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第五十二話 フッたはずの先輩を全力で庇うワケ。真島課長のトラップと、夜空を見上げる三人の切ない片思い

 いつもお読みいただき、ありがとうございます!


 悟と暁子の波乱が落ち着いたのも束の間、今度は営業部に恋の嵐が吹き荒れます!


 真島課長の悪魔的な(?)トラップにより、ついに結衣香の隠れた本音が大爆発!?


 そして迎えた花火大会の夜。


 水野とミレイ、そしてオフィスに一人残った結衣香の想いが交錯する、切なさ120%の第五十二話です。

 翌日の木曜日の午後。関東テクノスの営業部オフィスは、外の蒸し暑さを忘れさせるほどエアコンがよく効いていた。


 僕が暮林製作所向けの提案書を最終チェックしていると、真島課長がキャスター付きの椅子を滑らせて、僕のデスクの横にやってきた。そして、わざとらしく少し大きめの声を出す。


「おい、悟。聞いたか? 詩郎のやつ、昨日マジで土居さんと代官山のビストロでメシ食ったらしいぞ」


「えっ、本当ですか? 水野のやつ、行動早いですね」  


 僕は驚いて手を止めた。


「ああ。しかも、今週末の花火大会も一緒に行くことになったらしい。美瑠のやつが上手く立ち回って、グループで行く体裁にしたみたいだけどな」


「へえ……それは良かったじゃないですか。課長の企み通りですね」


「まあな。でも少し心配なのは……詩郎のやつ、結衣香にフラれた寂しさを紛らわすために、勢いで土居さんに手を出してなきゃいいけどな。あいつ、ああ見えて結構引きずるタイプだから、自分の傷を癒すための当て馬みたいに土居さんを巻き込んだりしてなきゃいいが」


 真島課長が腕を組み、わざとらしくため息をついた、その瞬間だった。


――バンッ!!


 島向かいの席で、結衣香が両手でデスクを強く叩き、勢いよく立ち上がった。


 オフィスにいた数人の社員が、何事かと一斉にこちらを振り向く。


「……結衣香?」


 僕が目を丸くしていると、結衣香は肩を震わせ、真島課長を真っ直ぐに睨みつけて言い放った。


「課長! 水野先輩は、そういう不誠実なことはしません!」


「お、おう?」


「普段はあんなチャラチャラした態度をとってますけど……いざという時は、ちゃんと相手のことを見て、真剣に向き合える人です! 土居さんのことも、自分の寂しさを埋めるために利用するような人じゃありません!!」


 一気にまくし立てた結衣香の声が、静かなオフィスに響き渡る。


 数秒の、完全な沈黙。


 結衣香はハァハァと息を切らしていたが、やがて全員の視線が自分に集まっていることに気がついた。


 そして、自分が今「盛大にフッたはずの相手」を、顔を真っ赤にして必死に擁護してしまったという事実に思い至ったらしい。


「あっ……」


 結衣香の顔が、耳の先から首筋まで、文字通りゆでダコのように真っ赤に染まっていく。


「い、いや、これはその! 営業部の風紀として、相手の気持ちを弄ぶような態度は良くないという一般論であって! べ、別に水野先輩を庇ったわけじゃ……っ!」


「結衣香、お前……」


 僕が声をかけようとすると、結衣香はバッと手元の空のバインダーを抱え込んだ。


「ボ、ボク、ちょっと一階のコンビ二でコピー取ってきます!!」


「結衣香、コピー機ならすぐ後ろに……」


「コンビニのコピー機の方が画質がいいんですっ!!」


 結衣香はそう叫ぶなり、脱兎のごとくオフィスから駆け出していった。


 嵐が去った後のようなオフィスで、僕は呆然と真島課長を見た。


 真島課長は、手元のコーヒーカップを傾けながら、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべている。


「……課長。結衣香に聞こえるように、わざと言いましたね?」


「さあな。だが、あいつの口から『真剣に向き合える人』なんて言葉が飛び出すとは思わなかったぜ」


 真島課長は楽しそうに肩をすくめた。


「詩郎のやつ、実はとっくに結衣香の『内堀』を埋め終わってたってことだな」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 そして、週末の夜。


 都内の河川敷で開催される大規模な花火大会の会場は、息が詰まるほどの人熱れに包まれていた。


「土居さん、こっちこっち! はぐれないようについてきて!」


「はいっ、すみません……すごい人ですね」


 人混みをかき分けながら、水野は後ろを歩くミレイを気遣って振り返った。


 紺地に朝顔が描かれたシックな浴衣姿のミレイは、普段のオフィスでの地味な印象とは打って変わり、ハッとするほど大人びて美しかった。


「いやー、マジでその浴衣似合ってるっす。綺麗すぎて、さっきから周りの男が土居さんのこと見まくってますよ」


「も、もう。水野さんったら、すぐそうやってお世辞を言うんだから……」


 ミレイは顔を赤らめて俯いた。水野は「お世辞じゃないんすけどね」と笑いながら、周囲の波から彼女を守るように、さりげなく自分が人混みの盾になる位置へと移動した。


 本来なら、言い出しっぺの立花美瑠も一緒にいるはずだった。


 しかし、会場に着くなり美瑠は「あーっ! あんなところにベビーカステラの屋台が! 私絶対買いたいんで、お二人は先に行って場所確保しといてくださいっ!」と、わざとらしい棒読みのセリフを残して、人混みの彼方へ消え去ってしまったのだ。


立花(後輩)ちゃん……気遣いエグいな。後でコーヒー奢ってやらねえと)


