第四十二話 職場復帰の挨拶の品を買いに銀座のデパートへ行ったら、清楚な制服姿の『夜の同僚』から思わぬ事実を突きつけられました
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
電話口での破壊力抜群なセリフに、悟のみならず読者もノックアウト間違いなし!
職場復帰のお菓子を買いに銀座へ向かった二人は、予期せぬ人物と再会します。
昼と夜、二つの顔を持つ彼女との会話から、暁子は自身の「引き際」についてハッとさせられることに。
甘いだけでは終わらない、深みのあるエピソードをお楽しみください。
「曉子さん、ようやく連絡ができるようになったよ。来週には職場に復帰だね。いろいろと大変だとは思うけど、心構えは大丈夫かな?」
僕は、週明けに職場復帰を控えた曉子さんに電話を掛けていた。
少々仕事が立て込んで疲れていたので、彼女の声だけでも聴いて癒されたいと思ったのが、本当の理由だ。
「悟さん……正直、入社してすぐに休んでしまって、同僚の方々にどのように思われているか想像すると少し怖いです」
「そんなことないよ。話は変わるけど、お父さんの引っ越しをお手伝いしたあと少し会えていなかったから、できれば土日のどこかに出かけようか? 体力は大丈夫そう?」
「ええ、それは問題ないです。あ、そうだ。会社の同僚の方々にご迷惑をおかけしてしまったので、お詫びにお菓子をお配りしようかと思っているんです。それを選ぶのに、一緒にお付き合いしてもらえませんか?」
「いいね、もちろんだよ。じゃあ、明日がいいかな? どこで待ち合わせをしようか」
「そうですね、日曜日よりは明日の方がもう一日あるので焦らなくていいかも。それに……」
「それに?」
「いや、いいです!」
「えー、気になるよ。ちゃんと言ってほしいな」
「土曜日に用事を片付けてしまえば……日曜日は、悟さんと用事なしで気兼ねなく、ずーっと一緒に居られるかなって」
曉子さん、そんな可愛らしいことを言われたら反則だ。
久しぶりに……そう、あの早朝の電車の中での初めてのキスの時みたいに、心を鷲掴みにされたような気分になってしまった。
僕は嬉しさのあまり、暫く言葉を返すことができず沈黙してしまった。
「あ、あの、悟さん? わ、私ものすごく図々しいことを……」
「ち、違うんだ! そんな嬉しい事言われると、なんか答えに詰まっちゃって。ごめんね、上手く言葉にできなくて。でも、ものすごくうれしかった」
「一緒に、居てくれますか?」
「もちろんだよ。こちらこそ、ずっと一緒に居てほしい。なんたって僕は、曉子さんのお父さんに『結婚宣言』までしてしまったんだからね」
「……電話をしているだけじゃ、私、我慢できなくなりました。早く悟さんに会いたいです。なんだか我がままでごめんなさい」
それは、僕のセリフだよ、曉子さん。
嬉しくて、僕の心臓は早鐘を打っている。
「それから、叔父の立場を救ってくださったお礼もしないとですよね! 私、腕によりをかけて何か料理しますね! 楽しみにしていてください」
この数日間で起こった事は、僕の一生の中でも本当に大切で、絶対に忘れることができないものばかりだった。
曉子さんのお母さんに交際を許してもらった事。
曉子さんのお父さんに、結婚することを宣言したこと。
吉永部長の立場を守れたこと。
全部、自分一人では絶対にできなかった。いろいろな人の助けがあってこそだけど、きっとどこかに神様が居て、僕たちを見守ってくれているんだなと、そう思えてならない怒涛の数日間だった。
この幸運を、これからの曉子さんの幸せのために絶対に生かしてみせる。
明日の土曜日、曉子さんの同僚へのお詫びの品を買いに銀座に行く約束をして、僕は幸せな気持ちのまま電話を切った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日は生憎の雨。
それでも僕は、仕事の一つのヤマを越えた安堵感と、たった一週間ぶりとはいえ久しぶりに曉子さんに会える期待感で胸がいっぱいだった。
僕たちは午前十時、銀座和光の前で待ち合わせをした。
雨はそれほど強く降っていなかったが、昼にかけて本降りになっていく予報だ。午前中の銀座はまだ歩く人もまばらで、待ち合わせ場所に向かってくる曉子さんの姿はすぐに見つけることができた。
「悟さん、少し遅れてすみません」
「その赤い傘、曉子さんにとてもよく似合っていますね」
曉子さんは少し照れたように俯いた。
「もう。すぐにそうやって褒めるんですから」
「僕は正直なんですよ」
自分で言っていて少し恥ずかしい。
