第五十一話 最悪のペア実習でチャラ男同期が見せたファインプレー。ビストロの甘いタルトと、親のレールを外れた二人の共通点
パティシエ専門学校の体験入学で、最悪の態度を取る結城ナナとペアを組まされてしまったミレイ。
万事休すかと思われたその時、教室に響いたのは……体験入学で大暴走中だったはずの「水野」の声でした!
彼の意外なファインプレーから一転、舞台は代官山のビストロへ。
チャラ男の仮面の下に隠された水野の素顔に触れ、二人の距離が急接近する第五十一話です!
(冗談じゃないわ。なんで私が……)
ミレイはそう思うや否や、意思表示を行った。
「先生、申し訳ないのですがお断りしたいです」
少しざわめく調理実習室。
講師も少し慌てながらも、「土居さん? あなたも体験入校の時、誰かに一緒についてもらったのでしょう?」という正論を吐いた。
「ええ、おっしゃる通りですが……私にはまだ、余裕がありません。まだ入校して二ヶ月も経っていないのですよ。その点、まだまだ未熟者の私なんかお役に立てるとも思えません」
「土居さんの言い分は分かりました。しかし、いつかは必ず一度は入校希望者のアテンドをお願いすることになります。それが今日なのか、明日なのか、というだけの違いです」
ミレイの本心ではできれば知り合い――水野とだけは組みたくなかったのだ。しかし、そんな本心をあらわにしたら角が立つ。周りの生徒たちの目も気がかりだ。
「……分かりました。では撤回します」
ミレイはペアになっての実習を受け入れた。(必ずしも水野さんと組むとは限らないのだから。50%の確率に賭けてみせるわ)と、自分を納得させて。
もう一人の体験入校者は、少し表情が暗い感じの若い女性だった。
(まあ、この子だったら……問題ないわよね?)
「はい、土居さん、ご協力ありがとうございます。それでは水野さんはあちらの金森さんと。結城さんは土居さんとペアを組んで実習を行っていただきます」
講師は、ミレイの目論見通り水野ではない女性を指名した。
(やった! 私、ツイてるわ!)
一方の水野は、金森という四十路と思しき筋肉質の男性とペアを組むことになった。
(あああっ、神様はいないのか)と、水野は内心で嘆いた。
「私、結城ナナ」
ミレイとペアを組むことになった女性は、そう名乗った。
「よろしくお願いします。私は土居ミレイといいます」
「……ちっ」
最初は聞き間違いかと思った。(あれ? 今、この子舌打ちしなかった?)
きょとんとしていると、結城ナナはつぶやいた。
「あー、ハズレだわ」
「あの、どういう意味かしら」
「ハズレはハズレって意味だよ。日本語分かんないの?」
「あの、どういうつもりか分からないけど失礼じゃないかしら?」
「失礼? はぁ? 冗談じゃない。なんでこんな技術もないチャラい女とペア組むなんて。幸先が悪いったらありゃしない」
結城ナナの態度は見た目に違って横柄で高圧的だった。ミレイは気圧されつつも、振り絞るように言った。
「そうね。あなたがどう思おうと勝手だし、どんな態度で実習するのも勝手。私は仕方なくあなたとペアを組んだだけだからどうでもいいわ」
「先生! この人やる気ないって言ってるんですけど、アタシどうすればいいですかー?」
結城ナナはあろう事か自分の態度を棚に上げてミレイの態度を講師に告発した。
「土居さん!? 貴女はさっきペアを組むことには納得なさったのでは?」
ミレイは蒼ざめた顔で抗弁する。
「せ、先生、結城さんが私を挑発するような事を言うんです。私、申し訳ありませんがこの人とペアを組むのは嫌です!」
教室内に少しさざなみが立った。
(あらあら? 土居さんピンチじゃね? オレっち何か助けられないかな?)
