第六話 曲者揃いの同僚たち。波乱を呼ぶランチタイム
会議室での大波乱を乗り越え、いつものオフィスに戻ってきた悟。一癖も二癖もある同僚や上司に囲まれながらも、ついに東堂さんとの関係が一歩前進します。
しかし、平穏なはずの社内には、思いもよらない落とし穴が待っていました。急転直下の第六話です。
社に戻り、真島課長には気まずい気持ちを持ったまま僕はデスクで今日の報告書を書き始めた。
課長は戻ってすぐに上司の田淵部長に呼ばれて何か話し込んでいる。
レポートを書き始めたけど、要点が上手くまとまらない。
やはりさっきの事が気になって集中力が散漫になっているからだ。頭を抱えてたり、天井を仰ぎ見たりしていた。
そこに課の後輩、汐留結衣香がやってきた。
「先パーイ、またさっきから気持ち悪い動きしてますね」
「なんとでも言え。最悪な気分なんだ。放っておいてくれよ」
結衣香はちょっとびっくりして仕様書のファイルをポン、とデスクに置いた。
「先輩、最悪ついでにこれ、確認お願いします」
まったく。
これでもアイツが新人の頃は、色々と仕事の事を教えたり一緒にお客様のところに謝罪しに行ったりと面倒を見てやったんだけどな。
結衣香は仕事の呑み込みが早かった。
同じミスは二度と繰り返さない慎重さもあった。
新人の頃からぶっきら棒だったが、最近は更に磨きがかかったようにキツイ態度をとって来る。
結衣香はルックスはかなり美人の部類だが、この性格が災いしてか今では近寄るヤツもいない。
さて、集中、集中。
気を取り直してレポートをまた書き始めようとしたその瞬間、僕の社用のスマートフォンに着信があった。
「岩田電産 東堂さん」と昨日僕が登録した東堂さんの表示が出ていた。
慌てたが、とりあえず画面をスライドして電話に出た。
「あ、あのっ、岩田電産の東堂です」
東堂さん、ものすごく緊張しているのが分かる。
「関東テクノスの尾上です。お世話になっております」
「先ほどは、お見苦しい所をお見せして、本当に、本当に申し訳ありませんでした!」
「いえいえ、体調不良だったのですよね。お気になさらず。東堂さんのお陰で、吉永部長には昨日のお詫びも出来ましたし」
「そ、そうですか。あの、あんな姿をお見せしてしまったら、尾上さん、その……私の事軽蔑しましたよね?」
「い、いいえ、そんな事はかまったく。僕にも身に覚えのあるようなことですし(笑)、本当に気にしていませんよ」
5年前、同僚の前で取り乱した自分を思い出す。
「尾上さん、本当に優しいんですね」
「そんなこと……」
「あの、図々しいお願いなんですけど、今晩お時間頂けないですか?今日のお詫びをしたくって」
「えっ、特に予定は入っていませんけど、ちょ、ちょっとこのまま待ってもらってもいいですか?」
なんだかすごくプライベートな会話になってきたので、僕は席を立ってオフィスのドアを開けて廊下に出た。
「お待たせしました。オフィス内に居たので外に出ました。今晩、大丈夫ですよ」
「ごめんなさい、いきなりこんな話をし始めてしまって。でも本当ですか? 私、今日もシフトが入っていて、遅くなっちゃうんですけどそれでも大丈夫ですか?」
「終電までの短い時間になっちゃうけど、大丈夫ですよ。それまではお店の近くで待っていることにしますから」
確かに僕は昨日の話の続きをしたいと思っていた。
彼女は……本当に5年前から?
