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第四話 絶体絶命の会議室。響き渡る彼女の嗚咽

キャバクラでの衝撃の再会も束の間、悟はとんでもない事実に直面していました。明日の謝罪訪問には、真島課長と東堂さんが同席する。つまり、課長に「りおん=東堂さん」だとバレてしまう……!

必死に回避策を考える悟でしたが、運命の朝、会議室のドアは無情にも開かれます。事態が急転直下する第四話、お楽しみください。

 5年前。僕が人生でどん底にいた時だ。

 

 そんなタイミングで、僕は曉子さんに出会っていた?


「覚えてくれていなかったのは、正直寂しいな」


「本当にごめん。その頃の僕はちょっとひどい目に遭ってね。記憶が本当に怪しくて」


「えっ、そうだったんですか?」


 りおんちゃんこと東堂曉子さんはもともと大きな瞳を一層大きくして驚いて見せた。


「おい、悟」


 核心について話をしようとしたら、突然背後から声がした。


 やばい、課長がトイレから帰ってきた。


「あ、はい」


「何りおんちゃんと速攻で仲良くなってんだよ?」


「あ、あ、先輩のアピールをしてたんです! 仕事できる人で、本当に尊敬してるって……」


「お前さあ、ウソはばれないウソをつけっていつも言ってるだろう?気分悪いな。もう時間だし出るぞ」


「えっ、本当に1時間で切り上げるんですか?」


「当たり前じゃねえか! それに明日は吉永部長んところに謝りに行くんだろう?早めに上がって明日に備えるっていうのが社会人としてのだな」

 

 ここに連れてこられなければ、もっとちゃんと明日に備えられたと思うのは僕だけかな。


「もう、お帰りですか、真島さん」

 

 りおんちゃんは引き留めようとしたがああ、と言って先輩は上着を羽織ってそのまま会計を済ましに行ってしまった。


「な、なんだかごめんね。あの人、仕事はできる人なんだけど」


「いいえ、でも振り回されて大変ですね」

 そうりおんちゃんに言われて僕は苦笑いをするしかなかったが、小声でこう言った。


「また、さっきの話の続きはまたここで」


 りおんちゃんの表情はパッと明るくなった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 会計が終わると、りおんちゃんと沙織がエレベーターまで見送ってくれた。

 

 りおんちゃんは、先輩のお気に入りがりおんちゃん=東堂さんだとわかって意気消沈している僕とは正反対に、やけにウキウキした顔をしている。


「りおん、何かいいことでもあったか?」


 課長は酔っててもこういう人の表情の変化に敏感らしい。


「ええ、何でもないですよ。今日はシャンパンを尾上さんに開けてもらったし、真島さんも来てくださったし」


「おい、悟、聞いたか⁉ りおんが喜んでるぞ! お前も何があったか知らんがその仏頂面を早く直せよまったく」


 仏頂面していたのは、どっちですか。

 ちょろい人だ。少しおだてられただけで、すぐ機嫌を直してしまう。


「りおん、今度は同伴よろしく」


「私、昼職もあるから同伴は無理かな」


「じゃあ、アフターでもいいけど。なんなら今日は?」


 え? さっきは明日謝罪に行くから帰るって言っていなかった?


「だめー。明日は大切な会議があるから早番です」


 このりおんちゃんの一言で、僕は今更ながら大変なことに気が付いてしまった。


 先輩はお構いなしにしつこくりおんちゃんに迫る。


「そんなこと言うなよー。りおん、いつになったら俺に心開いてくれるんだよー」

 

「りおんは、みんなのりおんだから」


 東堂さん……それ……(笑)


「はいはい、エレベーター来ましたよ? 乗らないと他のお客様に迷惑ですって」


 東堂さんは嫌がる真島さんをエレベーターに押し込めた。


「いつもありがとうございまーす! またのご来店をお待ちしております」


 と、ニコやかに会釈をしたところでエレベーターの扉は閉まった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「悟、どうした」


「いや、どうもないですよ。ちょっと疲れてたんですかね」


 重大なことに気が付いたが、僕は嘘をつくしかなかった。


 明日十時に、岩田電産の吉永部長に謝罪に行く……んだったよな。そこに東堂さんが同席して、課長も同行する。


……想像してみろ。会議室のドアが開いて、課長が東堂さんを見て


「あれ、りおんちゃん?」


 と叫ぶ地獄の光景を。課長に気づかれたら終わる。それだけは、直感で分かった。

 

 だからと云って同行を断ったりしたらそれこそ勘のいい課長のことだ。

 どんな詮索をされるかわかったもんじゃない。


 やばいやばいやばい。

 そうだ! りおんちゃん、いや、東堂さんの会社の携帯に電話して、


「明日は悪いけど同席するのは止めてもらえないかな?」


 と言ったらどうだろうか。


 いやいやいや、それはそれで東堂さんが吉永部長に説明がつかなくなるよな。

 

