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第十話 『結衣香お姉さまと別れて!』暴走する後輩女子と、頼りになる(?)クセ強な上司たち

いつもお読み下さりありがとうございます!


前回のラスト、傷心の結衣香を見送った悟の前に突如立ち塞がった総務部の立花美瑠。「結衣香と別れろ」という身に覚えのない要求から、事態は思わぬ方向へ転がり始めます。

一方、岩田電産が抱える「15%コスト削減」の裏事情もついに判明。クセの強い上司たちを巻き込んだ、反撃の第十話です!

 は?


 なにを言ってるんだ?


 小さなクリクリとした瞳は目じりが上がって僕を射貫くように睨んでいる。


 背中に冷たい汗が流れた。


「た、立花さん、僕と結衣香は付き合ってなんていないよ」


「なんて恥知らずなのかしら?私、知ってるんですから」

 

 知ってるも何も、今日僕と結衣香は付き合えないってことで合意したばかりだっていうのになんだっていうんだ、この娘は。

 

でも、結衣香とぼくの間に起こった事は話すわけにはいかない。


「とぼけないでください! 私、見てしまったんですから。あの日、お姉さまがあなたのデスクに――」


 他の社員が近づいてくるのを見て、立花美瑠は言いかけたことをやめて去っていった。


彼女は振り返らなかった。


まるで言うべきことは言い終えたという顔で。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「真島課長、総務の立花美瑠って女の子知ってますか?」


「総務の立花? ああ、総務には色々とつながりがあるからその子なら知っているぞ。で、なんかあったか?」


「いや、さっき課長がトイレに行っている間、『結衣香と別れろ』とか、『恥知らず』とかわめき散らされて」


「なんだそれ。お前、本当は結衣香と付き合ってたんじゃねえの?」


「いや、その事なんですけど、今朝結衣香と話したんですよ」


「えっ、会社ででか」


「たまたま今日は早く出社してたんですよ。そしたら結衣香が来て」


 僕は結衣香が出て行った顛末を話した。


「ふーん、そっか。お前なりにはけじめをつけたって事な」


「正直心苦しいです」


「何がだよ」


「いや、結衣香の事を考えると」


「お前本当に罪な奴だな。謝るとか、そりゃ結衣香が泣いたっておかしくないぞ。あいつ辞めないと良いんだがな」


「僕が言う事でもないですけど、失恋しただけで会社辞めますかね?」


「なんだと、悟」


 穏やかだった課長が火を噴いた。


「結衣香にとってはお前がそれだけ大切な存在だったって事だろ。もし、結衣香が辞めるようなことになったら、タダじゃ置かねえぞ? いいな!?」


 課長にこんなに怒られるなんて、入社して初めてかもしれない。


 心拍数があがる。背中にも嫌な汗が一筋ながれた。


「は、はい。すみません。僕は恋愛に疎くて結衣香にちゃんと向き合っていなかったかもしれません」


 僕がそう言うと、課長は怒った表情を解いてくれた。 


「怒鳴ったりして、悪かったな。でも、アイツはオレにとっても可愛い部下なんだ」


「分かっています。僕にとっても可愛い後輩ですし」

 

「『ちゃんと』してやってくれ」


 ちゃんと、の意味は自分で考えなければならないが、しっかりやらないと。


「ところで、その立花ちゃんが昨日の匿名の密告者だってことなんじゃないかな」


 なんですって?

 

 でも、だとしたら、僕は彼女に何をしたっていうんだろう。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「差し出がましい話ですが、新任のご上司から無理難題を押し付けられていると言うことはありませんか?」


 あの後、僕と真島課長は再び吉永部長を訪ねて真意を訪ねていた。


 今回は部長に直接課長が電話でアポを取り付けた。


 こんな直球の質問は、僕には出来ない芸当だ。僕が同じ質問をしても、吉永部長にははぐらかされて終わりだろう。


 真島課長の質問で、吉永部長から少し強張った表情が抜けた。


「真島さん、何故そのことを?」

 

「そのお話をお伺いしたと、尾上が心配しております」


 外資企業から転職してきた役員が頭痛の種だ、と吉永部長が言っていたことを真島課長に話してあったのだ。


「ああ、キミに口が滑ったかな」

 

 心なしか、吉永部長の表情が柔和になった。 部長も、立場的に難しいのかもしれないが、誰かに相談したかったのではないだろうか。


「はい! 御社が重要な取引先と言うだけでなく、個人的にも吉永部長の事は尊敬しています。何かお手伝い出来る事がないか今日は真島と再度二人でお伺いした次第です」


 そうか、と呟いて吉永部長は着席した。


 僕たちも着席すると吉永部長はしんみりと話し始めた。


「財務担当役員の都賀(つが)常務が着任すると、早速我々購買に調達価格を一律15%削減せよとの無理難題が課されました。他の部署にも同様、馬鹿げたKPI(重要業績指数)が課されたんだ」


 僕たちは生唾を飲んだ。15%というのもそもそも難しいが一律の意味が理解できない。


 サプライヤーごと、商品ごとに価格の弾力性(価格によって売れ具合が変わる特性)は違ってくる。


「どうも、役員会で都賀はスタンドプレーをしたようなんだ。『購買コストを15%削減する』と何の裏付けもなく宣言して、あとは我々に押し付けた。だが、これに失敗すれば私はどうなるか分からん」


