第四十五話 両親のキャバクラ職場参観日。ヤバい常連客を遠ざけるため、トップを争うライバルに同伴をお願いしたら、なんだか不穏な罠を仕掛けられた気がします
職場参観を無事に終わらせるため、絶対に遭遇してはいけない要注意客・仲井さん。
暁子は意を決して、トップを争うライバル・エリカに協力を仰ぎます。
あっさりと同伴の約束を取り付けてくれたエリカですが、夜の世界の生存競争はそう甘くはありませんでした。
彼女が最後に浮かべた「意味ありげな笑み」の理由とは? ハラハラのお仕事サスペンス開幕です!
曉子さんのご両親が「堕天使」に職場参観する日はほどなく決まり、今週の金曜日となった。
沙織さんから聞いた話によると、姉小路が言っていた「良いアイディア」とは、ガチのヤラセで、客から何から全て仕込んで別世界を作り上げるという、壮大なオペラ作品のような演出だったらしい。
で、当然のごとく店長によってボツとなった。姉小路もアテにならないな……。
店長の方針は、「嘘偽りのない、いつもの曉子さんの職場環境や接客態度を見てもらう事」だった。
それで大丈夫なんだろうかという疑念は残るが、店長にとって、曉子さん(りおんちゃん)が店から居なくなる事態は、トップの売り上げを失う事と同義だ。
何も考えずにその結論に至ったわけではないはずだ。
実際のところ、「堕天使」の接客は至ってノーマルで健全だ。楽しくキャストとお話しする。それ以上でもそれ以下でもない。
銀座の高級クラブのホステスさんの中には、もの凄い聞き上手がいたり、経済論をお客さんと交わすことができる猛者がいるという話だが、キャバクラにそういうものを求めてやってくるお客さんはほとんどいない。
ただ、一つだけ心配があるとすれば……「勘違い」した客の存在だ。
キャバクラは風営法対象の業態で、「歓楽的雰囲気を醸し出す接待を伴う飲食店」だ。
だが、それはあくまで「お客さんを特定して、興趣を添える会話やサービスでもてなすこと」であって、過度なボディタッチやセクハラが許されているわけでは決してない。
それでも、キャバ嬢にそういう行為をしてくるお客さんがいるのは事実だ。
来る店を間違えているか、わざとやっているかのどちらかだ。
僕はそういう「お客面」をした人間が嫌いだった。
曉子さんによれば、週に何度かやってくる「仲井さん」というお客が、しょっちゅうそう言うことをやっていて、店長にも何度か警告されているらしい。
仮に仲井さんがやってきて、曉子さんが接客している時にそんなことが起きてしまったら、特にお母さんは絶対に許さないだろう。
その場で「今すぐ辞めなさい!」と怒鳴り込んでも全然おかしくない。
いや、仲井さんが他の女の子――例えば沙織さん――相手にそういう行為に及んだとしても、お母さんならそれを見咎めるに違いない。
つまり、職場参観の日に「仲井さん」に来てもらっては絶対に困るのだが、実のところ彼は神出鬼没なのだとか。
過去の来店の記録を見ても、仲井さんの来店日にはこれと言った法則性は見出せなかった。
「仲井さんが来る時間帯とかって、わからないのかな?」
「開店時から来ることもあるし、閉店一時間前に来ることもありますよ」
ご両親が来店する時間帯に、仲井さんが来ないことを願うほかなかった。
「店長が、なるべく仲井さんのテーブルには私を付かせないように気を付けると言ってくれたんです」
と曉子さんは言うけれど、一抹の不安は隠せない。
「指名が入ると、基本的に断れないシステムなので……それが怖いですね」
指名。これは盲点だった。
「仲井さんに指名されたりするの?」
「ええ、指名される時は私か、エリカちゃんかどちらかです」
エリカさんは、曉子さんとトップを争っている美形のキャバ嬢だ。少し居丈高な感じがするけど、それがいいんだとか。(真島さんによれば、の話だが)
「二人一緒に出勤している日は、どっちを指名するの?」
「気分次第みたいです」
僕の質問の仕方が悪かったようで、曉子さんは珍しくキッとした口調でそう答えた。
「へ、へえ。曉子さんを選ばないなんて、見る目がないね」
それくらいしか言えないダメな僕。
ご両親が来た時間帯に、仲井さんが来なければ良い話だけど、そんな都合のいい話ってあるのかな。
そうだ、この手は使えないだろうか。
「あ、エリカさんに仲井さんとの同伴を頼んでみるのはどうだろう」
「同伴で、来店する時間をコントロールするってことですか?」
「うん。それがうまくいけば、ご両親がいる時間を避けられるかもしれない」
「アイディアとしてはありだと思います。でも……」
「でも?」
「エリカさんに私、良く思われていなくって」
うわー、確かに曉子さんとエリカさんはライバルなんだよね。
さっきの反応を見ても、二人はあまり仲が良くないようだ。
「でも、頑張って私、頼んでみます!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「エリカちゃん、少しお話があるんですけど」
私、思い切って仕事が終わった後にエリカちゃんに声をかけてみた。
「あら、りおんちゃんが私なんかに話なんて、珍しいわね」
「実は、折り入ってお願いがあるの」
「お願い? どんな?」
「最近、エリカちゃん、仲井様と同伴とかしてますか?」
「うーん、最近はないわね。どうして?」
「できれば今週の金曜日に、仲井様に同伴をお願いしてもらえたらなって」
「……何か裏があるようね。聞こうじゃないの」
エリカちゃん、ちゃんと話を聞いてくれて嬉しい。
私はエリカちゃんに、両親がここ(堕天使)にやって来て、私の仕事ぶりを観察するという「職場参観」の話を打ち明けてみた。
「えー、なんか斬新な話よね。で、もしりおんちゃんパパとママが『こんなところで働いちゃだめです!』とか言ったら、りおんちゃん辞めちゃうんだ(笑)」
あれ? エリカちゃん、ひょっとして私の事、辞めさせるいいチャンスとか思っちゃったかな……?
