第四十六話 ついにご両親のキャバクラ職場参観がスタート! お店のみんなのサポートで大成功……かと思いきや、一番来ちゃダメなタイミングでヤバい客がやって来ました
いよいよ迎えた、ご両親の『堕天使』職場参観日。
緊張と申し訳なさで震える母・佐知と、堅物の父・宜史でしたが、店長の懐の深さや沙織の持ち前の明るさによって、二人の「キャバクラへの偏見」は少しずつ溶けていきます。
全てが上手くいくと思われた和やかな空気……しかし、悟が気を抜いたその瞬間、ついに「あの伏線」が爆発します! ハラハラ必至の第四十六話です。
「佐知、ここでいいんだよな」
「え、ええ。あの子からもらったメールにはこの住所が……」
曉子さんのご両親は、「堕天使」が入る雑居ビルの前で場所の確認をするため、少しおどおどと立ち止まっていた。
煌びやかな、いや、少し淫靡な雰囲気すら漂う看板がちりばめられたビルのテナント案内を、お父さんが食い入るように見つめている。
「曉子さんのお父さん、お母さん」
「おお、尾上くん。良い所に来てくれたね」
「尾上さん……私たち、その、このような場所には近づいたことすらありませんのよ? なんだか少し緊張しちゃって」
まあ、このお二人ならきっとそうなんでしょうね。
分かりますとも。かく言う僕も、実はいまだにこの空気に慣れたとは言い難いんですけれど。
「曉子さんはもうシフトに入っていらっしゃいます。店長さんのご意向もあって、今回お二人が来ると言っても、何か細工をしたり取り繕ったりすることは一切排除して、ありのままの勤務の状態をご覧いただきたいとのことです」
「そうか、実に潔い方だな」
「ええ。おそらく曉子さんも、店長をとても信頼しているんだと思います」
今日は、曉子さんから「両親をサポートしてあげてほしいの」とリクエストされていたため、ご両親とビルの入り口で待ち合わせたのだ。
僕もキャバクラに詳しいわけじゃないけど、この店のシステムなら真島課長のおかげでいろいろ経験を積みましたとも。
「じゃあ、お店に入りましょうか?」
僕は二人を促して、定員がたった六名という狭いエレベーターに乗り込み、五階のボタンを押した。
油圧式の古いエレベーターは、やたらに上昇速度が遅い。
間が持たないな……などと思っていると、お母さんが蒼白な顔で口を開いた。
「あ、あなた。やっぱり私……帰りたいわ」
「佐知、ここまで来たんだ。ちゃんとあの子の働く姿をみて、きちんと判断しないとフェアじゃないだろう」
「そうじゃないの。私……ここの責任者の方に、以前、電話で本当に酷い事を言ってしまって……」
そういえば、お母さんは葉山店長に「娘を辞めさせるためにかなりの暴言を吐いた」と言っていたな。
「店長は、その事についてはもう過ぎた話だと仰ってますよ。それに、この様なお店に入ったことのないお二人が不安になることも、店長はちゃんと理解されています。実は僕も、それほど慣れているわけではないんです」
「あなたは、こういう所が好きで来ているわけではないってことかしら?」
「ええ、このお店に来るきっかけは、僕の上司から無理やり連れてこられたってことなんですよ」
「その上司の方は、こういう店が得意なのかね?」
「ええ、得意というか大好きですね(笑)」
「ううむ、そうなのか……」
僕の言い方が悪かったのかな。真島課長を少し誤解させてしまったようだ。
「上司は課長の真島といいまして、彼はバツイチの独身ですから、出会いを求めているという事もあるんじゃないかと僕は思っているんですよ。でも、普段は僕の事をしっかりと面倒を見てくれる、とても頼りになる上司なんです」
「そうか。つい君の上司を悪し様に思ってしまった。申し訳ない」
「いえいえ、申し訳ないなんて。子供みたいな所がある人なんです。それほど人徳があるわけでもありませんよ」
「私はその……他人からどう思われているか、自分でも何となく知っているんだ。堅物とか、融通が利かないとかなんとか」
「あなたは学問ばかりでしたからね。私も家に閉じこもってばかりの世間知らずで、この歳まで来てしまったわ」
そんな話をしていると、軽いショックと共にエレベーターが五階に停止し、扉が開いた。
内廊下の左右にバー、キャバクラ、スナックが数軒ある。
エレベーターから一番遠い左側が「堕天使」だ。
「さあ、行きましょう。店に入ったら僕に任せてください」
二人は落ち着きなく、僕に従って歩いてきた。
「いらっしゃいませ! お待ちしておりました! 三名様ですね?」
時刻は午後八時過ぎ。
ドアを開けると、いつものようにボーイのシオンくんが出迎えてくれた。
「ええと、当店は後払いとなっております。ですが、本日の料金はりおんさんから既に頂いているんですよ」
