第五十話 意中の大人しい同期を追ってパティシエ学校に体験入学したチャラ男。しかし彼女は遊びではなく本気で転職を考えており、最悪の空気の中でペア実習が始まります
花火大会に向けて、立花美瑠による「ミレイ誘い出し作戦」が進行する中……実は裏で、当の水野本人が大暴走をしていました!
真島課長の(適当すぎる)アドバイスを真に受け、ミレイが通う代官山のパティシエ専門校へ体験入学にやってきた水野。しかし、大人しいミレイの胸の内には、水野の想像を絶する「熱い野望」が隠されていて……!?
温度差が激しすぎる二人の、波乱のお菓子作り実習が開幕です!
土居ミレイさんは営業一課の営業事務をしている立花美瑠の同期入社の女の子だ。結衣香と僕が付き合っていると噂を流した一人だが、真相は闇の中だ。
あまり目立つ感じではないけれど、清楚な感じがするとかで割合と人気が高い事は僕でも知っている。
土居さんは、水曜日と金曜日は定時で上がって趣味である菓子作りの教室に通っているのだとか。
真島課長曰く、水野が今日、終業の合図とともに何処にいそいそと出かけて行ったのは、どうやら土居さんの通う、代官山にある「bourgeon à fleurs」というパティシエ専門学校に行ったらしかった。
「詩郎の奴さ、どうやら土居さんの事が好きみたいなんだよな」
それを聞いた結衣香がまた微妙な顔をした。
今度は課長はその表情を見逃さなかった。
「お前は詩郎を振ったんだから、そんな顔しないの」
「ボ、ボクは別に!」
やっぱりあれ程に水野に塩対応な結衣香でも、水野が他の娘が好きだと聞いたら動揺するんだな。
「マジマン、結衣香先輩の事からかったらだめですって」
「俺はいいの。結衣香の上司なんだから」
何言ってんの! 普通に良くないでしょ。
「ダメですよ! パワハラにセクハラですって!」
と、立花さん。
「えー、こんな程度でハラスメントとか世知辛い世の中だよなあ」
「真島課長、ひょっとして昭和の生き残りですか?」
結衣香も応戦。
「もー、この際結衣香のことは置いておいて」
真島課長が言い出したんじゃん、と結衣香はお冠だ。
こんな緩い感じ、僕は嫌いじゃないけど結衣香はとんだ迷惑だよね。
「で、詩郎はな、今日土居さんに近づきたくて何とかっていうパティシエの学校に体験入学に行ったんだよ」
「チャラ先輩もヤバいっすね。ストーカースレスレじゃないすか」
「まあ、その辺は俺が上手い躱し方を伝授しておいたさ」
「どうせ『やあやあ、奇遇だね!僕もお菓子作りに興味があってさ、土居さんがいるなんてビックリしたよ!』とかそんなもんでしょうよ」
立花さんの水野の顔真似は結構面白いな(笑)。
「立花さん、何でわかった⁉︎」
課長、僕にも秒でわかりますって。
「とにかくだ。立花さんには同期のよしみで花火大会に誘い出して欲しいんだ」
「えー、チャラ先輩のために、私がですか?」
「お前には迷惑掛けないから」
「ミレイが迷惑じゃないですかぁ」
「そんな事分からんだろ」
「徒労だと思いますけどね」
「そこをひとつ」
水野のために真島課長がこんなに必死になってくれるなんて。僕の時はどうだったっけ?
