第四十四話 彼女の『夜の仕事への誇り』を認めてもらうため、堅物なご両親をキャバクラへ招待することに。しかし、お店にはヤバい常連客の影が……
キャバ嬢という仕事に誇りを持つ暁子と、猛反対する母親。
膠着状態に陥った話し合いの席で、悟は「一度、お客としてお店に来てほしい」という前代未聞の提案をします!
母親が思い出した「小さかった頃の暁子」の記憶。そして動き出すおもてなし作戦ですが、店長からは不穏な常連客「仲井様」の名前が飛び出して……!? 波乱の予感が漂う第四十四話です!
「曉子は、夜の仕事も好きなんだな?」
そう言ったお父さんは少しびっくりした顔をしている。
「まあ……なんていう事……」
お母さんはむしろ呆れ顔だ。
曉子さんは否定も肯定もしなかったが、彼女がキャバクラ嬢という仕事に誇りを持ち、愛していることは明らかだった。
「ナンバーワンになって、褒められたり、お祝いしてもらえたりすると、私なんかが人に認められたような気がして……私も頑張れば認めてもらえるんだっていう、強い実感が湧くのよ」
僕には、曉子さんがそう言う気持ちが痛いほどわかる気がした。
僕も新卒のド新人だった頃は、何をやっても失敗続きで、上司には怒られるし散々だった。けれど、先輩――特に真島さんから厳しく指導してもらった結果、徐々にお客様に認められ、業績も上がって社長賞をもらった時、この仕事を選んで本当に良かったと心から思ったものだ。
「僕にも、少しだけそのような経験というか、同じ思いをした事があります」
「人に認められる事で、その仕事にプライドを持つということかね?」
「ええ。こう見えても会社では若手、いえ、中堅になりかけの営業としてはやり手だと、会社からは評価してもらっています」
「だろうな。あの気難しい衛が君をベタ褒めだったよ」
「手前味噌で少しお恥ずかしいのですが、私にとって一番誇らしいことは、吉永部長と信頼関係を持って商談ができていることなんです」
「その事と、曉子の事は別です!」
お母さんはそれでも納得しない。
……あれ? 僕は曉子さんに「堕天使」での仕事を続けて欲しいのか?
ふと気がついてドギマギしていると、お母さんから鋭い視線が飛んできた。
「尾上さんも、まさか賛成なの?」
図星をつかれた質問だった。
(ええい、ままよ!)
僕は、正直な気持ちを言うことにした。
「夜の仕事をする必要がなくなったとしても、です。その仕事を続ける理由があるなら、本人が納得するまで働いてみてもいいんじゃないか……そんな気持ちがあるのは、僕も否定できません。仮に曉子さんが、キャバクラでの体験を自分の生きる糧として昇華できているのだとしたら、僕にそれを止める権利はないですから」
「尾上さんは自分の伴侶になる女性が、いつまでもそんな、ふしだらな事をしているのが気にならないの?」
曉子さんの顔が曇る。
「お母さん、ふしだらなんてひどい事……」
「佐知、それは言いすぎじゃないか?」
「なによ、あなただけ良い人ぶって。私は曉子の事を心配しているんです!」
こんな感じで三すくみになり、膠着状態に陥った僕には、一つだけ案があった。
上手くいくかどうか、まったく見当がつかないのだけれど。
「あの、曉子さんのお父さん、お母さん。一つ提案させていただきたいのですが」
「なんだね?」
「一度、曉子さんの夜の職場、『堕天使』にお客として行ってもらいたいのです」
お父さんは「ほほぅ」という顔をしたが、お母さんは相変わらず怪訝そうな顔をしている。
「なんで私が……」
「曉子さんのもう一つの仕事が、お母さんが言うようにふしだらかどうか、一度その目で見ていただくのもよいのではないかと思いまして」
「確かに我々には、なにかこう、先入観というか偏見があるかもしれないな」
「あなたまでそんな……」
「お母さん、曉子さんはお母さんから見て、どのような娘さんに映っていますか?」
「曉子は……大人しくて……従順で……」
「僕も初めてお会いした時にはそう思ったんです」
「君は曉子の違う一面を、その店で見つけたということなのかい?」
「そうです! 曉子さんは饒舌で、闊達で、大胆で。きっとお父さんもお母さんも驚かれるのではないでしょうか」
お母さんは少し目を閉じて何か思いを巡らせた後、曉子さんに問いかけた。
「今の尾上さんの話が本当なら、私たちに対する曉子は一体なんなの? どっちが本当の曉子なの?」
すこし当惑しながらも、曉子さんはしっかりと答えた。
「両方とも本当の私よ、お母さん」
「今、思い出したわ。あなたが小さかったころ……そう、あの頃のあなたは、私が忘れかけていた『もう一人の曉子』だった。ひょっとして、私のせいで……」
曉子さんは、お母さんの肩を優しく抱きしめた。
「違うわ、お母さん。言ったでしょう? 両方とも私なの」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おい、本当か?」
電話越しに響く姉小路の素っ頓狂な声。僕が曉子さんとご両親のやり取りについて相談した時の、彼女の第一声がこれだった。
「本当だよ。お母さんはキャバクラ自体に良いイメージを持っていないから、そこを払拭できないかなって」
「お前にしてはなかなかのアイディアだと思うよ。あのお母さん、かなり強情なところがあるからな。……お前、りおんと結婚したらあのお母さんとうまくやっていく自信あるの?」
「ま、まだ気が早いって!」
「アタシの質問には答えてねえな(笑)」
「そうだね。確かに感情の起伏が激しいし、意固地なところがある。でも、とても娘想いの良いお母さんだと思うんだ。僕が曉子さんを大切にしていれば、きっとうまくいくんじゃないかな」
「まあ、上手くやってくれよ」
「ああ。っておい、まだ何も決まっていないからね!?」
「本当かぁ?」
電話越しでも、姉小路が僕の目を覗き込んでニヤニヤしているのが目に浮かぶようだ。
(こいつ、何か知ってるのか?)
