第十一話 スタバで勃発する修羅場。後輩女子を熱愛するストーカー(?)の正体と、暴かれた『残業中の秘密』
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理不尽なコスト削減要求を突きつけてきた岩田電産の都賀専務。しかし、法務のエリート阪下が提示した「下請法」というキーワードが、思わぬ反撃の糸口となります。
一方、総務の立花美瑠に執拗に絡まれる悟は、彼女とスタバで直接対決をすることに。結衣香も乱入し、明かされる「密告の理由」は予想外のものでした……。大波乱の第十一話です!
「悪いけど、その話は後にしてくれないか? ここには会社の登記簿謄本の写しをもらいに来たんだ」
この異様な雰囲気から逃れるためにも阪下さんからの指令を果たさねばならない。
立花美瑠は、はっとした顔をして我に返ったようだった。
「分かりました。これに記入してください」
申請書を手渡され記入して返すと、暫くして立花美瑠は会社の登記簿謄本のコピーを取って戻ってきた。
「これでいいですか?」
「『履歴事項全部証明書』っと。ああ、これで大丈夫だと思う。ありがとう」
「あのっ、さっきの件」
「その話は後でって言ったよね?」
僕が少し苛立った声をだしたので、他の総務課員が訝し気な眼で僕たち二人を見ている。たぶん、僕が無理難題を立花さんに言っているのだろうと思われたに違いない。
「立花ぁ、どうかしたか?」
総務一筋三十年の大ベテランの宮下課長が声を掛けてきた。
「あ、課長大丈夫です。私がミスっちゃって」
「尾上くん、あまりウチの立花をいじめないでくれよ?」
「あ、そんなつもりは。少し声が大きくなりました。申し訳ありません」
くそっ、難癖付けられたのはこっちなのに!
立花美瑠はなんだか勝ち誇ったような表情になって小声でささやいた。
「後でって、いつですか。じゃあ私定時で上がりますから、近くのスタバでどうです?」
「分かった。じゃあそういう事で」
「約束ですからね」
これは間違いなく、全部立花美瑠の計算づくだ。
本来なら取り合う必要なんてない話じゃないか。
まあいい。
何があったのかはっきりさせたいのはこっちの方なんだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「登記簿謄本の写し、もらってきました」
「ご苦労だった。さあ、この資本金の額を見てくれ」
「九千万円と書かれてます」
阪下さんはニヤリとして続ける。
「話を元に戻すと、ウチの資本金は三億円以下だ。そして一部上場企業の岩田電産の資本金は知っているか?」
さすがに担当者として公開されている財務情報は頭に入れているが、自社の資本金を知らなかったボンクラというそしりは免れないだろう。
「確か百億円ちょっとくらいです。それが何か?」
「やはり岩田電産の専務の指示自体が下請法に抵触するって事か」
田淵部長は知っていたみたいだ。
「言っている意味は分かりました。しかしこれをどう使うんでしょう?」
「わが社の法務の責任者としてある程度の示唆は出来る。だが会社対会社の話は営業が方針を決めてくれないとだめだ」
「悟、おそらくその都賀専務っていうのはそう言うのに疎い人なんだろうな。岩田電産の役員の中でもあまりよく思っていない人がいるんだろう。普通なら役員会でストップがかかるはずだ」
飲んでる時とは違ってこういう時の真島課長は頼りになる。
「分かったんだったら、後の協議は自分のところに戻ってやってくれ。オレも忙しいんでな」
阪下さんはそう言って僕らの退席を促すとどこかに電話を掛け始めた。
気が付くともう定時まで十分ほどになっていた。
こちらも早く切り上げないと、立花との約束の時間になる。
正直気は乗らないが今日の本題はこっちじゃない。
「今日はこれで上がります」
僕が同僚のみんなにそう言うと、
「先輩、ボクも上がります。どこかでちょっと話をしたいんですけど」
と、結衣香に呼び止められた。
間違いなく今朝の件だよな。
「分かった。でも、総務の立花さんと待ち合わせをしてるんだ」
「美瑠とですか? どうして? まさか、先輩の好きな人って……」
「違う違う! 誤解だ。とにかく帰り支度してこい」
僕は、結衣香に帰り支度を促して、歩きながら今日あった立花美瑠との顛末を話した。
「立花、あいつめ!」
「結衣香、お前何か知ってるのか?」
結衣香は気色ばんで言った。
「少し思い当たる節があります。私もスタバに一緒に行っていいですか? いえ一緒に行きます!」
胸の奥がざわつく。
仕事のトラブルとは違う、もっと個人的で、面倒な種類の予感だった。
できれば穏便に済ませたい。
立花がただの思いつきでこんな場を作るとは思えなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
