かったらこちらへどうぞ、と窓際の四人席に案内してくれた。通りに面していて通りかかる人が良く見える。


 さっきのスタッフさんがおしぼりとお冷とメニューを持ってきてくれた。


「ご来店早々で申し訳ないのですが、ラストオーダーでお願いできますか?」


「あ、はい、じゃあ、ホットコーヒーを一ついただけますか?」


「はい、ホットコーヒーですね? 唯人君、ホットコーヒーを一つ!」

 

「ホットコーヒー一つ、了解しました」


 カウンター越しの厨房から、若い男の子の声がした。


 この店はなんだか居心地が良い。


 内装とかじゃなくて、働いている人達の雰囲気がいいな。


 程なくホットコーヒーが運ばれてきて、テーブルの上に置かれた。


「あの、もしお嫌いでなければこちらもどうぞ」


 と、頼んでいない小さなレアチーズケーキも置かれた。


「あの、嫌いじゃないですけど、本当にいいんですか?」


「はい、もしよかったら召し上がってください。このケーキも食べてもらった方が嬉しいと思います」


 あ、そうか。閉店が近いから僕が断れば廃棄されるんだな。


「喜んでいただきます。あの、お金は払いますから、もう一つお願いできますか?」


 女性のスタッフは勘が良いらしく、


「はい、かしこまりました。お連れ様がいらっしゃったらお出ししますね」


 とニコリと笑って僕の席を離れた。


 気遣いが凄いな、このお店。


 僕はコーヒーを飲みながら、ポケットから携帯電話を取り出した。バッテリーの残りは三パーセント。


 暇つぶしに何かアプリでも開こうかと思ったけど直ぐにバッテリーが切れそうだったので諦めた。


 三十分経った。

 

 時計の針だけが律儀に約束を守っていた。

 

 終電まで後二十分くらいか。

 

 カップのコーヒーはもう五分前には空っぽになっていた。


 僕のレアチーズケーキは跡形もない。


 東堂さんはまだ来ない。


 気が付くと、携帯電話はバッテリー切れで電源が落ちていた。


 これで東堂さんとは連絡を取る術はない。


 東堂さんに何かあったのだろうか。


 不安だけが胸中をよぎる。


 窓の外を何度も見た。


 すると、さっきの店員さんが来た。


「あの、申し上げにくいのですがそろそろ閉店の時間なので……」


「あ、はい、すみません」


 ぼくはそそくさと会計を済ませてドアを開けて階段を下りていると、


 後ろからさっきの女性のスタッフが声を掛けてきた。


「お連れ様と会えるといいですね」


 浜崎、という名札を付けた、よく見るととても綺麗な人だった。


「ええ、そうですね。コーヒーとチーズケーキごちそうさまでした」


 申し訳なさそうな表情をした浜崎さんに遅くまで居座って却って申し訳なく思い、そそくさと「アーチーズ」を後にした。


 時計を見る。 もう間もなく終電だ。


 走ったら、間に合うかな?


 いや、そもそも東堂さんと会っていたら終電は逃していただろうし、このまま帰ったらみじめで仕方ない。

 もう一杯、どこかで強い酒でも飲んでしまいたいと思っていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「りおんちゃん、ゴメンね遅い時間まで付き合わせちゃって」


「ううん、沙織ちゃんのためだもの。気にしないで」


 暁子はそうは行ってみたものの、悟をすっぽかしてしまったことを後悔していた。


 電話で連絡を取ればきっと悟は分かってくれる。


 そう信じていたのだが、何故か悟の携帯電話は先ほどから「電源が入っていないか電波の届かないところにいます」を繰り返している。


(尾上さん、どうしたのかな。無事だといいのだけれど)


「色々聞いてくれてありがとう。お客さんを好きになちゃだめだよね? ダメなアタシだ」


 暁子は内心で私も尾上さんが好きなのに、と言いたかったがどうしてもいう事が出来なかった。


「あ、ヤバぃ。りおんちゃん、終電大丈夫?」


 暁子は腕時計の時間を見て驚いた。


「うーん、ダメかも。最悪タクシー乗るしかないかな」


「ゴメンね、本当。私は歩いても帰れるところだけど、ウチ、泊まってく?」


「明日も朝から仕事だし、どっちにしても家には帰らないとだめなんだ。ありがとう、気を遣ってくれて」

 

「りおんちゃんは、朝から夜中まで働いてて大丈夫なの?」

 

 曉子は、この質問には躊躇してしまう。


「うん、私、ちょっと頑張らないといけないんだ」


 そう言いながら、胸の奥が少しだけ軋んだ。


「そう言う話も今度よかったら聞かせてね」


「うん、わかった」


 自分の闇は簡単に人に話せる訳ないじゃない、と、曉子は内心思っていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 深夜二時。充電器に繋いで息を吹き返したスマホには、東堂さんからの着信履歴がびっしりと並んでいた。……今さら掛け直しても、彼女は寝ているだろう。謝罪のメッセージを送ったが、既読はつかない。僕は自分の不甲斐なさに、ただ天井を仰ぐしかなかった。


 時間には間に合ったと思ったんだけど、どうやらそうじゃない事情があったのだろう。それなのに僕は電話に出ることができなくて彼女を怒らせてしまったのだろう。


 いつもより早い時間に会社についてしまった。

 