「ところで、同僚の方々にお渡しする品を買うお店は、ある程度めどがついているんですか?」
「実はあまり銀座には詳しくなくて。でも、松屋とか三越のデパ地下で選べば間違いないかなって」
「そうですよね。僕もなかなかそういった高級デパートで買い物をすることがないので、今日はいい経験になるかも」
「じゃあ、手始めに三越に行きましょうか」
そう言って、曉子さんは銀座四丁目の交差点の横断歩道を晴海方面へと渡りだした。三越はすぐ目の前だ。
角の入り口には三越のシンボルであるライオンのブロンズ像が鎮座していて、そこを待ち合わせ場所にしている人が多数いた。僕もここを待ち合わせ場所にすればよかったな。
エスカレーターで地下二階の和洋菓子売り場に降りていく。
僕でも知っている有名な海外の洋菓子店や、老舗の和菓子店がずらりと並んでいて、どれも美味しそうだ。僕はお菓子には詳しくないから気の利いたアドバイスは出来ないけれど、曉子さんはきっとこういうお菓子が好きで、いろいろと知っているんだろうなと思いながら後に続いた。
「曉子さんの好きな洋菓子店とか、あるの?」
「ええ、私は母の影響で、あのお店が大好きなんですよ」
曉子さんが指さしたのは、神戸発祥の老舗洋菓子店だった。
「じゃあ、行ってみよう」
「そうですね!」
二人でそのショーケースの前に歩いていくと、ふいに店員さんに声を掛けられた。
「いらっしゃいませ。……あら、りおんちゃんと悟さん」
え? 洋菓子店に二人の共通の知り合いなんていたっけ? と思いながら店員さんの顔を見ると、なんと、「堕天使」のあすか嬢が清楚な洋菓子店の制服を纏ってそこに立っていたのだ。
「あれ、あすかさん? どうしてここに?」
「わー、あすかさん! お久しぶりです!」
「りおんちゃん、どう、元気になったの? ……ええと、どうしてって、私も小説だけで生活できないから、昼はここで、夜は『堕天使』で働いているのよ。あっちのお店はまあ、小説のネタ探しというか、人間観察が半分なんだけどね」
「そ、そっか。でもギャップが激しいというか、昼も夜も大変だよね」
「そうね。あ、あと、『あすか』という名前はここでは使わないでね」
あすかさんは小さな声でウインクした。彼女の制服には、「松谷」と書かれた名札がついている。
「松谷さん、なんだね」
「ええ、私の本名よ。松谷明日海。明日の海って書くわ」
「いい名前ですね。あすかさん、っと、明日海さん」
ずっと呼び慣れた『あすか』という源氏名から、本人を目の前にして急に本名で呼ぶのは、なんだか照れくさくて結構難しい。
「それで、今日はどうなさったの?」
「ええ、来週月曜日から職場へ復帰するので、同僚の皆さんにちょっとした贈り物をしたくて」
「それなら、この商品なんてどうかしら?」
明日海さんは、チョコクリームが挟まれた個別包装のビスケット菓子をお勧めしてくれた。
「わたし、このお菓子大好きなんです。こちらおすすめなんですね。じゃあ、これを二十個の詰め合わせでお願いできますか?」
「かしこまりました。包装に少々お時間をいただきます。お支払いはいかがなさいますか?」
まるで普通の女の子同士のような、明日海さんと曉子さんのテンポの良いやり取りを見ていると、なんだか微笑ましく思えてきた。
しかし、他に手の空いている店員さんがいなかったためか、明日海さんは会計後、手際よく包装をしながら何気ないトーンで尋ねてきた。
「復帰するのは、昼の仕事だけなんでしょう?」
「えっ」
曉子さんは、不意を打たれたように目を丸くして絶句してしまった。
「あの、私なにか悪いこと言ったかしら?」
困った顔をする明日海さん。
「あの、私……『堕天使』を辞めるなんて、何も考えていなかったんですけど」
あ、そうか。
家庭の問題はお父さんが戻ってきて、お母さんも教団から距離を置くことになった。
つまり、曉子さんが「堕天使」のキャバ嬢として働き、生活費や献金のためにお金を稼ぐ必要なんて、もうこれっぽっちもないのだ。
「辞めなきゃいけないのかしら……私」
ポツリとこぼした曉子さんの呟きが、デパ地下の喧騒の中で妙にハッキリと僕の耳に届いた。
最後までお読みいただきありがとうございました!
前半の電話の破壊力……暁子さん可愛すぎませんか!? 悟の心臓が早鐘を打つのも納得です。
そしてまさかのあすか嬢登場!
小説のネタ探しのために昼も夜も働くバイタリティ、清楚な制服姿も相まってさらに魅力的に感じました。
しかしラスト! 家族の問題が解決した今、暁子さんは『堕天使』をどうするのか!?
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