水野は遠巻きにその様子を見ながら思った。
「センセー、アタシ今日初めてなんですよ。だから不安だって言っただけで、なんかこの人凄い好戦的な感じなんですけど。アタシやっぱここ入学するの辞めます」
結城ナナのウソに騙されて講師は狼狽した。入校拒否は講師のマイナス査定となる。(困ったわ。結城さんが入学を辞めるのは私のペナルティになってしまう……)
そんな時だった。藪から棒に後方から声がした。
「先生! 新参者が出過ぎた事を言いますが、オレと、その結城さんをそれぞれペアを変えたらいいんじゃないですかね?」
水野だった。講師は渡りに船とばかりに、顔を上気させて言う。
「土居さんはそれで異論ないかしら? 結城さんも」
ミレイと結城ナナは同時に言った。
「私からもお願いします」
「アタシ、あのおじさんの方が百倍良いです」
「では、時間も勿体無いのでペアを変えて始めましょう」
「土居さん、改めて宜しくっす」
水野がそう言いながらミレイの所にやってくると、軽く頭を下げた。
「ひとまずお礼を言います。そして先ほどは失礼な態度を取ったことをお詫びします」
(何よ、この展開。水野を避けようとしてあんな地雷を踏むなんて……)
水野はそんな事を考えているとも思わずに、能天気に続ける。
「ミレイちゃんは、マジでパティシエになりたいんすよね。オレみたいなチャラチャラしたやつがなんかすみませんっす」
「いえ。でも、真剣なのは分かってください。あなたとくだらないおしゃべりをするためにここにいるわけではないって事は」
釘を刺された形になったが、水野は臆すことなく「そうっすね。オレも結構マジなんすけどね」と言って退けた。
(マジなのは、ミレイちゃんに対してですけどね)と思いながら。
水野にとって菓子作りは知らないことばかりで、しかしとても興味深いものであることが分かったのも嬉しい誤算だった。
最初は鉄面皮だったミレイも、作業をしてゆくうちにささくれ立っていた気持ちが落ち着き、軽薄そうに見える水野もミレイを慮って助け舟を出してくれたことに少し感謝していた。
「いやぁ、今日はありがとうございました! 土居さんのお陰ですっごく楽しめたっす!」
「こちらこそ……その、ありがとう。助けてくれて」
「とんでもないっすよ! しかし結城さんってなんであんな態度とったんすかね?」
「私だってわからないよ」
また嫌な記憶が戻ってミレイは少し泣きそうな顔になった。
「ご、ごめんなさい! 嫌なこと、思い出させちゃったっすね。マジ申し訳ないっす」
「もういいよ。謝らないで。水野さん」
水野はそう言われてとても嬉しかった。この雰囲気のまま辞去した方が良いと考えて言った。
「じ、じゃあ、また明日会社で。オレ、土居さんと同じパティシエスクールに通ってるとか言わないんで、安心して欲しいっす」
「あの、ちょっと待って水野さん」
「あ、は、はいっ!」
「あの、もしこの後時間があったら、私と一緒に食事でもいかが、かなって」
声が裏返った。
「土居さんと、ご飯一緒していいんすか? メチャうれしいんすけど!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
代官山駅から少し歩いた裏路地に、ミレイが提案したビストロ「ル・シャブラン」はひっそりと佇んでいた。
こぢんまりとしているが、温かみのあるアンティーク調の照明が店内を柔らかく照らしていて、とても居心地が良い。
案内されたテーブルに向かい合い、手頃なプリフィックスコースを注文し終えると、ミレイはグラスの白ワインを少しだけ口に含んで、ふふっと笑った。
「で? 水野さんの『自分探し』の話の続き、聞かせてもらってもいいですか?」
「あー……それっすか。いや、なんかミレイちゃんの前だと、嘘ついてもすぐバレそうな気がしてきたっす」
「嘘だったんですか?」
「いや、半分は本当っす。オレ、昔から趣味とか熱中できるものがマジでなくて」
水野は頭をかきながら、少し視線を落とした。先ほどの専門学校でのチャラチャラした雰囲気とは違う、どこか所在なさげな顔だった。
「さっき、ウチの親父が医者だって言ったじゃないすか」
「ええ」