 八時十五分。


 僕のデスクのあるフロアには人は疎らだ。

 メールの処理をし始めて少し経ったころ、


「先輩おはようっす」


 と結衣香の声がした。


「ああ、結衣香おはよう」


 セクハラ疑惑があり、真島課長から結衣香の僕に対する気持ちを聞いてしまった昨日の今日だ。

 僕が東堂さんの事を気にしている、という事は結衣香には伝わっている。


 やっぱり僕には結衣香の気持ちを軽んじることは出来なくて、気持ちが落ち着かなく、何とか普通に振る舞ってみようとした。


 しかしさすがにぎこちなさを自分でも感じる。


 こんな時。結衣香はいつもなら僕をイジってくるが、今日は挨拶をしたっきり自分の仕事を始めて無言を貫いている。


 正直居心地が悪い。思い切って話しかけてみた。


「結衣香」


「はい?」


「その、昨日は悪かったよ。お前を巻き込んでしまって」


 結衣香は緊張した顔を緩めた。結衣香も話し辛かったんだな。


「ボクこそすみません。誰か知らないけどおかしな密告した人がいるみたいで」

 

「誰がどうしてそんなことしたんだろう?」


「心当たりはないっす。先輩、誰かに恨まれているとかないですか?」


「それは桜城さんにも言われたよ。僕は社内で良くも悪くも目立ってるからって」


「先輩は悪くないっす。いつも頑張っててその結果の業績なんだから恨む人がいたとしたら単なる僻みじゃないっすか?」


 アレ? いつもの結衣香じゃないぞ?


 いつもなら「先輩敵だらけっすww」くらい言ってきそうなのに。


「先輩どうしたんすか? ぼーっとして?」


「あ、いや、なんかお前こそすこし変だぞ?」


「……」


 あ、これはダメなやつだ。


 頼むよ、黙らないでくれ。


 いつもみたいに俺を馬鹿にした様なことを言ってくれよ結衣香!


 数秒の沈黙は永遠に思えた。


「すいません、先輩。昨日課長から先輩の話を聞いてしまって」


 この展開は予想してないでもなかった。


 しかし、今の僕にうまく対処できるのだろうか。


 とにかく嘘や誤魔化しだけはしない。そうする事にした。


「お前の前で酔い潰れてから五年経つんだ。そろそろ僕も立ち直らないとなって」


「……ボクじゃ、ダメだったんすか?」


 こんな切ない顔をした結衣香を見るのは初めてだった。


「課長から結衣香の……気持ちは聞いたよ。ごめん、ずっと気がつかなくて」


「そうやって先輩は優しすぎるから却って傷つくっす。寧ろ『お前なんて興味ねえ』くらい言ってくれれば諦められるのに」


「ごめん……」


「謝んないでくれっす! ミジメじゃないすか‼︎」


 そう言って結衣香は泣き顔でフロアから出て行ってしまった。


 優しすぎる、か。


 ぼくはちっとも優しくなんてない。


 ずっと僕を慕っていた結衣香の気持ちを知ってなお一昨日出会ったばかりの女の子を気になるなんて言い放つ奴なんだ。


「よう、どうした今日は。早いじゃないか」


 視野狭窄になっていた僕に声をかけたのは田淵部長だった。


「部長、おはようございます」


「ずいぶんやつれた顔をしてるな、どうしたんだ?」


「いえ、公私共に色々疲れるなーとか。ハハハ」


「なんだなんだ、最近のお前と来たらなにかと空回りしているみたいだな。どうだ? 今日は俺がどこかいいところに連れて行ってやるぞ?」


「あ、そういうのは間に合ってますので」


 僕が塩対応をすると、部長はすぐに話題を変えた。


「そういえば、尾上、昨日の件は黒崎君《人事部長》から聞いたぞ。災難だったな」


「ええ、まあ。濡れ衣だと認めていただいたので良かったですが」


「まあ、気をつけたまえ。会社でしくじるのは『金・女』だ」


「は、はい、気をつけます」


「じゃあ、がんばるんだぞ?」


 田淵部長はそういうと、煙草を吸いに出て行った。


 部長を目で追うのをやめて結衣香を追おうと立ち上がると、視線を感じた。

 

 ぞくりとする種類のそれだった。


 フロアの出入り口を見ると、背の低い女性社員が目に入った。


 彼女は僕と目が合うと、キッと睨んでから


「あの、ちょっといいですか?」


 と言った。

 

「もちろんいいけど、どなたでしたっけ?」


「私は総務部の立花美瑠(ミル)っていいます」


「その立花さんが何か?」


「尾上さん、結衣香お姉さまとは別れてくれませんか?」

最後までお付き合いいただきありがとうございます。

スマホの充電切れという、リアルで残酷なすれ違い。そして結衣香との決定的なやり取りを経て、悟の周りの人間関係が激しく動き出しました。田淵部長の「会社でしくじるのは『金・女』だ」という言葉が妙にフラグっぽく聞こえますね(笑)。

突然現れた立花美瑠の目的とは? そして東堂さんとの誤解は解けるのか? 次回もお楽しみに!


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