いや、まさか。そんな事なんて。
彼女を気になっている自分の気持ちも、まだはっきりしない。だからこの提案は渡りに船だ。
でも……真島課長とこの件についてはしっかりと話合わなければならないな。
「やったぁ、じゃあ、待っていて欲しいお店を後でショートメール送りますから」
さっきの焦燥しきっていた姿とは全然違う昨晩の「りおんちゃん」的な東堂さんが戻ってきた感じがした。
視線を感じたのでそちらを見やると、真島課長と話し込んでいたはずの田淵部長が廊下に出てきて僕を見ていた。
「分かりました、それでは後程よろしくお願いいたします」
慌てているのを悟られないように、少し業務口調で電話を切ろうとした。
「尾上さん、楽しみにしていますね」
と言って切れた電話の向こうには、昼間の清楚な新人ではなく、昨夜僕を翻弄した「りおん」の気配が確かにあった。
……天然なのか、計算なのか。このままだと、夜が来る前に僕の心臓が持たない。
「おい、尾上どうした?」
げっ、部長、近づいてきた。
田淵 喜一。五十三歳。 バブル時期に入社し、イケイケで営業してきた根っからの「平成初期の営業マン」だ。
気合と根性が座右の銘で土下座が得意技。
しかし、数字に細かくお客様へ提案する条件の決済は困難を窮める。
「た、田淵部長!」
恥ずかしさと共にこの場を取り繕う言葉をコンマ五秒で探した。
「い、岩田電産の件で少し難航しておりまして。先方の吉永部長に何とかとりなしていただこうと思いまして、購買部の方と話していました……」
「なんだなんだ、お前らしくない。真島からは聞いているぞ。吉永部長、結構困っていらっしゃるようだな。今回はオレもできる限りの事はサポートするから、大船に乗ったつもりでいろよ」
稟議書*を回すと最低二回は突き返してくるし、そのせいで失注したこともあるのに。この間の失注の時には随分となじってくれましたよね?何が大船だ。泥船のくせに!
とはいえ、田淵部長はそれなりに僕たち若手社員には力を貸してくれる。
お節介なところはあるし、タバコの吸い過ぎで息が臭いけどそれほど嫌いではない。
「はぁあ、大船に乗ったつもりでいますよ」
「なんだ、その間の抜けた声は。吉永さんになら俺が話つけてやるぞ? どれ、携帯貸してみろ!」
という部長の手が僕のスマホに伸びる。
マズい、画面にはまだ『東堂 暁子』の名前が…… 僕は反射的にスマホを背中に隠し、必死の笑顔を作った。
「いえ、大丈夫です!」
「何が大丈夫だ。そんな今にも死にそうな声をあげておいて。困ったらこの田淵に言うんだぞ? ハハハハハ!」
と言って部長は去っていった。お節介も過ぎるだろ、部長。
デスクに戻ると、真島課長と談笑していた水野と結衣香が僕の所にやってきた。
「悟、結衣香と三人で飯行かねえ?」
ああ、そういえば昼の時間か。
色々ありすぎて時間が経つのが早いぞ、今日は。
「ああ、いいよ。十分くらい待ってくれるか? 報告書、出さないと」
水野詩郎 ―― 僕の同期の一人で、同じ課のセールスマンで、ライバルでもある。クソイケメンでクソ開業医の父親がいるクソ金持ちのボンボンだ。
クソを三つも並べたが、僕らは仲は良い。単に僕がやっかんでいるだけ(笑)。
コイツは結衣香の事が好きで、二度と告白して二度とも撃沈したらしいが、こうやって普通に昼食を結衣香と食べるとか僕にはちょっと信じられない。
二人ともどんな心臓してるんだか。
三人で昼食する事になったこの事が、悪意のある第三者によって僕を窮地に追い込むことになるとは、思いもしなかった。
*稟議書とは、組織内の決済を仰ぐお伺いの文書のことです。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ついに東堂さんの方からアプローチがあり、夜の再会が約束されました! 清楚な新人社員と「りおん」の顔を使い分ける彼女に翻弄される悟が微笑ましいですね。
……しかし、最後の不穏な一文が気になります。結衣香、水野との平和なはずの昼食が、なぜ悟を窮地に追い込むのか。「悪意のある第三者」とは一体誰なのか? ハラハラが止まらない第七話へ続きます!
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