第四十八話 自分を陥れようとしたライバルを庇う彼女と、ついに僕を名前で呼んでくれたお母さん。愛おしすぎたので、帰り道にお仕置きのハグをしました
波乱の職場参観を乗り越え、ついにご両親から夜の仕事を認められた暁子。
自分を罠に嵌めようとしたライバル・エリカの処分に対し、暁子が取った驚きの行動とは?
そして後半は、緊迫した夜の世界から一転……皆様お待ちかねの、ニヤニヤ不可避な帰り道が待っています! 最高に甘いご褒美タイムをお楽しみください。
「葉山さん、今日は色々と勉強させてもらったよ。本当にありがとう」
「私がいかに世間に疎くて、こうしたお仕事に対して色眼鏡で見ていたか……本当に反省させられました」
エレベーターホールでお見送りされていた曉子さんの両親は、口々に葉山店長への感謝を述べて、深々とお辞儀をした。
「これからも、曉子を宜しくお願いします」
「ええ、勿論です。当店で働いてくださる限りは、私たちが責任を持って彼女を守りますので、どうか安心してください」
葉山店長がいつもの強面を崩し、そう柔らかい表情で告げると、ご両親とも憑き物が落ちたように安堵した様子だった。
「それで、その……あのエリカさんと言う方は……」
少しの沈黙の後、心配そうにお母さんが尋ねた。
無理もない。あわや最悪の事態になりかけたのだ。葉山店長は静かに首を横に振った。
「店のルールを犯し、仲間のキャストを危険に晒したのですから、無罪放免とは参りません」
「そうですか……でも、その……なるべく寛大な処置をお願いします」
要するに、店のナンバーワンを巡って、エリカさんはりおんさんとライバル関係にあった。
そこで、仲井さんの手癖の悪さを利用して、ご両親から「こんな店辞めなさい」と言われるように仕向けたということだ。
エリカさんは店長に「同伴します」と報告した後、同伴出勤の時間を意図的に早めるよう、仲井さんにボトル一本で交渉したらしい。
夜の世界の生存競争は、かくも恐ろしい。
エリカさんは「追って沙汰を言い渡す」と店長にひんやりとした声で告げられ、既に退店させられていた。
「店長、私からもお願いします」
すると、あろうことか被害者である曉子さんまで、エリカさんの処分の減免を店長に懇願し始めた。
「おい、りおん。お前、下手したらここを辞める羽目になってたかもしれないんだぞ? なんで自分を陥れようとしたアイツを庇うような事を言うんだ?」
腕を組んで壁にもたれていた姉小路が、呆れたように突っかかった。
彼女の言う事ももっともだ。
「クレアさん、そうなんだけど……あんな事があったおかげで、このお店がとても健全で、葉山店長がとても信頼のある人だって、私の両親が分かってくれたの。だから、私が言うのも変だけど、エリカさんにやり直すチャンスをあげて欲しいなって」
「……っ、お前は本当に世間知らずで、おめでたい奴だ。この世界はさ、生馬の目を抜くような世界なんだよ。そんな甘っちょろいことで……」
「甘っちょろいのは、ダメ?」
曉子さんは、小首を傾げながら姉小路にギュッとハグをしてそう言った。
「……っ!」
姉小路は一瞬顔を赤くして固まり、やがて盛大なため息をついた。
「……ま、まあ、お前はそのままでいいよ。アタシが引退するまでは、アタシがお前の後ろ盾になって守ってやるから」
「クレアさん!」
「ずるいぞ、りおん。あんな真っ直ぐな瞳でそんなこと言われたら、アタシが折れるしかないじゃんか」
憎まれ口を叩きながらも、姉小路の表情はどこか優しかった。
「えへへ、クレアさん大好き」
そんな微笑ましいやり取りを見て、お父さんが優しく声をかけた。
「それじゃあ曉子、父さんたちは先に帰っているよ。帰り道は、気をつけるんだぞ」
出番だ。僕は居住まいを正して声を張った。
「僕が責任を持って、曉子さんをご自宅までお送りしますから!」
すると、お母さんが僕の方を向き、今日一番の穏やかな笑顔を見せた。
「頼みますよ、悟さん」
――悟さん。
頼られている。そして、お母さんが初めて僕を「悟さん」と呼んでくれた。
些細なことかもしれない。でも、僕にとっては、ようやく彼女の家族としての一歩を踏み出せたような、確かな実感を伴う一言だった。
「はい。お任せください」
僕が力強く頷くと、程なくしてエレベーターが到着した。
ご両親がもう一度丁寧にお辞儀をしているうちに、静かにドアが閉まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「エリカさん、心配だなー……」
駅へ向かって歩く道すがら、曉子さんはずっとエリカさんの事を気にしていた。
喧騒に包まれた銀座のメインストリートから一本裏に入ると、夜の街は少しだけ静けさを取り戻す。
「葉山店長も鬼じゃないんだから、それなりに情状酌量してくれるんじゃないかな。曉子さんがあそこまで頭を下げたんだし」
「そうだと良いのだけれど……」
「それはそうと、良かったですね。これからも、働き続ける事ができて」
「はい!」
オレンジ色の街灯に照らされて浮かび上がった曉子さんの笑顔は、比喩でなくとても明るく、そして息を呑むほど美しかった。
その屈託のない笑顔を見ているだけで、僕の心までじんわりと温かくなってくる。
「悟さん」
ふと、曉子さんが足を止め、僕を見上げた。
「はい?」
「ごめんなさい。私、わがままを言ってしまって」
少し俯き加減になった彼女の横顔に、申し訳なさが滲む。
僕が、曉子さんがキャバ嬢を続ける事にわだかまりを持っていない事は知っているはずだ。
「辞めてほしい」と口にした僕の言葉を押し切る形になってしまったことを、彼女はずっと気にして、僕に気を遣ってくれていたのだ。
なんて、愛おしい人なんだろう。
自分のやりたい事を貫きながらも、僕への配慮を絶対に忘れない。
僕は、目の前にいる曉子さんのことが、また一層好きになってしまった。
でも――ちょっとだけ、意地悪をしてみたくなった。
「そうですね。そんなワガママな子には、少し『お仕置き』が必要ですね」
「えっ?」
「これから、お仕置きをしますよ」
「えっ、ちょっと、悟さ……」
驚いて目を瞬かせる曉子さんの言葉を遮るように、僕は一歩踏み出し、その華奢な体を優しく、けれどしっかりと抱き寄せた。
「……っ」
曉子さんは咄嗟に身を硬直させた。
夜の冷たい空気の中、彼女の体温と、甘い香水とシャンプーの混ざったような香りが僕の胸いっぱいに広がる。
「……本当に、良かった」
僕が耳元でそう囁くと、曉子さんはやがて体の硬直をふっと解き、恐る恐る、僕の背中に腕を回して抱きしめ返してくれた。
少し早くなったお互いの鼓動が重なり合う。
そして、彼女は僕の胸にすっぽりと顔を埋めたまま、くぐもった、けれど蕩けるような声で言った。
「……こんなお仕置きなら。毎日して下さい、悟さん」
最後までお読みいただきありがとうございました!
「毎日して下さい」……!? 暁子さん、そのセリフの破壊力は凄まじすぎます!!(大興奮)
お母さんに「悟さん」と呼ばれてジンときた感動すら上書きされてしまうほどの、最高に甘いお仕置きタイムでしたね。姉小路さんのツンデレな優しさも最高でした!
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