 水野は心の中で苦笑した。


 河川敷の少し開けた場所にシートを敷き、二人は並んで座った。


 夜風が心地よく吹き抜け、遠くの屋台の喧騒が祭りの気分を盛り上げる。水野は買ってきた缶チューハイとお茶を開け、ミレイと乾杯した。


「水野さん、今日は誘ってくれてありがとうございました。すごく楽しいです」


「こちらこそっすよ。オレみたいな男の誘いに乗ってくれて、マジで感謝っす」


 水野はミレイに微笑み返した。


 彼女は優しくて、芯があって、一緒にいてとても落ち着く。ミレイとこのまま付き合えたら、きっと穏やかな日々が待っているのだろう。


 ……これで、オレも前に進める。そう自分に言い聞かせた、その時だった。


 ブブッ。


 水野の甚平のポケットの中で、社用スマホが短く震えた。


 休日に仕事の通知など無視すればいいのに、水野は無意識にスマホを取り出し、画面に目を落としてしまった。


『【岩田電産・追加資料について】 送信者:汐留結衣香』


 画面に表示された名前に、水野の鼓動がドクンと跳ねた。


(……汐留ちゃん、こんな時間まで一人で残業してんのかよ。あの資料、過去のデータフォルダの場所が分かりにくいんだよな。あいつ、ちゃんと見つけられたかな……)


 気がつけば、水野の親指は無意識のうちに「メールの返信」ボタンを押し、フォルダのパスを打ち込もうとしていた。


「……水野さん?」


 ミレイの声にハッと我に帰り、水野は慌ててスマホの画面を伏せた。


「あ、ごめん! なんでもないっす! 休日に仕事のメールとか、マジで無粋っすよね。忘れます!」


「……会社の方からですか?」


「あー……うん。ちょっと後輩が残業してるみたいで。でも大丈夫っす!」


 水野はいつものチャラい笑顔を取り繕った。しかし、ミレイはその一瞬の彼の変化を見逃さなかった。


 スマホの画面を見つめていた水野の目は、いつものおどけたものではなく、ひどく真剣で――どうしようもなく、誰かを心配する優しい色をしていたのだ。


(……ああ。やっぱり、そうなんだ)


 ミレイは、膝の上でそっと両手を握りしめた。


 ドンッ!!


 その時、夜空に巨大な光の華が咲き乱れ、遅れて腹の底に響くような轟音が轟いた。


 花火大会が始まったのだ。


「うわっ! すっげー! 土居さん、見ました!? 今のめっちゃデカいっすよ!」

「……ええ。綺麗ですね」


 夜空を見上げる水野の横顔を、花火の光が色鮮やかに照らし出す。


 ミレイは、空ではなく、水野のその横顔を静かに見つめていた。


 彼は今、私の隣に座って、私に優しくしてくれている。


 でも、彼の心の一番深い場所には――決して私が入り込むことのできない『誰か』がいる。


(水野さんの目は……いつも、あの方を向いているんですね)


ミレイは少しだけ寂しそうに微笑むと、再び夜空の花火へと視線を戻した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 同じ頃。誰もいない関東テクノスの営業部オフィス。


 カタカタと、キーボードを叩く音だけが響いていた。


 結衣香は一人、パソコンのモニターと睨み合いながら、岩田電産向けの資料の手直しをしていた。


 休日にわざわざ出社して残業しているのは、納期が迫っているからという理由だけではない。家に一人でいると、どうしようもなくイライラして、余計なことばかり考えてしまうからだ。


 ドンッ……。


 窓の向こうから、くぐもった重低音が響いてきた。


 ブラインドの隙間から、遠くの空が赤や緑にチカチカと光っているのが見える。


「……花火」


 結衣香はキーボードを叩く手を止め、小さく呟いた。


――『今週末の花火大会も一緒に行くことになったらしい』


 真島課長の言葉が、脳裏にフラッシュバックする。


 今頃、あの二人は一緒に花火を見上げているのだろうか。チャラチャラと笑いながら、ミレイを褒めちぎっているのだろうか。


「……っ、関係ない。ボクには、関係ないことだ」


 結衣香はギュッと唇を噛み締め、モニターに向かって必死に自分に言い聞かせた。


 自分が水野をフッたのだ。だから、彼が誰と遊ぼうが、誰と花火を見ようが、口出しする権利なんてない。


 なのに、どうしてこんなにも、胸の奥がチクチクと痛むのだろう。


 水野の隣で笑うミレイの姿を想像するだけで、視界が滲んで、仕事に全く集中できなくなるのだろう。


「……バカみたい。仕事、仕事しなきゃ」


 結衣香は乱暴に目元を拭うと、再びキーボードに手を伸ばした。しかし、指先が震えて、うまくタイプすることができない。


 ドンッ、と再び遠くで花火の音が鳴る。


 誰もいない静かなオフィスで、結衣香はその音から逃れるように、両手で耳を塞ぎ、デスクに深く突っ伏した。


 最後までご愛読ありがとうございます。


 今回は水野と結衣香、そしてミレイちゃんの心情が痛いほど伝わってくる素晴らしい回でした。


 真島課長の絶妙なアシスト(挑発)で溢れ出した結衣香の本音と、花火の光に照らされた水野の横顔を見て悟るミレイの静かな諦観。情景描写が本当に美しく、映画のワンシーンのようでしたね。


 不器用な彼らの恋をこれからも応援したい!と思っていただけましたら、ぜひ下のボタンから【作品のフォロー(ブックマーク)】や【評価(★)】をいただけますと大変励みになります。


 切ないご感想も大歓迎です! 引き続き、よろしくお願いいたします。

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