上着の内ポケットに手を伸ばしたお父さんの様子を見て、シオンくんはそう告げた。(実際には、店長から「ご両親から料金は取るな」と指示されていたのだと知ったのは、後日の話だ)
「りおんちゃんのご両親、ご来店でーす! さあ、こちらへどうぞ。足許が少し暗くなっているのでお気をつけくださいね」
シオンくんは如才なく接客している。
お母さんも、若いイケメンのボーイに親切にされて悪い気はしていないようだ。
「中はこうなっているのね。あら、内装は思っていたよりシックね」
「ああ。私の少なすぎる知識では、もっとこう、ケバケバしい雰囲気を想像していたのだが」
この二人を感心させるなんて、葉山店長の内装のプロデュース力は大したものだ。
「こちらの席へどうぞ」
シオンくんは左奥の席を案内した。
いつも真島課長がふんぞり返って座っている、あの席だ。
真島さんがいつも座っている席に、お父さんが居心地悪そうに小さくなって座っているのが少し面白かった。
「店長の葉山です」
いきなり店長が現れた。
僕は反射的にお母さんの表情を見てしまった。
お母さんは、バツの悪そうな、申し訳なさそうな、なんとも言えない悲壮感いっぱいの表情を浮かべると、いきなりフロアに膝をついた。
「その節は、大変失礼な事を申し上げて、本当に申し訳ありませんでした。この通りです」
「りおんちゃんのお母様、どうかお顔を上げてください。私は気にしていませんし、今日はりおんちゃんの働く勇姿をご覧になるためにいらしたのですよね?」
「え、ええ。でも、本当に失礼な事を……」
「私も人の親ですから、お母様のお気持ちはよく分かりますよ」
顔を上げたお母さんは、少し涙ぐんでいた。
「お母さん。せっかく来たんだし、楽しんで行って」
そこへ、ドレスアップした曉子さんも登場した。
「曉子……」
「『曉子』じゃないわよ、お母さん(笑)。ここでは『りおん』って呼んでね」
「我が娘を違う名前で呼ぶのは、なんだか気恥ずかしいな。佐知」
「ええ。でも『りおん』と呼びましょうよ、あなた。ここでは曉子は曉子であって、曉子ではないのだから」
お母さんの涙も止まり、沙織さんとあすかさん、そしてクレアがご両親の席にやって来た。
葉山店長は目を細めた。
「私は裏方ですので、これにて。どうぞごゆるりとお過ごしください」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「わー、佐知ママ、目とかりおんちゃんそっくり〜! りおんちゃんは佐知ママ譲りの美貌なんですね!」
沙織さんが一人で、お母さんを褒めちぎっている。
ちょっとしつこいぐらいだけど、煙たがられないだろうか。
僕の心配をよそに、沙織さんは今度はお父さんにもちょっかいをかける。
「パパからは何を授かったの? りおんちゃん?」
「沙織ちゃん、私とお父さんはあまり似てないかもしれないわね」
当初は少し呆気に取られていたお父さんも、会話の楽しさのようなものが理解できて来たのか、しっかりと会話に参加していた。
「曉子は、いや……りおんは、私の『真面目なところ』の血を引いたのかもな」
「そうですよねー! りおんちゃんの真面目さに、アタシ何度も何度も助けられてますもん!」
沙織さんの、誰に対しても分け隔てなく朗らかに接するスキルは本当に凄い。
自分を「堅物」と呼んではばからないお父さんが、楽しそうに笑いながら会話してるじゃないか!
曉子さんも、あすかさんとお母さんを相手に、ガールズトークのような話に花を咲かせている。
実にいい感じだ。
このまま平和に時間が過ぎれば、ご両親の偏見も解け、曉子さんが望むだけここで働くことができる。
僕がそう気を許した刹那――地獄の扉が開いた。
「いらっしゃいませ〜!」
入り口の方で声を上げたシオンくんが、振り返って入って来た「二人」を見た途端、文字通りに固まった。
「仲井様、ご来店ですわよ!?」
フロアにいた誰かが、悲鳴のような声で叫んだ。
「エリカちゃん……なんで……っ」
曉子さんの呟きが漏れる。
入り口に立っていたのは、問題客の仲井さんと――「九時に同伴出勤する」と約束していたはずの、エリカさんだった。
最後までお読みいただきありがとうございました!
店長に膝をついて謝るお母さんにホロリとし、お父さんを笑顔にしちゃう沙織さんのコミュ力に感心し……本当に良い職場参観でした。
……って、エリカぁぁぁ!!(怒)
やはり「9時出勤」は嘘で、一番盛り上がってるタイミング(8時過ぎ)で爆弾(仲井さん)を投下してきましたね! シオンくんが固まるのも無理はありません。
果たして、最悪の空気を悟たちはどう乗り切るのか!?
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