結局真島課長の熱意に押された立花美瑠は、来週末の花火大会に土居さんを誘う事を承諾した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日のこと。立花美瑠は土居ミレイを誘った。
「ねえ、ミレイ」
「あれ、美瑠。どうしたの?」
「田淵部長に書類の届け物があってさ。ついでにミレイのところに寄ったのよ」
「ついでって酷い(笑)」
「ついではウソ。ミレイ、今週末は何か予定ある?」
土居ミレイは一瞬返答に詰まった。
「何かあるの?」
「うん、最近結衣香先輩の課員の人たちと仲良くなってね。花火大会に誘われたんだ。ミレイも一緒に行かないかなって」
ミレイはその返答にぎくりとした顔をした。それを隠すように立花美瑠に笑顔を向けた。
「美瑠も最近変わったよね。社内の人たちとそんな感じで絡むのって前にはなかったし」
「憧れの結衣香先輩と一緒に遊べるんだもん」
「そっか(笑)」
「で、来週土曜日はどう?」
「うん、ちょっと……予定があってね」
立花美瑠はそれを聞いて安堵した。無理に誘わなくて済む。
「そっか、残念。じゃあ今度また二人で飲みに行こ?」
「ううん、その予定はどうにでもなるっていうか」
「無理しなくていいよ? 急な話だしさ」
「うん、でも調整できると思うから、今晩まで待ってもらっていい?」
「それは構わないけど、無理しないで」
「うん、大丈夫」
「じゃあ戻るね。連絡待ってるね」
「うん、それじゃ後でね」
立花美瑠は自分のデスクに戻ってからも土居レミの反応に違和感を持っていて、それに引っかかっていた。
「これは何か匂うな……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あれえ、土居さんじゃん! 奇遇だね。こんな所で会うなんてさ」
話は昨日に遡る。
水曜日のノー残業デーを利用して、土居ミレイの通うパティシエ専門学校の体験入校に参加した水野詩郎は真島が企図した通りの台詞を言ってミレイに声をかけた。
「水野さん、なんで……」
同僚とはあまり会いたくない場所で会ってしまった、という気持ちがつい出てしまった。
それを無視するように能天気な返しをする水野。
「やっほー! 会社ぶりだねっ!」
「本当にどうしたんですか? こんな所に来て」
軽い感じの水野の一言に対しては、明らかにミレイの表情は硬い。
「今日は体験入学なんだよねー。いきなりオレっち、菓子作りに目覚めたっていうか」
ミレイの頭の中にははてなマークしか浮かんでこなかった。
「そ、そうですか。それでは準備がありますので失礼します」
「そんなー、冷たいじゃん? もう少し話そうよ」
「水野さん、はっきり言いますけど、私遊びでここに通っているんじゃないんです。邪魔をしないでくれますか?」
表情を変えたミレイのその真剣な眼差しに水野はたじろいだ。
「ご、こめんね。でも、これが終わったら少し話せないかな?」
水野の渾身の提案に、ミレイは返答もせず実習室に入って行った。
水野は専門校の事務員から説明を受けるためにロビーへ。表情は明らかに落ち込んでいた。
(土居さん、怒ってたよな……やっちゃったな……オレのバカ!)
水野はいつもおチャラけた態度を取っているので、頭が悪く軽薄なイメージを持たれているが、その実自分に自信がなく、そんな態度をとる事で自分のメンタルを保っている。
気もそぞろで女性事務員からの説明を聞いて、入学関連の書類を一式受け取ると今度は調理実習室へ案内された。
そこに、ミレイが居た。
(ああ、まだ神はオレっちを見捨てていなかった!)
実習室の後ろの方で待機するように言われた水野は、そう勝手に解釈して先ほどとはうって変わって笑顔になっていた。
実習室内には、全部で十人ほどの生徒がいた。
多くはミレイくらいの年齢の女性だったが、少し強面の中年男性も一人、十代に見える男女もいた。
ミレイも水野が実習室に入ってきたのを認識していた。
(水野さん、なんでこんなところに?)
なんだか気持ち悪い、とすら思っていた。
土居ミレイがパティシエ専門校に入った理由は、関東テクノスの営業事務員でいることが嫌になったからだ。
仕事は単調で刺激がなく、同僚や上司との関係は悪くはないが一日一日、時間を浪費しているように思えてならなかった。
ミレイは一見大人しい性格だが、実は内に秘める自己実現への野望は大きなものがあった。
それゆえに関東テクノスを辞めて単に転職するのではなく、自分が幼いころに夢見たパティシエになるという選択肢もアリなのではないか、そう思いを巡らせて、自分のパティシエとの適性を見極めるために入校したのだ。
(私は水野さんみたいにお遊びでここに来ているんじゃないんだから!)
ミレイは水野を敢えて無視した。
水野はそれを誤解して、
(土居さん、すごい集中力だな……そしてキレイだ……本当に尊いなあ)
などと考えていたからおめでたい。
内に秘めた向上心の塊のミレイと、自信不足のチャラ男の水野が釣り合うはずがない。この時点で、ミレイをストーキングするように水野がパティシエ専門校へ押しかけたのは間違いなく悪手であった。
「はい、それでは本日の課題である『フルーツタルト』の調理実習を始めたいと思います。今日は、二名の体験入学者がいらっしゃいますので、これから二人の在校生を指名しますのでペアになって実習をしていただけますか?」
講師のパティシエが少し大きな声で言った。
ミレイはそれを聞いて咄嗟に「絶対に私を指名しないでほしいな」と思った。
相手が水野であるかどうかはともかく、自分は集中して実習を行いたかったからだ。
「それでは、金森さんと土居さん。お願いできますか?」
しかし、講師は非情にもミレイを指名したのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました!
先生、なんて非情な指名を……!!(爆笑)
お遊び気分の水野と、人生を懸けて集中したいミレイちゃん。
この温度差MAXの二人が「フルーツタルト」なんて繊細なものを作ったら、大惨事になる予感しかしません! 水野、頼むから空気読んで真面目にやってくれー!(汗)
「水野やらかしたな!」「ミレイちゃんカッコいい!」とニヤニヤ・ハラハラした方は、ぜひページ下部から【ブックマーク登録】や【★(星)でのご評価】、【応援コメント】をお願いいたします!
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