僕たちがスタバに到着すると、少し長めの列が出来ていた。
「先輩、美瑠が来ているかどうか見てきてください」
と急かすので、
「わかった。僕はカフェミストのトールで。金は後で返す」
と言って店内の奥に進んで行った。
夕方のスタバの店内は、自宅へ帰る前に一息入れてから、というようなOLや、学生と思しき若者で混雑していた。
奥の方4人席に立花美瑠の小さな姿を見つけるのにはそう難しくはなかったが。
「待たせたかな?」
「いいえ、私も今この席に座れたばかりです」
僕は2歩くらい下がって結衣香に手を振って「ここだ」と合図を送った。
「誰か一緒に来ているんですか?」
いぶかしげな眼で立花美瑠は聞いた。
「結衣香も一緒だ」
何やら自信にあふれたような表情の立花美瑠は、一挙に表情を失い立ち上がって狼狽し始めた。
「ど、どうしてですか? なぜ結衣香お姉さまがあなたと?」
「ご存じとは思うが、汐留とは同じ部署で働いているんでね。今日は一緒にお茶でもして帰ろうか、って話になったんだ」
「私はあなたに用があるんです」
「結衣香も君に何か言いたいことがあるみたいだけど。まあ座りなよ。話しはまだこれからだよ?」
観念したのか立花美瑠は座って僕を大きな瞳で睨んだ。
「君が何度も僕と汐留が『付き合っている』なんていうもんだから、はっきりさせておいた方がいいかなって」
「だって、付き合っているのは本当でしょう?」
「何適当なこと言ってるんだ? それは違うよ、美瑠」
トレーの上に二つマグカップを乗せてやってきた結衣香が割り込んできた。
立花美瑠が自分で頼んだ期間限定のベリーフラペチーノのカップの前に、トレーを置きレモンイエローの薄手のコートを脱いで椅子の背もたれに掛けて結衣香は座った。
「先輩のガセのハラスメントを垂れ込んだのはお前か?美瑠」
そう言えば結衣香と立花美瑠の関係はよくわからないが以前からの知り合いだという事はお互いが使う二人称の使い方で分かる。
「先輩、わ、私じゃないです。なぜそんな風に」
「ダウト!」
結衣香の声が少し大きかったので近くの客が振り返った。
「尾上先輩がハラスメントで呼び出されたことを知っているのは、当事者のボクたちと、人事、それからボクたちの上司の田淵部長、真島課長だけだよ」
しまった、という表情の立花美瑠。
(課長の直感、当たってたんだ……。あの人もただの飲んだくれじゃないな)
「なんで、そんな事を……」
半分泣きそうな顔に変わった彼女は、そう言った僕に言い放った。
「あなたなんて、結衣香お姉さまとはつり合いが取れないのよ! ああやって噂が立てばあなたは会社を辞めることになって万事うまくいくと思ったのに!」
すごい論理の超越だ。
「だ、だから僕と結衣香は付き合ってないって……」
「『結衣香』とか呼んじゃって! 本当に許せないんだけど」
「おいおい、美瑠。お前の思うとおりに先輩がいなくなったらお前どうするつもりだったんだ?」
「わ、私が結衣香お姉さまと付き合うんだから!」
これも声が大きく、内容もなかなかの香ばしさで近くの客の耳目を集めてしまった。
結衣香も僕も、同時に「シーッ!」と黙るように懇願するジェスチャーを立花美瑠にした。
「大学時代からずっと結衣香お姉さまに憧れてていたんだから! こんなボーっとした男のどこがいいんですか!」
ボーっとした男とか、エラい言われようなんだけど、内容が衝撃的過ぎて上手く言葉が出ない。
「ずっと見てたのに……気づいてくれなかったじゃない」
立花美瑠は、会社での態度とは随分違って、気落ちしているように見える。
しかも少し涙を浮かべていた。
(女の情念って、怖いな……。それに比べて東堂さんは、今頃どうしているんだろう)
結衣香は気を落ち着かせるためか、一つ深呼吸した。
「泣くな美瑠。お前とボクが付き合うとかは置いておいて、どうしてボクと先輩が付き合っているとか思っていたんだ? まずそこから聞こうじゃないか」
——全部、話してもらう。僕もそう思った。
美瑠は震える手でフラペチーノのストローを弄びながら、獲物を睨むような、あるいは聖職者を糾弾するような目で僕を見た。「見たんです。……残業中、誰もいないフロアで、お姉さまがあなたの椅子に座って、愛おしそうに――」
最後までお読みいただきありがとうございます。
下請法という強力な武器を手に入れた頼もしい上司陣。一方で、スタバで「ダウト!」と叫ぶ結衣香の頼もしさ(と美瑠のヤバさ)が際立つ回でした。悟は完全に蚊帳の外ですが……。
次回、結衣香の隠された行動がついに明らかになります!
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