「そんな、それがどんな荒唐無稽な事か、聡明な役員会の皆さんには理解できぬはずもないでしょう?」


「聡明、ね。だとしたらこんな苦労は……」


 聞いてはならない話に思えた。


 吉永部長も口が滑ったと思ったのか、それきり口を(つぐ)んでしまった。


 僕の恋の悩みなど、両社の会社の問題の前では小さく見えたが、昨晩東堂さんとすれ違った事は頭の中から消えなかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「というわけで、部長。ここは吉永部長を当社としてバックアップすべきだと思うのです」


 僕たちは、帰社するなり田淵部長に相談しに行った。


 岩田電産の吉永部長は新任の専務が役員会で勝手にぶち上げた各サプライヤー一律十五パーセントコスト削減という、荒唐無稽ともいえる計画とサプライヤーとの間に挟まれて苦悩しているのを僕と真島課長は救おうとしていた。


 そのためには田淵営業部長の決済が必要なのだが、見た目も言動もどんぶり勘定的な田淵部長は実は数字に細かく簡単には決済をしてくれないのだった。


「話は分かったが、この程度の値引きで吉永さんが助かるわけでもなかろう」


「部長、しかし」

 

「俺に妙案がある。とりあえず値引きのレベルはこれで決済してやろう」


 今日は珍しく僕たちの案をすんなりと飲んでくれた。しかし、この程度の値引きでは救えないとなるともっと値引きが可能なのだろうか?


「どんな案ですか?」


「不確かなことは言えない。ちょっと法務の阪下くんにアポを取ってくれ」


 法務が何の関係が?


 僕は早速法務マネージャーの阪下さんに内線電話を掛けて空き時間を聞いた。


「部長、今日明日共に阪下さんスケジュール一杯とかで無理だそうです」


 僕がそう伝えると田淵部長は強い口調で言った。


「いいから代れ」


 受話器を僕からむしり取って、阪下さんに話しかける。


「あー、田淵だが阪下くん。十分、いや七分でいい。時間をくれないか?」


 電話の先で何を阪下さんが言っているかは分からない。しかし部長は強引に押し切った。


「そうか、無理言ってすまんね。じゃあ今からそっちに伺うから」


 阪下さんは社内法務の責任者で、国内外の弁護士資格を持つエリートだ。


 エリートの例外に漏れず理論整然としていて、あまり例外を好まないが田淵部長が電話口に出ればさすがに人を食ったような態度はとらない。

 

 これがパワーバランスってやつなのか。

 

 さすが、田淵部長も単なる部長じゃないんだと分かる。


 僕たちは、阪下さんのオフィスに向かった。

 

 阪下さんの個室のオフィスは、機密事項も扱うことがあるため、一般社員から隔離された場所にあった。。


「すまんね、阪下君」


 そう言って田淵部長はドアをノックもしないで勝手に開けて入って行った。


「田淵さん、こう見えても忙しいんでね、手短にお願いしますよ」


「まあそんなに冷たくするなよ。こっちは頼ってるんだからさ」


「そうは言っても、時間は有限だ。弁護士なら30分で1万円の相談料が取れるんですよ」

 

「まあそう固いこと言わないで。またいいところに連れて行くからさ。な?」

 

「田淵さん! 今言う事じゃ……」


 なんだ、阪下さんの弱み握ってんのか。

 

 くわばらくわばら。


「おほん! で、ご相談とは?」


 僕が事の顛末を阪下さんに話した。


「明らかに『優先的地位の濫用」に当たるね。で、尾上君。わが社の資本金がいくらか知っているだろう?」


 虚を衝かれた。正直知らない。


「『優先的地位の濫用』、ですか。それと資本金とどんな関係が?」


「下請法って聞いたことないかい?」


「何となく、ですが聞いたことはありますね」


「そこで資本金だ」


「ちょっと話が見えないんですが」


 僕の答えに、阪下さんは勉強不足だな、やれやれと言った態度をとった。


「まあいい。当社の登記簿の写しを総務からもらってきてくれないか?」


 下請法。資本金の差……。阪下さんの意図はまだ完全には見えないが、もしこれが吉永部長を救う盾になるなら、都賀常務の無理難題を跳ね返せるかもしれない。


 僕は阪下さんの部屋を出て、総務のカウンターの前に来た。


 みんな忙しそうだ。


 誰となく声を掛けてみた。


「あのぅ、営業三課の尾上ですが、会社の登記簿の写しが欲しいんですが」


「はーい」


 気の抜けた返事の声の主は立花美瑠だった。


 僕はにわかに緊張した。


「尾上さん、さっき言ったことですが、本当に結衣香先輩と別れてくださいね」


 いきなりさっきの事を蒸し返してきた。


 何を言ってんだ、この人。話が全く嚙み合わない。


「あの、立花さん。何度でも言うけど、僕と結衣香は付き合ってなんていない」


「とぼけないでください!」


 その立花さんの声で、他の総務部員が全員振り向いた。

最後までお読みいただきありがとうございました!

田淵部長の意外な頼もしさや、法務の阪下さん登場による企業サスペンス展開で熱くなったところに、立花美瑠の特大の爆弾発言……! 悟の社内での立場がどんどん危うくなっていきますね(笑)。

果たして「下請法」で吉永部長を救えるのか? そしてフロア中の注目を集めてしまった悟の運命は!?

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