「エリカちゃん、私辞めたくないの。ここで働くことが好きなの」
「でも彼ピは嫌がってるんじゃない? なんだっけ、悟クンだっけ?」
「うん、悟さんは、気が済むまで働いたらいいよって言ってくれてるの」
「随分信用されてるんだね。りおんちゃんは」
「えー、そういう事なのかな。でも、悟さんと結婚したらもちろん辞めないといけないってことは、覚悟してるんだけどね」
結局エリカちゃんは同伴の件にはハッキリと答えず、短く『あがりまーす』と言って控え室から出て行ってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あー、仲井さん? 私」
「あれあれあれ、どうしたのエリカちゃん。珍しいじゃない? 営業の電話?」
「うーん。そういうんじゃないんだけどねー。ちょっと声聞きたくなっちゃって」
「ははははは! 俺、悪いけどそういうのでは靡かないからね。分かってるだろ?」
「ちぇっ、冷たいわねぇ」
「まあ、話だけなら聞くけど。どうした」
「あのね、今度の金曜日、ウチの店に久しぶりに来たりします?」
「ちょっと最近忙しくてさ。でもそんなに間空いてたっけ?」
「いいえ、前回は二週間前。私がいない時に来たって聞いたけど」
「そうだよね、まあ『堕天使』だけに行ってるわけじゃないからなあ」
「どおりで。他にも贔屓のキャバクラがあるんだ。仲井さんって、ウチの店のみんなからなんて呼ばれているか知ってる?」
「えー、そんなあだ名みたいなの付けられてたんだ(笑)。お客さんにあだ名付けるとかひでえ店だな」
「そんな酷いあだ名じゃないよ。酷いあだ名だったら言う訳ないじゃん」
「そりゃそうだ。で、なんて呼ばれてんの? 俺」
「みんな『神出鬼没の仲井さん』って」
「まあそうだよね。仕事忙しかったり、暇だったり、他のキャバクラにも行ってるから定番の時間とかはないのは確かだ。でも神出鬼没は酷くない?」
「で、金曜日はどうするの、って話なんだけど」
「うーん、仕事もひと段落ついている頃だし、行こうかな」
「で、厚かましさついでになんだけど、その日同伴してくれたりしないかな?」
「成績ヤバいの?」
「いやー、そこまで悪くないけど」
「じゃあなんで?」
「だから……仲井さんと一緒に居られる時間が長くなるじゃない?」
「ハハハハ! じゃあそういう事にしておくか。何時ごろがいい?」
「そうねえ。私のシフト、夜の八時からだから、それに合わせてもらえれば」
「オッケー。じゃあ楽しみにしておくよ」
「こちらこそ。ありがとう、仲井さん」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「という事で、仲井さんと同伴することになったから。《《九時》》ごろ出勤の予定だよ」
「ええっ、本当? エリカちゃん、本当にありがとう!」
「困ったときはお互い様でしょう? 私が困ったとき、りおんちゃんはちゃんと助けてくれる?」
「もちろんよ? エリカちゃんとこうして話をしたりすることが今までなかったけど、これからはもっとお話ししましょう」
「まー、これはこれ。でも、売り上げの競争で馴れ合いたくはないからね」
「そうですね。お互いに切磋琢磨しないとね。頑張りましょうね!」
私がそう言うと、エリカちゃんは少し意味ありげな笑みを浮かべて、店長に促されていた三番ボックス席へと向かっていった。
最後までお読みいただきありがとうございました!
ちょっと待ってエリカちゃん、仲井さんには「8時に合わせる」って言ったのに、暁子さんには「9時出勤」って嘘ついてるーー!!(汗)
ライバル関係のリアルなバチバチ感が出ていて最高に面白いですが、ご両親が来ている一番マズいタイミングで仲井さんをぶつける気満々ですね……!?
果たして金曜日の職場参観はどうなってしまうのか!? 悟、暁子さんを助けてあげて!
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