 僕は駅の改札を入って、真島課長とは反対のホームに昇るため挨拶をした。


「それでは、また明日よろしくお願いします」


「ああ、気を付けてな。早く寝ろよ」

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「関東テクノスの尾上と申します。十時に購買部の吉永様と打ち合わせなのですが」


 翌朝十時少し前。僕は真島課長と共に岩田電産の受付にいた。


 「少々お待ちください」


 受付嬢はそう言うと内線で吉永課長に僕達の来訪を告げた。

 

 「悟、大丈夫か?」


「あ、はい、すみません。なにがですか?」


「何がですかって、今日の謝罪の件だよ」


 僕と真島課長の間に流れている妙な緊張感を破るように、女性の社員が僕たちを呼びに来た。


(あれ、東堂さんではないんだ)


 昨日は東堂さんが僕を受付前まで迎えに来てくれたが、今日は違う人だ。


 エレベーターに乗って目的の四階まで僕たちは無言だった。


「部長の吉永はすぐに参ります」


 僕と真島課長は会議室に通され、奥の上座への着席を促されたが、そのまま立って待つ事にした。


 軽く会釈すると、案内してくれた女性は扉を閉めて出て行った。


 机の上には水のミニボトルが3つ置いてある。


 どうやら東堂さんは今日は登場しないようだ。


「お待たせして申し訳ない」


 吉永部長が苦々しい表情で会議室に入ってきた。


「部長、昨日は生意気なことを申し上げて、本当に申し訳ありませんでした!」


 僕は一歩入り口付近にいる吉永部長に歩み寄って深々と頭を下げた。

 

「申し訳ございませんでした」


 真島課長も僕の横に並んで頭を下げてくれた。


「どうしたんだ、お二人とも」


「いえ、昨日は大変失礼な事を尾上が申し上げたようで」


「いやいや、真島さん、こちらが無茶な事を言ったからですよ。こちらこそ申し訳なかった」


「しかし」


「まあ、この件はお互い様ということでいいでしょう」


「はあ」


 真島課長も取り付く島がないようで、短い返事しかできない。

 だけど吉永部長、いつもの豪放磊落さが全くない。


 何かあるはずだ。

 全く違う話をしたら何か手がかりは掴めないだろうか。


「あの、東堂さんに昨日この場を設けて頂いたのですが、本日はご同席ではなかったんですね」


 すると吉永部長の顔が、急に険しくなった。


「ああ、申し訳ない。今日は体調不良でね」


 えっ、東堂さん大丈夫だろうか?


「まあ、そう言うことですから、今日のところはお引き取りください。昨日お願いした条件ですが、可能な限り『勉強』お願いしますよ。真島さん、尾上さん」

 

 吉永部長は、やや強引に話し合いを打ち切ろうとした。東堂さんの話で何かを引き出せるほど甘くはなかった。


 そこにバーン! と派手な音がしてドアが開いた。


 その場にいた三人とも、まずその音に驚き、そして入ってきた人物を見て二度驚いた。


「と、東堂さん?」


「暁子! い、いったい何を……!」

 

 え? 吉永部長、東堂さんの事を下の名前で呼んだ……


「吉永部長! 尾上さん、遅くなりまして申し訳ありません!」


 少し乱れた髪、慌てて直すジャケット。昨夜の「りおんちゃん」とは、まるで別人に見えた。


 でも――。「申し訳ありません!」というその声の響きに、真島課長が一瞬だけ、彼女を見た。ほんの一瞬。


 それで全てを理解したような顔をして、すぐに視線を逸らした。


 そして、何も言わなかった。


 万事お終いだ。


「体調が悪い、とお伺いしましたが大丈夫ですか?」


 東堂さん、明らかに呼吸が浅い。


 僕がそう言うと、東堂さんは僕たちと吉永部長の前で大声をあげて泣き出した。


「申し訳ありません、申し訳ありません!」


 何がどうしたのか飲み込むこともできず、僕は立ち尽くすしかなかった。


 吉永部長は、


「君たち、大変お見苦しいところを見せたね。これで失礼するよ」


 と言って東堂さんの肩を抱いて退出して行った。


 東堂さんの小さな肩は、嗚咽していて大きく上下していた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 岩田電産から駅までの道すがら、僕と真島課長は無言だった。

 しかし、もう東堂さんのことについて避けては通れないだろう。

 

 僕は意を決して真島課長に話しかけた。


「あの、真島課長」


「昨日言ってたろ。気になる子がいるって」


「……」


「あの子だろ?」


 肯定も、否定もできなかった。


 課長は、それ以上踏み込まなかった。


 分かっているのに、分からないふりをしている。


 それが、余計に苦しかった。


いかがでしたでしょうか。

会議室での予期せぬ修羅場。泣きじゃくる東堂さんの小さな肩を見て、何もできなかった悟の無力感が胸に刺さります。

帰り道、課長から投げかけられた「あの子だろ?」という静かな問いかけ。肯定も否定もできない悟の苦しさに、思わず感情移入してしまうラストでした。果たして東堂さんの涙の理由とは……? 次回もよろしくお願いいたします。

面白いと思われましたら、是非ブクマ、感想などをお願いします!

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