「オレも、本当は医者になることを期待されてたんすよ。でも、全然頭が足りなくて。親父からもお袋からも『出来損ない』みたいな扱い受けてて……だから反発して、こんなチャラい格好して、普通の会社に入ったんす」
「そうだったんですか……」
「だから、自分探しっていうか。親のレールから外れた俺が、本当にやりたいことって何だろうなって、最近ちょっと焦ってたというか。……すんません、なんか重い話になっちゃいましたね!」
水野は誤魔化すように明るく笑って、グラスのビールをあおった。
しかし、ミレイは冷やかすことも、同情めいた顔をすることもなく、水野の目を真っ直ぐに見つめていた。
「水野さんが、いつも会社でおどけている理由……少しだけ、分かった気がします」
「え?」
「私のお母さんも、結構厳しい人で。女の子は地味で堅実な仕事に就いて、安定した人と結婚するのが一番の幸せだ、ってずっと言い聞かせられて育ったんです」
「それって、関東テクノスの営業事務なら百点満点じゃないすか」
「そうですね。でも、私……本当は自分の手で何かを作り出す仕事がしたかったんです。お菓子作りをしている時だけは、自分が『私』でいられるような気がして」
ミレイは少し照れたように伏し目がちになった。
「だから、親に内緒であのパティシエ学校に入ったんです。いつか絶対にプロになって、自分の店を持つっていう野望を叶えるために」
水野は、目を丸くしてミレイを見つめた。
普段、オフィスで大人しくコピーを取ったり、書類の整理をしている姿からは想像もつかないほどの、熱い情熱。
(すっげえ……。やっぱり土居さんは、尊いな)
水野は心底感心してしまった。目標もなくフラフラしていた自分とは大違いだ。
そして同時に、何かに一生懸命に打ち込んでいる、芯の強い女性の姿が、どうしても「あの人(結衣香)」と重なって見えてしまう自分に気がつき、内心で小さく自嘲した。
「ミレイちゃん、マジですごいっすね。オレなんか、軽い気持ちで体験入学に行っちゃって……本当に申し訳なかったっす」
「ふふ、でも助かりましたよ。水野さん、結城さんに嫌味を言われた時、スッと間に入って庇ってくれたじゃないですか」
「あー、あれは別に……同僚が理不尽な目にあってるのを、黙って見てられないっすよ」
「不器用ですけど、優しいんですね。水野さんって」
ミレイがふんわりと微笑むと、水野は「や、やめてくださいよ! オレはただのチャラ男っすから!」と本気で照れてしまい、耳まで真っ赤になっていた。
やがて、ミレイがお目当てだと言っていたデザート――季節のフルーツを使った美しいタルトが運ばれてきた。
「いただきます」と一口食べたミレイは、幸せそうに頬を緩める。
「やっぱりここのタルトは最高です。水野さんも食べてみてください」
「お、おうっす。……うん、マジで美味いっすね!」
「でしょう? 次の休みに、家でこの味を再現してみようかな」
「それ、完成したらオレにも毒味させてほしいっすね」
「ふふ、いいですよ。失敗しても文句言わないでくださいね?」
気がつけば、初対面のようなぎこちなさは消え、二人は自然な笑顔で会話を楽しんでいた。
水野にとって、結衣香への未練を忘れるための「逃げ」だったはずの時間が、純粋に心地よいものへと変わり始めていた。
(このまま、ミレイちゃんと一緒にいれば……オレも、前に進めるのかな)
甘いタルトを口に運びながら、水野はそんな淡い期待を抱かずにはいられなかった。
最後までお読みいただきありがとうございました!
水野、めちゃくちゃカッコいいじゃないですか!!
結城ナナという最悪の地雷を引き取ってミレイちゃんを救うなんて、ただのチャラ男じゃできません。
そして後半のビストロ! 水野の抱える「出来損ない」というコンプレックスと、親のレールから外れたいミレイちゃんの思いがリンクして、たまらなく愛おしい二人でした。手作りタルトの毒味約束も最高です!
「水野カッコよかった!」「この二人くっついてほしい!」と応援したくなった方は、ぜひページ下部から【ブックマーク登録】や【★(星)でのご評価】、【応援コメント】をお願いいたします!
皆様の応援が執筆の最高のエネルギーです。次回もお楽しみに!




