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第五十八話 役員会議で僕と婚約者が社会的に抹殺されそうになりましたが、現場で築いた信頼と社長の鶴の一声で、嫌味な常務の方が左遷されました

 いつもお読みいただきありがとうございます!


 真冬の重役会議室。


 都賀常務の仕掛けた最悪の罠が牙を剥き、吉永部長と悟たちは絶体絶命のピンチに追い込まれます。


 暁子の職業を暴露され、社会的な抹殺を宣言される中……立ち上がった悟の言葉と、現場の「ある声」が奇跡を起こします!


 ストレスからの大逆転劇、スカッと感120%の第五十八話をお楽しみください!

 本格的な冬の寒波が東京を覆い尽くした、十二月半ばのこと。


 岩田電産本社の最上階にある重役会議室は、氷点下のような張り詰めた空気に包まれていた。


 巨大なマホガニーの円卓には、日本を代表する半導体メーカーである岩田電産の社長をはじめとする役員たちがずらりと顔を揃えている。


 その末席には、強張った面持ちの吉永部長の姿があった。


 そしてなぜか、サプライヤーである関東テクノスから、真島課長と僕の二人もこの場に呼び出されていた。


「さて。本日は定例会議の前に、我が岩田電産のコンプライアンスに関わる『極めて重大な不正』について、皆様にご報告せねばなりません」


 静寂を破り、都賀常務が立ち上がった。


 その顔には、勝利を確信したような傲慢でねっとりとした笑みが張り付いている。


「吉永部長。先月の役員会議の折、あなたが『自身の姪』だと称して我々に紹介し、お茶出しをさせた女性……東堂君についてです」


 都賀は手元のタブレットを操作し、会議室の巨大モニターに数枚の写真を大写しにした。


そこに映し出されていたのは、純白のドレスを身に纏い、新宿のネオンを背景にして微笑む『りおん』——曉子さんの姿だった。


「彼女の正体は、新宿の高級キャバクラ『堕天使』のナンバーワンホステスです」

 会議室が、ざわっ、とどよめいた。


 都賀は役員たちを見渡し、大仰な身振りで演説を打った。


「お分かりでしょうか! 吉永部長は、ご自身の社内での影響力を高めるためだけに、どこの馬の骨とも知れない『夜の女』を清楚な姪だと偽り入社させ、神聖なる我が社の役員会議に立ち入らせたのです! これは我々役員全体への著しい侮辱であり、企業の品位を地に堕とす背任行為に他なりません!」


 吉永部長は顔面を蒼白にして俯いていた。


 都賀の刃は、休むことなく次なる標的——僕たち関東テクノスへと向けられた。


「さらに! 彼女と深い男女の仲にあり、この悪質な隠蔽工作に加担していたのが、そこにいるマテリアルサプライヤー、関東テクノスの尾上悟です。我が社の半導体製造の心臓部とも言えるウエハーの調達を、このような不道徳な社員を抱える業者に任せておくわけにはいきません。吉永部長の即刻懲戒解任、および関東テクノスとの全取引の即時打ち切りを提案いたします!」


 都賀の高らかな宣言が響き渡る。


 完璧な論理。


 逃げ場のない罠。


 都賀は、自身の部下であるいう事を聞かない吉永部長と、目障りなサプライヤーを、この一撃で完全に社会的に抹殺したと確信していた。


 僕は、震える拳を太ももの上で強く握りしめ、そして——真っ直ぐに立ち上がった。


「尾上! 貴様のような出入り業者が発言する許可など——」


「常務の仰る通り、曉子さんは新宿の店で働いています」


 都賀の怒声を遮り、僕は腹の底から声を振り絞った。


「そして、彼女は僕の婚約者です。……ですが、彼女は誇りを持ってあの仕事に向き合っています。決して『どこの馬の骨』などと侮辱される謂れはありません。さらに言えば、彼女の職業が何であろうと、僕たち関東テクノスがこれまで岩田電産様に納入してきたウエハーの品質と、安定供給への誠意には、何一つ影響を与えておりません!」


「黙れ! 貴様らのような下劣な業者の言い訳など聞く耳持たん! 社長、今すぐ警備員を呼んでこの者たちをつまみ出してください!」


 都賀が真っ赤になって叫んだ。


 しかし。上座で目を閉じていた岩田電産の社長、兼高(かねたか)は、警備員を呼ぶどころか、深く、重いため息をついた。


「……見苦しいぞ、都賀常務」


 低く、地を這うような社長の声に、会議室は水を打ったように静まり返った。


「しゃ、社長……?」


「君が昨日、意気揚々と私のデスクに置いていったこの『調査報告書』だがね。……どうやら君は、外部の美容部員やら探偵やらを使い、尾上くんの婚約者のプライベートを執拗に嗅ぎ回っていたそうじゃないか」