「ほ、本当だよ」
「りおんから聞いてるぞ? 来年の六月に式を挙げるって」
曉子さん、姉小路に言ったのか!!
「え、聞いたんだ」
「りおん、ものすごく喜んでたぞ? 携帯越しでも、本当に幸せそうな声が伝わってきたよ」
曉子さん、そんなにも喜んでくれていたんだ。
曉子さんと結婚できることは、僕の方が幸せなのに。
「それに比べてアタシときたら。ここ三年くらい全く男っ気なくてさ。客からも『怖い』とか言われて、ちょっと凹んだりしてるんだよね」
姉小路は少し寂しそうな顔をした。
「姉小路は物事をはっきりさせる質だし。でもそんな事気にすんなよ」
「お前に慰められるとなんか腹立つな(笑)」
「そうか? 僕は姉小路には本当に感謝しているんだ」
姉小路は僕の言葉に少しびっくりして、そして愛想笑いをした。
「へえ、そうなんだ。そりゃどうも。誰かいい人いたら紹介してよ」
そう聞いて、僕はなぜか水野の事を思い出していた。
「あ、ああ。もし誰かいたらな」
「で、さっきの話に戻るけど、いつ実行するんだ?」
「お二人とも直ぐにでもとは言っている」
「りおんから店長に話は通してるのか?」
「話をする、とは言っていたけど」
「じゃあ念のためアタシからも店長に言っておくよ」
「それは助かる」
「あとはどんな《《おもてなし》》をするかだよな……」
「それについては僕は門外漢だ。姉小路に相談したのは実はそこなんだよ」
「まあ任せとけって。アタシがきっと満足させるようなアイディアを考えるからさ」
「うん、本当に姉小路は頼もしいよ。よろしくお願いするよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ほほぅ、ではりおんちゃんのご両親がご来店されると、そう云う事なんですね」
「はい、店長」
「仕事に対する『偏見』を払しょくするような《《何か》》を提供したいと」
「ええ」
「僕は反対ですね。誤魔化してまで、ご両親を欺いてまでここで働きたいとそう聞こえます」
「店長……そんなつもりは……」
「ハハハ(笑)。少し言いすぎましたね。でも、堕天使での仕事をありのまま見ていただければ。きっとご両親はちゃんと分かってくださると思います」
「そうでしょうか?」
「何もやましいことはないでしょう?」
「そ、そうですが」
「ですから、りおんちゃんは普段通りやってください」
「はい。店長を信じます」
「店長~、あ、りおんもいたんだ。悟から聞いたぞ! ご両親ここに来るらしいじゃんか」
「クレアさん、お客様を呼び捨てにするなんて」
「あー、ごめんなさい。でもなんかさん付けとか笑っちゃうね。でさ、アタシなりに何か《《おもてなし》》を考えてきたわけ」
「クレアさん、その事についてはもうりおんちゃんと話はついています」
「話がついているって、どんな」
「ありのままの勤務態度を見ていただければ」
「まありおんには問題ないよ。でもさ、たまにエロいオヤジとか客で来るじゃん。そういうお客さんが来たら」
「特に、りおんちゃんをお気に入りの仲井様が要注意ですね」
「仲井様……は、ちょっと確かに苦手です」
「まあ、そこは全員でサポートしましょう。りおんちゃんは大船に乗ったつもりで」
最後までお読みいただきありがとうございました!
「両方とも本当の私よ」と微笑む暁子さん、一人の女性として本当に芯が強くてカッコいいです。そして、おもてなしを張り切る姉小路さんの優しさや、寂しげな彼女に水野を思い浮かべる悟の連想にニヤリとしてしまいました。
しかし、店長の言う「ありのままを見てもらう」という方針、プロフェッショナルで痺れましたね。……ただ、要注意人物の「仲井様」の存在がめちゃくちゃ気になります! ご両親が来る日に限って何かやらかしそうな予感が……(汗)。
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