 社長は、ドサッと分厚いファイルの束を机に投げ出した。


 それは、都賀が提出した写真だけではない。別の、もっと膨大な量の書類だった。


「人を呪わば穴二つ、と言う言葉を知っているか? 君が社内政治にかまけて夜の街の噂話を集めている間、私の元には、我が社の『現場』から、連日のように報告書や嘆願書が届いていたよ」


 社長は鋭い眼光で都賀を射抜いた。


「『先月、特殊仕様のウエハーに深刻な納入トラブルが起きた際、関東テクノスの真島課長と尾上くんは三日三晩工場に張り付き、代替ロットをかき集めてラインの停止を防いでくれた』。『尾上くんは、どんな細かな原材料のスペック調整にも誠心誠意対応してくれ、今や彼らなしではウチの半導体製造ラインは回らない』……全国の工場長や現場の技術者たちから寄せられた、彼らへの感謝状と、絶対的な信頼の証拠だ」


 都賀の顔色が一瞬にして土気色に変わった。


 僕も真島課長も、ただ現場の困っている人たちのために、泥臭く立ち回ってきただけだ。


 まさかそれが、こんな形で岩田電産のトップにまで届いていたなんて。


「尾上くんたちが、誠心誠意、我が社の半導体製造のために尽くしてくれていることは、現場の人間が一番よく分かっている。……もし、君のくだらない権力誇示のせいで関東テクノスからの原材料供給を切るようなことがあれば、我が社の工場は完全にストライキを起こすだろうね」


「そ、そんな馬鹿な! 現場の連中が、たかがサプライヤーのために……!?」


「『たかがサプライヤー』だと?」


 兼高社長の怒号が、雷のように会議室に轟いた。


「半導体メーカーの命脈を握るパートナーを軽視し! 個人のプライバシーを暴き立てて社内の同僚でさえも蹴落とすことしか頭にない! ……我が岩田電産の品位を本当に貶めているのは、吉永でも尾上くんでもない。都賀、他ならぬ君自身だ!」


「ち、違います! 私は会社のために……!」


「君のやり方には、君自身の派閥の人間すら愛想を尽かして、私に内部告発をしてきたよ。……君はもう、誰からも信頼されていないんだ。それから、」


 兼高社長がそう言いかけると、都賀常務は身構えた。


「いい加減、自分のアンチエイジングエステとやらの領収書を経理に回すのもやめていただく」


 社長は冷たく言い放ち、最後にもう一度、深くため息をついた。


「都賀。……私は君を見損なっていたようだ」


 その決定的な一言が、都賀の首を刎ねる刃となった。


 権力の頂点に立っていたはずの男は、糸の切れた操り人形のように、ドサリと革張りの椅子に崩れ落ちた。彼の怨嗟は、僕たちが現場で築き上げてきた「誠意と信頼の包囲網」の前に、完全に粉砕されたのだ。


「吉永部長。この件は不問とする。引き続き、頼むぞ」


「は、はいっ……! ありがとうございます!」


 吉永部長が、涙ぐみながら深く頭を下げた。


「それから、関東テクノスのお二人。……我が社の愚かな役員が、君たちのプライベートにまで踏み込み、多大な不快感を与えたことを謝罪する。これからも、我が社のウエハー調達と現場を助けてやってほしい」


 日本を代表する大企業のトップが、僕たちに向かって深々と頭を下げた。


「と、とんでもないことです! こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします!」


 僕と真島課長は、慌てて九十度の角度で頭を下げ返した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 岩田電産の本社ビルを出ると、冷たい木枯らしが吹いていた。


 しかし、僕の胸の奥は、これまで感じたことがないほどの熱い達成感で満たされていた。


 誠実にやってきたことは、絶対に裏切らない。


 仕事も、そして曉子さんへの想いも。


 その数日後。都賀常務が関連会社の閑職へと左遷されたというニュースが、業界内を駆け巡った。


 それは、僕たちに降りかかった冬の嵐が、完全に過ぎ去ったことを意味していた。


 これで、僕と曉子さんの結婚を阻む障害は、すべて片付いたはずだった。


 ……そう。やがて訪れる春の陽気とともに、かつて僕の心をズタズタにした「あの女」が、曉子さんへの強烈な復讐心を抱いて直接動き出すことなど、この時の僕はまだ、知る由もなかったのだ。

 最後までお読みいただきありがとうございました!


 兼高社長、めちゃくちゃカッコいいじゃないですか!!


 現場の声を一番大切にするトップの姿に痺れました。


「アンチエイジングエステの領収書」の暴露には、張り詰めた空気の中で思わず吹き出してしまいました(笑)。


 都賀常務も左遷され、これでやっと結婚へ一直線……と思いきや! ついにあの恐ろしい元カノが直接牙を剥いてくるようです(汗)。


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